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感想「タスマニア最後の「女王」トルカニニ」

「タスマニア最後の「女王」トルカニニ」 松島駿二郎 草思社
以前「ハワイ王朝最後の女王」という本を読んでいて、たまたま本書を見掛けたので、その流れで読んでみることにした。タスマニアがイギリス人に「発見」されて、原住民が絶滅していく過程を述べた本。
もっとも比較としては、欧米基準でも国家が存在していたハワイよりは、「未開地」を「開拓」したアフリカやアメリカ大陸の方が近いようだ。タスマニアは激しい海流に阻まれて外部との交流がない隔絶した土地で、そこで数千人のタスマニア原住民が自然と一体化した自給自足の生活を営んでいたらしい。その暮らしを侵入したイギリス人が破壊した。
ちなみに「国」もなかったそうなので、「女王」というのはあくまでもあだ名。イギリスはタスマニア原住民全てを捕えて近くの小島へ隔離する政策を取り(それ以前に西洋人が持ち込んだ病気で既に大量死していたらしいが)、その実行の中心になった人物・ロビンソンの片腕となって働いた原住民の女性が「女王」トルカニニ。彼女は最後に死んだ「純粋な」タスマニア原住民でもあったらしい。その生涯を描くことを通して、タスマニア原住民の運命を描くというのが本書の中心だが、なぜ彼女がそのような行動をしたのかということへの考察も主要な一部。ただ、何せ資料が乏しいので、後者については想像の域を出ていない感じはする。

ロビンソンにしても、棄民同然にイギリスからオーストラリアへ送り出された人物なので、あまりにも生活習慣の違う集団同士がこういう不幸な結末をもたらしたという風には考えられるし、それを今の視点で批判するのはたやすいけれども、当事者にとってはある程度やむを得ないことだったのかも知れない、ということを思った。ただ、ロビンソンやその他のイギリス人の側にも、タスマニア原住民は同じ人間という意識は確実にあったようで、それを自覚しながら、私利私欲のためにひとつの民族の文化を奪って隷属させ、絶滅に追いやったというのは、やはり批判を免れないことだと思われる。イギリス対タスマニアだけでなく、規模や深度の大小の違いはあっても、世界中でいくらでも起きていることではあるけれども。日本が琉球や蝦夷地、朝鮮半島でやったのもそういうことだな。

ちなみに、オーストラリアのアボリジンも似たような境遇だったわけだが(というか、タスマニア原住民はアボリジンが分化して生まれた存在らしい)、以前読んだアーサー・アップフィールドのミステリは混血アボリジンの名探偵が主人公で、名前はナポレオン・ボナパルトといった。妙な名前だなと思っていたが、本書で西洋人がタスマニア人に(親切心から)本来の名前を奪ってヨーロッパの有名人の名前を付けてやるというくだりがあり、そういうことだったのかと思った。アップフィールドがどういう意識(肯定的にか否定的にか)で自作の主人公にこういう名前を与えたのかは知らないが、少なくともこの名前そのものが、ある種の差別意識の存在を示すものだったんだな。知らなかった。

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