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感想「靖国問題」

「靖国問題」 高橋哲哉 ちくま新書
特にそういう意識もなく買って読んでたが、けっこう話題になってる本らしい。ベストセラーリストとかに載ってるのを見掛けた。
靖国神社の問題について、世の中で普通に流れてる論説を見てると、A級戦犯の合祀とか、中国や韓国の反発とか、そんな話ばかりクローズアップされて、首相の公式参拝の問題も、そういう観点からしか語られてないように思える。A級戦犯のことを言えば、東京裁判の正当性みたいな方へ話が行かざるを得ないし、中韓の反発という点を強調すれば、内政干渉だ、みたいな反発が日本国内で強まるのは当然。一方では、国のために死んだ人間を国が追悼するのは当然、というような、そう考えるのが筋道として特におかしいとは思われない主張をベースにした、靖国神社擁護論が強く語られていたりもする。
でも、論点はそれだけじゃないだろ、というのを以前から思っていた。論点を特定の問題に絞り込んで強調することで、靖国神社に関する論議を底の浅いものにしようとする(そして、充分な議論がないまま、肯定的な世論を作り出そうとする)意図が、どこかで働いてるんじゃないか、とも思ってる。

この本は、いろいろある論点を、よく整理している印象。こういう本が広く読まれて、さまざまな論点があることが浸透すれば、単純な感情論だけで議論が進むことも減るかも知れない。もっとも、この著者は基本的には靖国神社に否定的なので、肯定論者まで声は届かないのかも知れないけれど。肯定するのであれば、本書で論じられている内容をクリアにした上で、論じて欲しいと思うんだが。
内容については、結局、靖国神社の是非だけを論じても意味はない、というのが最大の感想。その背景にある、明治以降(少なくとも太平洋戦争敗戦まで)の日本の国家権力が持っていた、国民は国家に従属するもので、従わない存在は制圧すべきものと見なす思想を、肯定するのかどうなのか、という点こそが論じられるべきなのではと思った。そして、今も靖国神社はその思想を保持している訳で(そう考えることで、靖国神社について今までよく分らなかったことが、分って来るような気がする)、この議論が、結果的に靖国神社の是非の議論にまで繋がって行くというのが、本来あるべき筋道なんじゃないかな。

あと、個人的に大きなポイントと思った所が二つ。一つ目は、敗戦前、靖国神社は宗教施設と見なされていなかったという点。靖国神社に否定的な立場の人々に、非宗教の追悼施設を別に設ければ良い、という考え方があるが、そもそも靖国神社自体が非宗教と定義されて機能していた以上、そういうものを作っても、それが第二の靖国になるだけではないかというのが、著者の主張。
もう一つは、どんな施設であっても、国家がそれを戦争遂行のための手段として利用しようと考えた場合、容易に靖国化するという認識。そして、これは実は日本に限ったことではなく、近代国家に共通する問題なのだと思われること。結局、問題なのは施設そのものではなく、それを利用しようと考える国家の意識であり、論じるべきは靖国神社という場所についてではなく、背景にある思想、ということになるんじゃないかと思う。

ところで、「国のため」という言葉は、「国土やそこに住んでいる人々」のためなのか、その時に「国」を支配している権力者のためなのか、ということを、もっと考えて使うべきだろうと思うし、権力者がそういう言葉を発した時、それがどちらの意味なのかも、考えて受け取る必要があるのでは、とも思う。そういうことを前提にした場合、「国のために死んだ人間を国が追悼するのは当然」という考え方と靖国神社擁護との間には、微妙にズレがあるんじゃないかと思うんだが。

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