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感想「空中楼閣を盗め!」

「空中楼閣を盗め!」 ドナルド・E・ウエストレイク ハヤカワミステリ文庫
1980年刊行のクライムコメディ。邦訳は1983年。ウエストレイクのコメディは、いまいち面白くなくなってきたな、と思っていた時期の作品で、それもあって、今まで読んでいなかった。ただ、このところ、ウエストレイクの初期の作品が邦訳されることが続いていて、未読の作品群が少し気になっていた。そんな折に古書店で見掛けたので、買ってみた。

パリの博覧会で展示するために、南米の国・イエルバドーロから、城がパーツに分解して送られることになった。そのパーツの中には、イエルバドーロの権力者が国外に持ち出そうとした財宝が隠されていて、悪党一味がそれを奪おうとするが、どのパーツに隠されているかがわからないので、とりあえず城(パーツ)をまるごと奪おうとする。この設定自体が、壮大でバカバカしくて、面白いし、強奪の場面も、面白いアイディアがいろいろある。
さらに悪党一味が、リーダーは英語を話すが、それ以外はイギリス、ドイツ、フランス、イタリアの多国籍で、自国語しか話せないメンバーばかりなので、コミュケーション不全のドタバタが頻発する。ちなみに悪党一味に、半分を報酬として渡すという条件で話を持ちかけたイエルバドーロ反政府組織はスペイン語を話すので、ここもまた通じない(もちろん一部の人間に英語は通じる。そうでないとリーダーとコミュニケーションできないので、話が成り立たない…)。これも本書の核心のアイディア。

ウエストレイクらしいドタバタコメディで、事前に思っていたのと違い、とても楽しめた。

これは、翻訳が滑らかで読みやすかったことが、かなり影響している気がする。これまでに出たこの時期のウエストレイクの邦訳は、木村二郎が訳者のものが多いが、文章が硬くて読みにくいと以前から思っていた。この人はニューヨークに長く住んでいて、ウエストレイク本人とも交流があり、知識も豊富だから、原著を正確に訳そうとしているのだけど、その結果、ウエストレイクのまわりくどい文章が、直訳的に訳されて、読みにくくなっている印象がある。
本書の翻訳は井上一夫で、当時としてもやや古い世代の翻訳家だったこともあってか、どちらかといえば、日本語の小説としての読みやすさを意識した訳し方をしている感じがする。原文のまわりくどい言い回しが感じ取れる部分はあるけれど、そういうところも、なんとか素直な文章に落とし込んでいる。
その結果として、素直に面白く読める小説になっているのではないかな、と感じた。今まで、この時期の小説がいまひとつに思えた理由の一部は、翻訳にあったのかもしれない。あるいは、原作はいまひとつなのだけれど、それを翻訳が補っているとも考えられるのかもしれない。
もちろん、単純に本書が、この時期の作品の中では面白い部類に入るもの、という可能性もあるけれど。

それにしても、ヨーロッパというのは、言語が違っても、もう少しなんとかなるのでは、と思っていたのだけど(南欧のラテン系の言語はなんとなく通じる、みたいな話も聞いたことがある)、そうでもないのかな。

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