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感想「独ソ戦」

「独ソ戦」 大木毅 岩波新書
第二次世界大戦でのドイツとソ連の間で戦われた戦争(独ソ戦)の全体像を、新書サイズでまとめた本。本書は2020年の新書大賞というのを獲得している。その時に読んだ紹介記事が興味深かったので、読もうかと思ったが、ちょっと手が出切らなかった。しかし、今起きているロシアのウクライナ侵略の動きが始まったところで、また注目されるようになっているという話を聞いて、やはり読んでみることにした。
元々、自分は戦記的なものにはほとんど関心がないし(それが最初のタイミングで読まなかった主な理由)、戦記以外でも、自分の日頃の興味の範囲からすると、ヨーロッパの第二次世界大戦に関しては引っかかってくるのは、主に英米仏あたりが絡んでいる部分なので、独ソ戦については、ほぼ知識がなかった。ただ、本書はそういうシロートの入門書的なものも意識して作られた本だったので、馴染みのない読者が読むには適した本だったように思える。読んでいて、すんなり内容が入って来て、おおざっぱに全体像も把握できた気分になった。

最初の方を読んでいると、ヒトラーとスターリンという、二人の頭のおかしい独裁者がおっぱじめた、陰惨な戦争という感じがしたし、そのイメージは今のロシアのプーチンの姿とも重なった。彼らの病的な思い込みと雑な展望が、大量に人命を損なう事態を招いたという感じだったから、独裁者ってのが、いかに危険な存在かということが、読み取れるように思えた。そもそも独ソ戦以前に、ヒトラーもスターリンも、自分と相容れない人間は殺して構わないと思っているような連中だったわけで、そういう人物が誰にも止められない独裁者という立場に就くことが、どれだけ危険かと、改めて感じた。(じゃあ、そうでない人間なら独裁者になってもいいのか、というのは、また別の話)
ソ連に関しては、その理解は当たっているように思える。ヒトラーに吹っ掛けられた戦争に対する、独裁者の稚拙な対応が悲惨さを拡大した、という構図に見えるし、愚かさは今のプーチンによるロシアのウクライナ侵攻にかなりかぶって見える。今回のロシアは戦争を吹っ掛けた側、という違いはあるが。ただ、「劣等民族」の排除を掲げるようなドイツに対したことで、ソ連の人々の間にも、民族の殺し合い的な要素が強まっていくんだな。

しかし、ドイツについては、ヒトラー(とその一味)が(自分たちに忠実な)ドイツ国民に対して、好待遇を持って接していたこと、それによって生まれた国民の支持が、ドイツの戦争遂行を助けたという部分に触れて、それだけではないと思えてきた。ドイツ国民が、自分たちの豊かな生活が、他国からの収奪によるもので、ヒトラーの戦争がそれと一体であることを知った上で(知ったからこそ)、戦争を支持していたというなら、陰惨な戦争は、ヒトラー一味だけの責任ではなくて、それを支持した多くのドイツ人の責任でもあることになる。
この構図は、第二次世界大戦の前夜から、日本が大陸に侵攻して、満州国を設立するなどの侵略活動を行い、それを日本国民の多くが支持していたことに、とてもよく似ている。本書の終章にも、それに類したことが書かれていて、確かにその通りと思った。
つまり、独裁者だから危険という話ではないのだな、と思った。真に危険なのは、自分たちの利益のために、他国や他民族の犠牲を全く顧みない感覚にある、と思えてきたし、独裁者ばかりがそれを誘導するわけではなく、排外的な空気の中では、民主主義下でも起こりうることだな。ただ、民主主義では多様な意見が尊重されなくてはいけないし、そうした環境であれば、悲惨な状況に陥った後からでも、軌道修正は可能なはず。独裁者の思い込みで突っ走っていくだけの体制よりは、はるかにマシ。それが民主主義の意味だと思う。(そして、反対意見が権力側から抑圧されたり、権力側への忖度で自主規制されるような状況になったら、それはもはや民主主義の機能を失っている)

戦争がこういう構図で起こされることがあるというのを知っておくことは、この国が無駄に陰惨な戦争に向かわないように警戒するために、必要だろうと思う。今のこの国で権力を握っている人々は、第二次世界大戦の時と同様に、現実を見ようとせず、思い込みのみで動くような人々に見えるし、それはとても危険な状況だと感じている。

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