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感想「エスペラント」

「エスペラント」 田中克彦 岩波新書
冒頭、日本語は美しいという、ありがちな客観性のカケラもない感情論に、挑発的に異議を唱えるところに引かれた。ほんとにそう思うよな。何を根拠にと思う。言語だけの話じゃないが。
エスペラントは世界共通語を目指す上で、覚えやすさを重視して、旧来の言語の習得する上での欠点を排除して作られているわけだが、その欠点というのは、印欧語族については複雑で不規則な格変化、日本語(中国語もだが)については数が多くて字形が複雑な漢字の多用。日本語は他に敬語という厄介なものもある。
漢字にしても敬語にしても、文化だとは思うけれども、それと利便性とは別の問題には違いない。漢字や敬語が、日本語を習得する上での大きな障害になるというのは、容易に想像がつく。ただ、これは、土着の言語が土着の文化と密接に結びついているということの現れでもあると思うし、そういう所にエスペラントの普及の困難さもあるんだろう。本書には、エスペラントに対しては、「文化人」の反発が大きい、というようなことも書かれている。
もっとも、土着の文化と言っても、ある時期に、その時の権力者が、恣意的に押し付けたものである場合もあるわけで。日本で言えば、明治以降に導入されて、たかだか100年かそこらしか経っていないものが、伝統ヅラしていたりすることが多い。守らなければいけない伝統、とか言われる物の中に、そういう胡散臭いものが混じっていることは、多々あるわけで。
漢字表現だって、明治期に欧米文化を吸収するために、でっち上げられた物が沢山あるはず。「表現」てのも、「文化」てのも、そうかな(^^;。
伝統とか文化とか言う前に、本来、そういう所をきっちり見極めなくてはいけないはずだよな。これも言語に限った話じゃない。
特定の文化のバックボーンを持たないエスペラントってのは、そういう風に土着文化を相対的に眺めるためのツールとして、悪くないのかも知れないと思った。

そういうのとは別の話で、エスペラントってのは理想主義的な思想を背景に持つ言語と思っていたが、実利的な面からのアプローチもかなりあるということがよく分った。ここが「ある」なのか「あった」なのか、どっちだろうと思う。エスペラントの存在感って、昔よりも希薄になってきている気がするから。英語の事実上の世界標準化の影響なんだろう。「ある」なんだったら、少しかじってみてもいいかなと思った。

かなり気楽に書いている印象の本で、突っ込んだ話は、ほとんど他の本に振られてしまっているし、とりとめがない感じもあるが、エスペラントの世界を、結構魅力的に見せてはいるし、それはそれで成功なんだろうと思う。
(2007.7.9読了)

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