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感想「クルアーンを読む」

「クルアーンを読む」 中田考、橋爪大三郎 太田出版
「クルアーン」というのはコーランのことで、イスラム教がどういうものか、イスラム教によってどういう風に現実のイスラム世界が回っているのか、というあたりを、キリスト教などと対比しながら、対談形式で解説していく内容。イスラム教については、主に、自身もイスラム教徒である中田に、宗教全般に造詣が深いらしい橋爪が問い掛ける形になっている。

イスラム教にある程度の関心はあるから、今までにも本を読んでみたりしたりしたことはあったけど、今回が一番よく理解出来たような気がする。やっぱり、現実の姿を見てきている人の臨場感は強いってのと、多分、中田の側にイスラム教を理解してもらいたいという強い意欲があるからだと思う。
何度聞いても、いまいちぴんと来なかったスンニ派とシーア派の違いとか(まあ、分かった気になってもすぐ忘れるという面も、多分あるんだけど)、ISが登場してきた必然性とか、なんでISがああいうことをやっているのかとか、いろいろ理解出来た気がする。あと、キリスト教世界である欧米を経由した情報だけでは、バイアスが掛かりすぎるので、イスラム教を正しく理解するのは難しそうだな、ということも思った。
もちろん、今の日本人の物の考え方や価値観は欧米の強い影響の上に形成されているから、そういうバイアスから完全に自由な立場なんてありえないけど、物の考え方の根本にキリスト教がある人々よりは、日本人に多い、そうでない人々の方が、いくらかは公平な立場からイスラム教を見ることが出来る可能性が高いんじゃないかな。
ただ、本書の中で橋爪が言っている、日本人は理解出来ない敵と共存するという考え方が出来ない、というのは、確かに正しいと思えるので、だとすると、やはり(日本人が理解するのは難しそうな)イスラム教が、日本で一般人のレベルで受け入れられるのは至難の技かもしれない。

イスラム教をベースにした中田の思想は筋道は通っているし、共感する部分もあるけれど、一般的な日本人の感覚とは、やっぱり異質だと思う(まあ、俺自身も、「一般的な日本人の感覚」だとは思えないんだが…)。それと、中田自身はスンニ派で、シーア派に対してかなり辛辣だったりするから、シーア派の側から見ると、また違うものが見えるんじゃないかな、という気もするので、単純に全部鵜呑みにしようとは思えなかった。
彼は、キリスト教に端を発したアメリカ主導のグローバリズムに、世界が覆われていると考えて、その対抗勢力として、イスラム起源のユニバーサルな世界を構想して、その二つの間を自由に行き来できる、逃げ場のある世界を理想と考えているらしい。これ自体は、悪くない考え方だと思う。対抗勢力がイスラムである必然性というのがよく分からないが、世界にグローバリズムに対抗出来るだけの規模を持った、思想的にある程度まとまりのある集団といえば、イスラムしかない、ということかもしれない。対抗勢力は必要だろうと思ってるし、それになれる可能性が一番高いのは、やっぱりイスラムなのかな。
(2016.4.12)

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