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J2リーグ第1節大宮対甲府

2019.2.24(日) 14時 NACK5スタジアム大宮
観客 12090人 主審 榎本一慶 副審 岩田浩義、渡辺康太

 大宮アルディージャ 0(0−0)0 ヴァンフォーレ甲府
            (0-0)

Jリーグ開幕節なのに、1試合も見に行かないのもつまらない気がしたのと、サッカー観戦の勘を取り戻す意味も込めて、NACK5大宮に行ってみた。J2開幕戦。名古屋絡みでない大宮のリーグ戦を見に行くのは、相当久しぶりだったと思う。

大宮は、シモビッチが出ないかなと思ったが、ベンチにも入らず。まあ、今年、監督が高木琢也になって、FWにファンマを補強したんなら、そりゃ、ファンマを使うだろう。シモは、少なくともしばらくは厳しい立場になりそうだなと思った。あと、畑尾が控えに居たが、出場しなかった。もっとも、畑尾は名古屋に居た感が、かなり薄い選手ではある。
甲府では、内田が左サイドでスタメン出場。結果として、甲府に肩入れして見ることになった(席は東側のスタンドのホームのエリアに居たが)。

試合の中身は、どっちもなかなかビルドアップ出来ないし、たまにロングボールがうまくはまって、決定機まで持ち込んでも、シュートミスで得点出来なくて、このもどかしさがいかにもJ2だなあ、と思った。馴染んで見続けていれば、こういう試合展開も、これはこれで楽しめるはずだけど(実際、以前はJ2を楽しんで見ていた)、自分のチームが昇格を賭けながら、こういう試合を続けてるのを見続けるのはしんどい。2017年一度だけでたくさんだよ。

展開的には、序盤が甲府、前半の半ば以降と、後半半ばくらいまでが大宮、終盤は甲府が優位だったと思う。
甲府の優位は、ピーター・ウタカ次第という感じ。というか、ウタカ自体は、終始、一人だけ格上なプレーぶりだったが、周囲の選手が彼に付いてこれるかどうか。序盤はマークが弱かったからか、ドゥドゥが結構うまく連携出来ていたが次第に失速。終盤、ドゥドゥがジュニオール・バホスに交代すると、これが当りで甲府に流れを呼び込んだ。多分、ウタカを生かすのに周囲の構成をどうする、というあたりで、今後、甲府は試行錯誤していくんだろう。それでも、横谷あたりは、終始、割とうまく連携出来ていたような気はした。
一度、内田がゴール正面、ちょっと長めで直接FKを蹴った場面があって、直接ゴールを狙ったけど浮かせてしまった。残念。ウッチー、悔しがってたな。
大宮に関しては、2年間、長崎に苦しめられたチームのサポとしての経験から、ファンマは見かけほど怖くないと思ってたし、この試合もその通りだったと思う。シモビッチの方が、コンディションの問題とかがないのであれば、全然いいFWだと思うよ。大宮は、攻撃に関しては、ちょっとタレント不足な感じだった。大前と茨田だけでは足りてなくて、マテウスをうちに抜かれたのが、結構厳しいのかもしれない。もっとも、近年の大宮については、攻撃面で、それほど感銘を受けるような試合運びを見た記憶がない。それなのに、毎度名古屋がやられるもんだから、毎回むかつきながら帰っていたんだよな。

まあ、開幕戦だし、どっちのチームも、これからチームを作っていく状態なんだろうな。スコアレスドローだったのは順当なところだろう。
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「121%」てのが、今年の大宮のスローガンらしい。
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マスコットの皆さん。久々にヴァンくんの姿を見た。
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J1リーグ第1節鳥栖対名古屋

2019.2.23(土) 14時 駅前不動産スタジアム
観客 18382人 主審 山本雄大 副審 西橋勲、堀越雅弘

 サガン鳥栖 0(0−0)4 名古屋グランパス
        (0-4)

