感想「大東亜共栄圏のクールジャパン」
「大東亜共栄圏のクールジャパン」 大塚英志 集英社新書
去年の3月に出た本で、興味を引かれて秋ごろに買ったけれど、内容が重そうで、なかなか読む気になれなかった。ようやく読んだ。
太平洋戦争当時に、当時の日本が大々的に行っていた宣伝活動について調査して論じたもので、著者は類似した内容の本もいくつか出しているようだけど、本書はその中でも主に海外に対する宣伝活動に重点を置いた内容ということらしい。国内向けのものについては、「大政翼賛会のメディアミックス」「「暮し」のファシズム」あたりで論じられているんだと思うが、読んでいないので…。
そちらを読んでいないのに、なぜ本書を手に取ったかと言えば、明らかに大失敗している現在の「クールジャパン」的なものが、太平洋戦争当時にもあったのか、という所に関心を引かれたから。
太平洋戦争下で、戦意高揚の宣伝活動が政府によって大量に、いろんな手段で行われたことは知っているけれど、それが「メディアミックス」という言葉でまとめることが可能なほど、体系的なものだったとは知らなかった。まあ、単に同時期に各メディアで行われたものを、どういう言葉でまとめるか、というだけのことかもしれないけれど、メディア間で連動していたのは確からしい。
にしても、読んでいて、その内容のおぞましさには気が滅入る。今の政府が、似たようなことをやっているのを、現に目の当たりにしているだけに、なおさら。
そうした日本賛美の宣伝活動を、海外(主に、朝鮮半島や満州、中国、東南アジア、南洋諸島といった、いわゆる「大東亜共栄圏」)に向けて、どういう風に展開していったかというのが本書のメインになる内容で、それが「クールジャパン」に例えられている。支配下地域の「未開の」人々は日本に憧れている的な、いかにも自分たちに都合のいい理屈を持ち出しているあたりは、確かに「クールジャパン」ぽいとは思う。
ただまあ、この当時の宣伝活動は、被支配地域への「日本」の高圧的な押し付けだし、現在の「クールジャパン」はあくまでも売込みだから、その辺は少し違うのかな、とは思った。推進している側のメンタリティは、それほど違ってはいないとしても。
他文化の人々に自文化を押し付けるというのは、本当にひどいことだし、強要できるような力関係がない現在、似たような感覚で推進しているのであれば、「クールジャパン」が失敗しているのは当り前だな。
著者の考え方は、現在の日本は、太平洋戦争下と本質的には変わっておらず、「戦後民主主義」でそれが見えにくくなっていたのが、上塗りが剥げて露出してきたのが現在だ、というもので(他でも読んだ覚えがあるが、本書の序章にそういうくだりがある)、確かにそう考えると、理解しやすい部分はいろいろある。
そういう今の世の中に対して、太平洋戦争当時にこういうおぞましい宣伝活動が行われていたこと、それに嬉々として、あるいは、圧力に抗しきれずにやむなく参加したサブカルチャーの人々がいたということを、こういう形で公開していくのは重要なことだと思う。著者は、自身がそういう業界に関わっているだけに、危機感も強いのだろうと思う(そういう趣旨のことが、本書の中でも書かれている)。
とりあえず言えることは、政府の宣伝に無批判に乗せられたり、追従してはいかんということだと思う。抵抗できる限りは抵抗する、疑ってかかるというのが、正しい在り方だと思うな。
本書は、著者があちこちに書いた文章を1冊にまとめたものなので、繰り返しの多さなど、ややまとまりのなさを感じる部分はある。また、先行して書かれた本との重複を避けている事柄があるために、読みにくい所もあるけれど、丹念に資料を探して調べた上で書かれている労作だと思うし、問題意識もよく伝わってくる。読んでよかったと思った。
(2023.4.9)
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