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感想 「ソ連が満州に侵攻した夏」

「ソ連が満州に侵攻した夏」 半藤一利 文藝春秋
古本屋で100円なのを見掛けて、なんとなく読んでみる気になった。時期的に、というよりは、「キスカ」を読んだ後だったからだろう。1999年の刊行。(もっとも、「キスカ」が出たのは、この時期だからだよな)

ただし、こちらは「キスカ」とは違って、1945年夏に満州にソ連が侵攻して来ようとしていた時、実際にやって来た時、日本政府と日本軍が、どれだけ無能で現実への対処能力を欠いていたかということが書かれている。この出来事に関して、こういう風にまとまった形のものを読んだのは初めてだ。
日本が満州へ向かったのが、そもそも異国への侵略だった以上、敗戦の後、民間人がそこで酷い目に遭ったことは気の毒としか言いようはないとはいえ、仕方ない面もあるんじゃないのかと、元々思っていた。そういう気持ちは今もあるけれど、当時、「国策」で満州に渡った人たちに、今の感覚を当てはめることは出来ないとも思う。世論がその政策を支持していたにしても、そういう世論を作ったのも国。そう考えたら、満州に居た日本人を、国は最大限の努力で守らなければいけなかったのに、当時の日本にはそういう発想があまりにも乏しかったんだな。戦後も、彼らを守れなかったことに対して、どれだけの償いをしてきたのかということも思う。

でもって、この時の構図は、福島の原発事故の状況に、すごく似ているように思える。リスクを十分に考えない楽観的な原発推進の国策が手に負えない破局を招き、原発を誘致させた地元には、事故が起きた時、重要な情報を現地に伝えず、逃げるタイミングを逃させ、事態を収拾する意思も能力も欠いて右往左往するばかり、以後の対応も、どこまで実際に被害を受けている人間のことを考えているのか。
根本的な所で、日本の権力者の物の考え方は変わってないみたいだ。監督や選手がどれだけ入れ替わっても、チームの芸風が変わらないのと一緒か。日本はあの戦争の教訓を、結局、何も生かせなかったということか。
でも、今の福島や原発の問題については、時代も違うし、ここまで動きが広がっている以上、一般の市民レベルが動くことで権力を動かして、これから何かを出来るかもしれない。やっていくべきなんだと思う。

それにしてもソ連もアメリカも、戦争について、ドライなリアリズムは徹底している。日本みたいに情緒的な文化の国は、戦争なんてしちゃいかんかったということなんだろう。というよりは、そういう文化だから、情緒に流されて、あの戦争に踏み込んでしまったのかも知れないが。
ソ連がやったことはルール違反とはいえ、逆の立場で同じことを日本が考えていたというのなら、それをあれこれ言っても仕方ないことのように思える。所詮、日本が甘かったということだろう。

それはそれとして、満州侵攻に駆り出されて死んだソ連兵も、スターリンの犠牲者だったんだろうな。

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