 得点 63分 名古屋・ジョー
    77分 名古屋・ジョー
    79分 名古屋・相馬
    89分 名古屋・和泉

名古屋の今季J1開幕戦。今年は現地へ行かずに、DAZNでライヴで見ていた。

名古屋の先発は、GKランゲラック、4バックが右から宮原、丸山、中谷、吉田(鳥栖から新加入)、ボランチ2枚は米本(東京から新加入)、シミッチ(新加入)、右サイドがシャビエル、左サイドが前田、2トップにジョーと赤崎(川崎から新加入)という感じ。
新加入4人は多いと思うが、それ以上に、昨年の開幕戦時点でチームに居た選手が、外国人3人以外は宮原だけというのに、うつりかわりの激しさを感じつつ。

前半から名古屋が主導権を握って試合を進めていたと思うが、鳥栖の手堅いディフェンスにてこずって、決定機まではなかなか持ち込めなかった。逆に、カウンターからちょっとひやりとする場面も。21分のフェルナンド・トーレスのトラップからの速いシュートは結構危なかったと思うが、ランゲラックの強さは健在。ただ、バックラインとの連携がイマイチで、バックラインとGKの間を狙ったロングボールには、何度か冷や冷やさせられた。まあ、この辺は去年からの課題でもあると思う。
もっとも、名古屋の試合運び自体は、去年よりも全然安定していた。特にボランチ2枚の安心感が段違い。シミッチはネットに比べると派手さはないが、堅実に守るし、ポイントを突いた攻撃的なパスも出せていた。米本は東京に居た時、何度も痛い目に遭わされた覚えがあるけれど、近頃、あんまり見ないと思ってたが、いやらしさは健在だった。よく動くし、ボールを奪うし、失わない。正直、小林には2年間、本当に世話になったんで申し訳ないと思うんだけど、米本が来てくれたのは本当に有難いと思う。
前半はスコアレスで終了。

後半の立上りは、鳥栖に勢いがあった。
55分にはカウンターからトーレスにポスト直撃のシュートを打たれ、その後も、ゴール前で高橋秀にフリーでシュートされる場面もあり(ランゲラックが好セーブ)、このどっちかが決まっていたら、難しい試合になってたと思う。
しかし、63分にジョーが丸山の縦パスを受け、トラップからの素早いシュートで先制点を決めた。これで相当楽になったと思う。
元々押していたのは名古屋だから、守りに専念できなくなった鳥栖は崩しやすくなった。それでも77分の2点目は、吉田が左サイドでよく頑張ってのもの。シミッチの縦の球出しにゴールラインぎりぎりで追いついて、すぐに中へ折り返すと、どんぴしゃのタイミングでジョーが飛び込んで決めた。
ここから後は、名古屋がかなり一方的な試合になった。
79分に、シミッチからのパスを受け、前田と交代で入っていた相馬がゴール。
89分には、やはり途中出場(赤崎と交代)の杉森がゴール前へ持ち込み、途中出場(シャビエルと交代)の和泉へいいタイミングで送って、4点目のゴール。
4-0の完勝。しかも、4点とも、きれいな形でのゴール。後半の守備も、序盤は危ない場面があったものの、総じて安定していて不安感は少なかった。

鳥栖は決して強豪ではないし、ジョーが先制点を決める前に失点していたら、ここまでにはならなかったんではないかと思うから、この結果だけ見て、いろいろ安心してしまうのはかなり早すぎる。せめて、次のセレッソ戦も見た上でだな、とは思うんだが、去年に比べると、安定感が段違いだなというのは感じる。選手個人のこともあるけれど、チームとして全体的に、去年ほど無茶をしていないという気もする。ヤヒロの方針が変わったんだろうか、と思うくらい、セーフティに試合を回そうという意識を感じた。そんなに無理をしなくても、優位に試合を運べるという自信の表れ? まあ、こういう所も、次の試合も見てみないと、という気はする。

新加入選手では、赤崎だけが、結果につながるアピールは出来なかった感じだけれど、前線で良く動いて、ペースを作っていたと思う。後半はちょっと疲れてしまったかもしれないけれど。途中出場の3人が結果を残したし、この辺は競争していくんだろうな。

申し分のない滑り出しだけど、去年も開幕2連勝しながらあの体たらくだったことを思えば、全然安心は出来ないんで、まあ、とにかく来週のセレッソ戦。

ちなみに、どうでもいいが、去年も鳥栖戦のビジターゲーム(今思えば、悪夢のような試合)は、主審は山本さんだったみたいだな(^^;

