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感想「ミッシング」

「ミッシング」 トマス・ハウザー ダイナミックセラーズ
コスタ・ガブラスが82年に発表した映画の原作、という言い方が、一番通りがいいのかな。自分自身、そういう興味で手に取った本だし。ただし、それ以前に、トマス・ハウザーの「死のシンフォニー」という小説を読んでいて、著者への興味もあった。ついでに言うと、長らく放ってあったこの本を読み始めたのは、最近、同じ著者の「モハメド・アリ」を入手したから。そういや、まだ「ミッシング」も読んでないんだよな、と思って。
本書は、民主的に成立したチリの左翼的なアジェンデ政権を、1973年にアメリカに操られたチリの軍部がクーデターで壊滅させ、その時に(それ以降も、だが)行われた虐殺の中で、1人のアメリカ人が、どういう風に(おそらくはアメリカ自身も加担して)殺されたかを調査した過程を綴ったもの。
この本が出た当時(原著は1978年、翻訳は1982年)は、それでもまだ、チリのクーデター政権について、隠された部分もかなりあったと思うが、このクーデターの中心人物で、長らくチリで独裁者として君臨したピノチェトは、既にその座を追われているし、彼が独裁者であった時代に行った膨大な犯罪行為に対する訴追が、注目を集めたこともあった。今では、あのクーデターがどういうものだったか、かなり明確に見えているんじゃないだろうか。
読んでいて改めて分ることは、国家としてのアメリカが、自分たちの利益の前には、他の国の民衆(場合によっては自国民さえ)を犠牲にすることを、全く気にしていないということ。フセインやタリバンを、アジェンデと同列に置くことなど、もちろん出来やしないが、アジェンデに対してこういうことをしたアメリカが、正義の味方面をして、イラクやアフガニスタンで戦争行為することに対し、違和感を覚えずにいられるとしたら、その方が不思議。もちろん、アメリカにとってはアジェンデも、フセインやタリバンと大差ない存在なのかも知れないけれど。
あと、こういう話は、別にチリだけじゃなくて、中南米(中南米だけでもないが)には山ほど転がっている。もしも、そのことを全く知らなくて、アメリカが中東でやってることは正しいと思ってる人がこれを読んでいるのなら(あんまり可能性はないと思うが)、どうか、それを知るようにして下さい。それを伝える資料は、いくらでも本屋や図書館に行けば見つかるはず。(「ミッシング」は、多分ないけど。この本が、そういう目的で、単独で読まれるべき種類の本だとも思わないし) 今なら、チョムスキーの「911」あたりが、手頃なのかも知れない。文春文庫で出ている。偉そうに書くほど、自分自身、深く知ってるわけでも、調べているわけでもないが、アメリカが中東でやっていることを全面的に支持し、軍隊まで派遣している、総理大臣と政府を持つ国の国民である以上、こうしたことを全く知らないのは罪に等しいと思う。
それとは逆に、「911」にも言えることだけれど、「アメリカの」情報公開制度に基づいて、こういう本が出せるということは、ある意味、アメリカの偉さではあると思う。国家レベルと違う所に、別の顔もあるのがアメリカなのか。もっとも、時代にもよるのだろうけれど。
行方不明になったアメリカ人青年の救出に対して、アメリカ大使館などが見せる冷淡さは、先日のイラクでの日本人人質事件での日本政府の対応を容易に想起させる。日本政府が、この事件の時のアメリカのように、ヴィジョンを持って動いていたとは思えないけれど(ある意味、それはそれで情けないのだが)、国益は個人に優先するという思想は同じだろう。その国益がどれほど胡散臭いもので、個人の理念がどれだけ重いものだったとしても。あの時、日本人の人質を非難した数多くの日本の普通の人たちは、そこまで考えた上で、非難していたのか?
もうひとつ、考えようによっては、こんなことを人目がある所に書いているだけで、当時のチリだったら、命がなかったかも知れない。日本がそういう国にならない保証はないという危機感を、今の日本人は持つべきじゃないんだろうか。

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