感想「チャタトン偽書」
「チャタトン偽書」 ピーター・アクロイド 文藝春秋
1990年に邦訳刊行されたイギリスの小説。原著は1987年の刊行。
邦訳の刊行当時に「EQ」の書評欄で見掛けたのが、頭の隅に残っていたようで、春先に古書店でセールされている本の中にあるのを見掛けて、すぐに思い出した。そうはいっても、当時、特に読みたいと思った覚えはないのだけど、なんとなく縁を感じて、買ってみた。
トマス・チャタトンという、18世紀に実在した、詩の贋作で知られている人物を題材にした作品。彼は若くして自殺し、19世紀にヘンリ・ウォリスという画家が、その現場を再現した絵を描いていて、この絵はテート美術館に現存しているのだとか。本書のカバーにも使われている。
現代(20世紀)に生きる詩人が、チャタトンの肖像画と思われるものを手に入れたことをきっかけに、チャタトンの死の真相の探索にのめり込んでいく話。それに並行して、18世紀のチャタトンの生活と、19世紀のウォリスがチャタトンの絵を描いていく顛末という、3つの時代の物語が絡み合いながら進んでいく構成になっている。
とはいえ、複雑な構成だったり、チャタトンの死の真相解明に、ちょっとした仕掛けがあったりはするけれど、それほどトリッキーな小説ではない。「EQ」はその時点では、海外ミステリの専門誌だったけれど、そこで取り上げる本としても、ぎりぎりに近いかなという感じ。
本書の主眼は、詩や小説や絵画といった創作における、贋作・偽作・剽窃というものについての考察にあるように思える。こうしたテーマに沿ったあれこれが、全体を通して頻繁に登場したり言及されたりする。総じて、創作の背景には、そうした要素が必ずある、というのが著者の基本的な立場のようには思える。
これらにリンクする形で、様々な作品への言及があるし、登場人物たちは頻繁に、詩や小説などから引用したり、言葉遊びをするあたりには、本書の前に読んでいたクリスピンの小説と似た雰囲気を感じた。いかにもイギリスらしい、ともいえるかも。
そういう部分も含め、基本的には、かなり趣味的な小説と言えると思う。かなり個性的な登場人物たちが、気ままに動いていくのを、ユーモアをまじえつつ、ゆったりと描いていく。
悲劇的な要素もあるので、単純に「面白い」と言ってしまうのは、少しはばかる気持ちもあるけれど、様々な蘊蓄や、登場人物の個性に親しみながら、のんびりした気分で読んで、楽しめた。
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