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感想「ネロ・ウルフの災難 女難編」

「ネロ・ウルフの災難 女難編」 レックス・スタウト 論創社
論創社から出た4冊目のネロ・ウルフもの中篇集。3篇収録の内訳は、商業出版としては確か初訳の「悪魔の死」、「EQ」に訳載された「第三の殺人法」の改訳「殺人規則その三」、「EQ」に訳載された「スイートコーン殺人事件」の改訳「トウモロコシとコロシ」。

「悪魔の死」
女性の依頼人が、自分は夫を殺すつもりはないとウルフに向かって宣言していた時、その夫が他殺死体で見つかっていた、という話。ハッタリの効いた導入部には引き込まれるが、いろいろ探った上での決着ではあるものの、解決もウルフのハッタリ一発という感じはしないでもない。この辺のちょっと薄い感じが邦訳が遅れた原因かな?

「殺人規則その三」
アーチーがウルフと喧嘩して、辞職しますと言って玄関を出た所で、他殺死体を抱えてやってきた女性につかまり、アーチーがウルフを助手に(アーチーが「辞職」した手前、そういう形に)、この女性を依頼人として、事件の犯人を探すことになる話。
登場人物が奇矯な人間だらけなのと、人間関係がややこしい上に、尺が短いので、なんでそういう事件になったのかというのが、いまいち説明不足な感があるが、解決は結構すっきりしている。

「トウモロコシとコロシ」
アーチーと親しい女性がその場しのぎの出まかせの証言をしたせいで、アーチーが殺人事件の最有力容疑者になる話。
しっかりした話の作りになっていて、邦題はヒドイが、内容としては3篇の中でベストと思う。
ヒロインの奔放なキャラクターと、アーチーとの絡みが楽しい。それから、リリー・ローワンがいい味を出している。

全作再読のはずなんだけれども、例によって、スタウトは読んだら忘れてしまうので、全然問題なく楽しんで読めた。多分、前回読んでから、「殺人規則」は20年以上、「トウモロコシ」は30年くらいは経ってるから、忘れてて当たり前かもしれない。比較的近年読んだつもりでいた「悪魔」も、読んでから10年以上経っているらしいし。

ちなみに、小説自体は楽しめたので、翻訳の雰囲気も含め(ネロ・ウルフものは、ここが結構重要)本文には特に不満は感じなかったのだけど、タイトルの付け方とか、帯のセンスとか、巻末の作品リストの粗さとか、本造りのそれ以外の部分には、いろいろ言いたいことはある(そのうち、追記するかも)。

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感想「長く暗い魂のティータイム」

「長く暗い魂のティータイム」 ダグラス・アダムズ 河出文庫
「ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所」に続く、私立探偵ダーク・ジェントリーのシリーズ第2作。
今回も主人公のダークが巻き込まれるのは、一般的なミステリで扱うような事件ではなく、北欧の神々が関わって次々起きる異常な出来事。訳者あとがきでは「ミステリー」と言われてるが(純然たるミステリーとしては粗が目立つ、という書き方だけれど)、自分としてはミステリとは言いにくい。前作のようなSF的な趣向も薄いし、まあ、ナンセンスなコメディというしかないかなと。それこそ著者が関わっていたこともあるという、モンティ・パイソンのような。全体的なセンスも、前作同様、モンティ・パイソンぽい。
人間の想像力が作り出した「不死」の神々は、不死なので今も生きてるが、現代では人間が顧みなくなったせいで、人間の世界の中で悲惨な状況で生きている、という発想がベースになっている話。
イメージや個々のシーンはかなり面白いが、プロットはかなり雑。意味ありげに最初の方に出てくる殺人事件の被害者の息子とか、その後、全く姿が見えないから、あの場面のドタバタを書きたかっただけ?、という感じだし、その殺人事件そのものの説明も、結局、分かったような分からないような。書いているうちに、最初の方の細かい所がどっかへ行っちゃってる気がする。もっとも、モンティ・パイソンのコントだと思えば、そんなものかも。
あとはやっぱり、こういうタイプのコメディ小説は、翻訳で面白さを伝えきるのは厳しいなと。文脈を追って、ああそういうひねった書き方なのね、と思うけど、すっと入って来ないから笑えない、みたいなところがそこここにあった。この辺は、よっぽど達者な翻訳家がやるか、割り切って翻案に近い翻訳にでもしない限り、どうしようもないと思っているが、前作ほど小説としての完成度が高くない、と感じられた分だけ、そういう所が気になってしまった感じ。
(2019.2.18)

