« 感想「イヴのいないアダム」 | トップページ | 感想「岳飛伝」13 »

感想「黙殺」

「黙殺」 畠山理仁 集英社
マック赤坂など、一般的には「泡沫候補」と言われるタイプの選挙への立候補者(著者は敬意を込めて「無頼系独立候補」と呼んでいる)に取材したノンフィクション。主に2016年の東京都知事選を中心に描かれている。
ポイントは、メディアでの露出が「泡沫候補」と「主要候補」で圧倒的に違うこと、それによって、本来公平であるべき各候補者の選挙運動に大きな不公平が生まれていること。また、高すぎる供託金などによって、そもそも選挙への立候補のハードルが著しく高いことも、問題点として提起されている。
「無頼系独立候補」だからといって、政策がないわけではないし、特に国政選挙に関して言えば、政党の操り人形でしかない議員なんかより、よっぽど真剣に考えている人たちかもしれないんだから、彼らを無条件に「黙殺」するのは、確かに不当なことだと思う。

選挙で投票する時、近年はいわゆる「戦略的投票」というのを考えて投票することが多いし、「無頼系独立候補」は、そういう考え方とは共存しにくい存在と思うので、あまり好意的には考えないことの方が多い。でも、本書を読んでいると、本当は「無頼系独立候補」の方が民主主義を体現する存在かもしれない、とも思えてくる。少なくとも理想論としてはそうであるはず。確かに「戦略的投票」というのは、あくまでも最悪の結果を避けようとするための、多分に消極的な選択なんだから。
ただ、今の日本の選挙は、そういうことを考えないといけない状況にあると思うから、選挙での投票について、今のスタンスを変える気はないが。というか、そもそも、そういう候補が出てくる選挙にも、あまり遭遇しないけれど。それについては、どんな選挙でも、いろんな候補がどんどん出られて、それぞれの主張がしっかりと伝えられるように、選挙制度が変わるべきなんだろうとは思う。そうなれば、世の中の状況は、大きく変わってくるんじゃないだろうか。

それはそうと、今の選挙制度って、いろんな部分で、時代と乖離してしまっている気がしている。これだけビデオが普及して、ネットでの動画も当たり前になっている時代に、同じ内容の政権放送をテレビで度々再放送する必要があるんだろうか、とか。選挙公報だって、現実に投票日の直前にしか届かないことを考えれば、ネット配信を積極的に使えば、より柔軟な運用が出来るのでは、とか。著者が本書で書いている、選挙ポスターの掲示板のデジタル化もそう。今の時代なら、候補者に対する本質的には無意味に高いハードルを、下げる工夫は色々出来るはず。既成政党は「既得権益」を守るために、やろうとしないかもしれないが。
もっとも、今の状況を見ていると、既成政党であっても、成り行き次第で、こういうハードルが大きく立ちふさがってくる時代なんじゃないか、という気がする。選挙を、民主主義を支えるための制度として、しっかり機能させるために、この辺は真剣に考えるべき問題じゃないかと思う。
(2017.12.23)

|

« 感想「イヴのいないアダム」 | トップページ | 感想「岳飛伝」13 »

「小説以外の本」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/3787/66237669

この記事へのトラックバック一覧です: 感想「黙殺」:

« 感想「イヴのいないアダム」 | トップページ | 感想「岳飛伝」13 »