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感想「殺意」

「殺意」 ジム・トンプスン 文遊社
先日邦訳された、原著刊行1957年の本。
ここまで文遊社から出た2冊のトンプスンの小説と異なり、従来のトンプスンのイメージに近いサスペンス小説。衰退した地方のリゾート地を舞台に、絡み合った人間関係を描いていく。ただし、語りのスタイルがかなり凝っていて、一人称小説だが、一章毎に話し手が変わる。その効果で、人間関係のもつれが多面的に浮かび上がってくる。見えてくるのは、登場人物の誰も彼もが絶望を抱えていること。そんな状況の中でいくつかの殺意が醸成されていき、誰が誰を殺すことになるのかもわからない。
主人公ひとりがどんどん追い詰められていく、今まで紹介されていた作品群に比べれば、緊迫感は緩いものの、いかにもトンプスンらしい地獄めいた話ではある。しかし、ここまで絡み合った状況であれば、そこでミステリ的に仕掛けることはいくらでも出来そうに思えるけれど、それはしない。事件が起きた後は、割と簡単に犯人を明らかにした上で、この人物の絶望に満ちた内面を描いていく。それこそがトンプスンの書きたいことなんだろう。一応、最後に軽くひねってくるけれど、付け足し以上のものには思えないし。

解説を読むと、キリスト教的な原罪の意識が根底にあるというようなことが書かれていて、なるほどと思うし、確かにそうなんだろうな、とも思うのだけど、そういうレベルの話はちょっと自分の手には負えない。
なので、単純にサスペンス小説として、という観点で読んでいるが、トンプスンが捨てている部分こそが、サスペンスとしては売りになる部分だなと思うし、視点を次々に変えていくテクニカルな所に面白味はあるにしても、やや物足りなさが残った、という感じ。
トンプスンの他の作品も、多かれ少なかれ、ミステリ的な売りをあまり気にしてない気配があるけれど、主人公がどんどん追い込まれていく構成そのものに、強いサスペンス性があったから、引きは強かった。本書は、そうした作品とは構成が違っているから、物足りなさがあるのは仕方ないかな。本書が、ここまで紹介が遅れたのは、出版社側で、その辺の判断があったからかな、と思った。
(2018.5.27)

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