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「アクアマン」

今年初めて見た映画。結構、前評判が良かったのと、テレビで流れてたCMだと、B級アクション映画ぽかったから、面白そうだと思って見に行ったが、ちょっと違った。

アメコミの映画化ではあるけど、今時は、そういうのが超大作になるから、それだけでは判断がつかない。実際、この映画も、相当製作費がかかってると思われる、豪華な造りだった。内容の半分くらいが海中のシーンで、そこは当然CG使いまくりの凄い映像。
お話は、地上人と海底人の間に生まれた主人公が、海底人の地上侵攻を食い止めようとするというもので、結構チャチではあるけど、そのために、海底人の国アトランティスの都市に行ったり、失われた古代都市の跡へ行ったりするし、そのビジュアルがまたいちいち豪華。そういう舞台で、海底人や海底世界の幻想的な生物たちと戦う。まるっきり、ガチガチのヒロイック・ファンタジーだな、という感じ。
もうちょっと、チャチでチープなヒーローものをイメージしていたから、ありゃりゃ、と思った。主人公のキャラも、軽いようでいて、意外にシリアスだし。もっとも、戦闘員の装備や兵器なんかは、近頃の仮面ライダーや戦隊ものなんかとそう大差がないように見えて、案外チャチとは思ったけれど、こういうのはCGで作れちゃう時代だから、まあ、しょうがないな。どっちかというと、逆に、それほど予算のないテレビドラマでも豪華感が出せちゃうということなんだから。
映画自体は華々しくて、面白かったけれども、見ようとしてたのはこういうのじゃなかったんだよな、とは思った。

もうひとつポイントがあって、のんきな魚や海生哺乳類の見せ場がほとんどなかったのも期待と違った。
終盤の方で、お姫様の乗り物としてシャチが出てきて、来た来たと思ったけど、ほんのワンシーン。こういうふうな海の生き物たちが、どんどん動き回るような場面がもっとあるかなと考えてたんだけど、出てくるのは兵器みたいに重装備した鮫とかタツノオトシゴとかばっかりで、残念という感じ。

まあ、こっちが勝手に期待してたのと中身が違ったというだけなので、映画そのものがダメだったというつもりはない。
(2019.2.11)

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感想「さらば、シェヘラザード」

「さらば、シェヘラザード」 ドナルド・E・ウエストレイク 国書刊行会
ウエストレイクの初期の未訳作の翻訳。昨年6月に邦訳刊行されていたことに、年末に気付いた。書名は知っていたし、基本、ウエストレイクは見つけたら読む作家だから、買って読んだのだけれども、あとがきに書かれている、一部のミステリファンの間で伝説の作品だった、というのは知らなかった。90年代半ばくらいまでは、ミステリファンのコミュニティに、ある程度、繋がっていたけれど、そういう話を聞く機会はなかった。その後、1997年に若島正がミステリマガジンで本書を激賞して、さらに盛り上がったそうなのだけど、その頃にはもう、コミュニティとはほとんど切れていたし、ミステリマガジンを読むのもやめていたから、当然それは知らない。

