感想「名無しのヒル」
「名無しのヒル」 シェイマス・スミス ハヤカワミステリ文庫
簡単に言っちゃうと、北アイルランドでイギリスから迫害を受けるアイルランド人を描いた小説というところ。ただ、苛酷な状況下に置かれながらも、現実を客観的に捉え、暴力が暴力を生む構図にからめとられることなく生き延びて行く主人公の姿には、理想主義的な思想が感じられる。描かれている内容の割には、苛酷な状況を笑い飛ばすかのようなユーモラスな場面も多く、これがアイルランド式というやつなんだろうか、とも思った。
スミスはこれが邦訳3冊目だが、極悪だった過去2作とは全く雰囲気が異なる作品で、一筋縄では行かない作家という印象が、いよいよ強まる作品かも知れない。もっとも、「わが名はレッド」に見えていた社会派的な側面が、前面に出て来た作品と言えなくもなく、これがこの作家の本当の顔なのか?とも思える。そう迷ってしまう時点で既に、「一筋縄では行かない」ということになってしまうわけだが。
それにしても、一般的には古くから民主主義が根付いていると思われているイギリスにして、少なくとも1970年代までは、国内にこういう状況を抱え込んでいたという事実は(本書はフィクションだが、北アイルランドでのイギリスの行為に関しては、今となってはそれほど秘密でもないだろう)、権力が暴走することの危険性を、あらためて考えさせる。その権力の背後には、一部の民衆の同意/黙認があるわけで、それも含めて。
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