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感想「手/ヴァランダーの世界」

「手/ヴァランダーの世界」 ヘニング・マンケル 創元推理文庫
クルト・ヴァランダーものの最終巻。中篇「手」と、著者自身の手になるシリーズ全作品の登場人物や地名などをリストアップした索引「ヴァランダーの世界」から成る。

「手」は、シリーズ最終作の「苦悩する男」よりも前に書かれたものとのことで、内容も時系列的に、その辺の時期になっている。田舎に家を買いたいと思っているヴァランダーが、中古の家を見に行って、庭から人の手が出ているのに気付く。そこから50年以上前の殺人事件の追求が始まるという話。
趣向としては面白いけれど、作品中でも言われる通り、確実に時効にかかっていると思われる事件に、警察がここまで注力することがありえるのか、という違和感がけっこう大きかった。このシリーズは結構そういうところがある。警察が多忙を極めていると書かれていても、ヴァランダーにしても、他の警官にしても、ずいぶんのんきな捜査をしているように見えることが多い。著者が捜査活動の描写にリアリズムを重視していないのか、日本(だけではなくて、英米などのミステリでも、もっとシビアだと思うが)とスウェーデンの文化の差なのか。古い所でマルティン・ベックとか、北欧のミステリを読んで、似たような違和感を感じたことは割とあるので、後者の方が正解に近いのかも、とは思ってはいる。
それから、テーマとして、移民の問題なども含んでいる気配があるのだけど、尺が短いこともあってか、あまり掘り下げられていないし、事件そのものは、テーマ性とは直接あまり関係なさそうな形で決着してしまう。まあ、ブックフェア向けに書かれたものということなので、そこまで腰を据えた作品ではなかったのかもしれない。

「ヴァランダーの世界」は、基本的にはリストなので、シリーズの熱心なファンが読めば(使えば?)いい、という感じ。ただ、著者がこのシリーズや各作品を構想した背景などが書かれている部分があるので、作品を理解する上では参考になる。スウェーデンや世界全体の社会的な問題を論じるのがこのシリーズの特徴だけれど、著者の意図としても、ミステリを書くというよりは、そうした小説を書くことの方に力点があったことがよくわかる。

ちなみに訳者あとがきが、「ヴァランダーの世界」でレイシズムについて述べられているのに引きずられてか、「手」の解説に絡めて、スウェーデンの移民の問題について詳細に論じているのだけれど、「手」にはそこまでのことが書かれているようには思えなかったので、少し違和感があった。訳者の問題意識は十分理解できるのだけど。

最後に、シリーズ完結ということなので、全体を簡単に振りかえっておこうと思う。なお、現時点での印象なので、読んだ直後の感想とは、ずれているかもしれない。

最初の頃の印象は、ずっこけ警部物という感じ。ヴァランダーは何かとポカをする、抜けたところのあるキャラで、話のシリアスさにそぐわないようにも思えたけれど、ある意味、そこでバランスが取れていた気もする。社会問題に絡んだ深刻な事件の内容を、ヴァランダーの抜けたキャラで中和している分、とっつきやすくなっていた気がする。すごく気に入ったというわけでもなかったけれど、読み続ける気になったのは、多分、その辺の効果があった。また、「ヴァランダーの世界」を読むと、最初の2冊くらいは、著者としても、シリーズとして長く続けていくという考えが固まっていなかったようなので、その辺の緩さもあったのかもしれない。
著者が本腰を入れて書き始めたからか、その後は深刻な内容に見合って、小説の重厚さが増していったように思える。それとともにヴァランダーも間抜け感が薄れて、有能さが表に出て来るようになった感じ。スウェーデンのローカルな警察の話にしては、やたらと世界規模の事件に発展しがちな所に違和感はあったけれど、この時期は秀作と感じる作品が続いていた。テーマの重さにも、かなり感銘を受けながら読んでいた。
終盤に近付いてくると、ミステリとテーマ性が分離し始めた印象。著者が書きたいテーマと、事件の解決が必ずしもリンクせず、解決によって小説のテーマ性がより浮き上がってくるというような、効果的な構成ではなくなっていたように感じる。「手」もそんな印象。世界が進んでいる方向について、おそらく強い問題意識を持っていた著者が、テーマを描くことにより注力した結果、ミステリの部分が浮いてしまったのではないかと思っている。また、ヴァランダーが歳を取ったこともあって、不安定さが増してきて、めんどくさいオヤジにしか見えなくなってきたこともあり、終盤の作品は、いまひとつ物足りなさがあった。

そういう意味ではシリーズの終了は頃合いだったと思えるし、著者もそれを認識しながら、ヴァランダーに歳を取らせて、書いてきたようにも思える。こういう風に律儀に登場人物が歳を取って、引退していくという人気シリーズは、あまり思い当たらないが、マルティン・ベックもそうだったことを考えると、この辺も北欧流儀ということなのかな。サンプル数が少なすぎる推測だけれど。

「北欧」という点については、北欧のミステリの独自性というのを考えながら読んできた部分もある。事件がやたらと猟奇的だったり、警察が妙にのんびりしていたりというのを、シリーズの特徴と感じていたが、このシリーズが始まったあたりから、北欧ミステリが流行ってきて、この作家以外でもいくつか読んで、やはり似たような印象を受けた。北欧のミステリというのは、こういうものなのかなと、今では思っている。ただ、これもそれほどサンプル数は多くないので、誤解かも知れない。

近年、刊行時にリアルタイムで追いかけてきたシリーズ作品というのが、ほとんどなくなってきているので、このシリーズは個人的に、そういう意味で貴重でもあった。長い間、楽しませてもらった、とは思っている。

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