ミステリじゃなくて普通小説。原著は1970年の刊行で、ドートマンダーもの第1作の「ホットロック」が出たのが同じ年。それも含め、著作リストを見ると、ちょっと転機があった時期、というふうに見える。
ポルノ小説のゴーストライトをやっていたライターが、締め切り目前で小説が書けなくなり、窮地に陥って悶々とする話。
出だしはそれこそ「ホットロック」のような、軽快なコメディ小説なのだが、話が進んで行くうちに、事態がどんどんとんでもない方向に進んで行く。一人称の主人公の語りと、彼が書く小説の内容が、かわるがわる出てくるが、次第にその境目が混然としてきて、不条理な雰囲気が強くなっていって、最終的には追い詰められた主人公の人格が崩壊したかのような状況にたどりつく。
それでも最後までコメディはコメディだし、主人公の苦闘ぶりがうまく書かれているので、すらすら読めて、面白い(もちろん、達者な翻訳の功績は大きいと思う。訳者は矢口誠)。そもそも、不条理なコメディというのは、ウエストレイクの芸風のうちだから、怪作と書かれているけれど、それほど意外な内容ではない気がする。

改めて著作リストを見てみると、ウエストレイクは、1970年前後の時期の作品が、一番面白いように思える。そう考えると、キャリアの中で彼が一番乗っていた時期なので、こういうややこしい構造の小説も、スイスイ書けたのかな、と思った。本の作りにいろいろと仕掛けがあるあたりにも、作家の勢いが感じられるような気がする。
ウエストレイクは(スターク名義も含めて)60年代前半の初期の犯罪小説が、スタイリッシュで格好よくて好きだけれど、本領は、こういう技巧的な小説にあるように思う。
(2019.2.3)

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感想「精神病院の殺人」

「精神病院の殺人」 ジョナサン・ラティマー 論創社
1935年に原著が刊行されたビル・クレインものの第1作。去年末に邦訳が刊行された。シリーズは全5作で、他の4冊は邦訳刊行済で既読。

精神病院に入院中の老女が手元に置いていた金庫が盗まれ、それを探すために、クレインが精神病患者を装って病院に入院するが、こっそり事件を調査しているうち、殺人事件が起きて巻き込まれる。
ハードボイルドと本格ミステリの中間に位置すると思えるシリーズだが、本書は謎解きを意識したプロットがかなりしっかり構成されていて、本格ミステリ側に引き寄せて論じられても、特に違和感は感じない内容と思った。クレインがやたらとオーギュスト・デュパンに言及しつつ、アクロバット的な推理を披露するあたりからも、著者に本格ミステリ的なスタイルへの意識があるのは明らか、という気はする。

ただ、これがシリーズ第1作ということを考えると、それほど単純ではないようにも思える。
シリーズの中では、本書が最も本格ミステリ寄りと思えるし(と言いつつ、「モルグの女」「処刑六日前」を最後に読んだのは大昔で、ろくに内容を覚えてないから、自信を持って言うには、そちらを読み直してみる必要があるだろうなあ)、2作目以降、その方向性が薄まっていくとすれば、著者が本格ミステリ的な小説を書こうとしていたという想定は、そう簡単には出来ない気がする。第1作でとりあえず様子をうかがって、次作以降でより自分のカラーを出していったとも考えられるし、デュパンへの言及が多いのも、まずは本格ミステリの読者層を意識した仕掛けだったのかもしれない。
また、シリーズ第1作ということは、読者はクレインというキャラクターに初めて接したわけで、冒頭でクレインは精神病患者を偽装して登場するが、これが本当に偽装なのか、実は名探偵気取りの本物の誇大妄想の患者なのか、少なくとも途中までは判断がつかなかったはず。実はそういう効果も狙っていたかもしれない。そのあたりも含めて、かなりハッタリを効かせた作品だったんじゃないだろうか。後続の作品を読んでしまっている身には、実感しにくいのだけど。
本書については、そういう所も意識して考えないと、間違った結論に行ってしまう可能性があるんじゃないか、ということを思った。

後続の作品を読んでいる読者にとっては、病院に患者として潜り込みながら、酒を手に入れて飲みまくるクレインは、いかにもいつもの姿だな、という感じだけれど、これが初見だった読者にとっては、どう感じられたのかな、と思う。とはいえ、さすがに病院患者なので、本書ではクレインも、酒以外で愉しむ場面はあまり多くない。遊びと仕事を混同しているような要素は、いまひとつ薄いようには思える。それでも、ユーモラスな語り口は十分に堪能できたし、クレインのシリーズのファンにとって、楽しめる小説だったと思う。
(2019.1.29)

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