感想 「幻影の書」
「幻影の書」 ポール・オースター 新潮社
ポール・オースターが流行ってたのって20年くらい前? ミステリの方でも、周辺書っぽい扱いをされてたと思うが、当時は全く読まなかった。
この本に関しては、確かに周辺書だなあという感じ。近年のミステリで書かれてもおかしくないようなお話。でも、焦点の合ってる場所が、犯罪やその周りではないから、やっぱりミステリではないなと思う。ちなみに、2002年に出た本で、翻訳刊行は2008年。
飛行機事故で妻子を失った大学教授が、精神のリハビリのために、謎の失踪を遂げたサイレント時代の喜劇映画俳優の研究書を書いたことから始まる話。
それだけで、大学教授と俳優の二人分の人生の話が語られるわけだけど、その上に、俳優が撮ったいくつもの映画や、俳優が失踪して逃亡する中で(この辺にミステリ的なシチュエーションが濃い)遭遇した人たちの人生の話が重なり合っていく。
そういういろんな人生の累積の中から浮かんでくるのは、明日のことなんてわからない、という思想のように思える。突然断ち切られる人生のエピソードが頻出するし、明日という日はいつもある、と言っていたら、なかったりする。でも、そういう諸行無常みたいな側面だけじゃなく、何もかもなくして、すべて終ったと思ったら、終っていなかったというエピソードも同じくらい盛り込まれているし、むしろそっちの、未来への希望みたいなやつの方が、著者が強調したかったことなんじゃないか、という気がした。
先日読んだラファティの短篇集の巻末のやつと(ラファティ自身のお気に入りだった作品らしい)似たような題材だが、こういう風に作品の中に作品を入れていく構成は、一部の作家にとっては、やりがいのあるチャレンジに思えたりするのかな。
(2013.1.30)
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