天童、山形

山形駅から奥羽線で天童へ向かったが、一つ手前の天童南駅で、サッカー観戦と思われる人々がぞろぞろと降りて行った。夜行バスの影響で眠くてぼーっとしてたこともあり、自分はそのまま天童駅まで行って降りたが、2015年に天童南駅が開業して、スタジアムはそこが最寄り駅になっていたのね。6年来てないと、いろいろ変わるもんだな、と。
ちなみに天童駅周辺はなんだか閑散としていて(元々、そんなに賑わってる場所でもなかったが)、天童南駅が出来た影響が出てるんじゃないかな、という気がした。天童の中心街もこっちに近いはずだし、地元はそれで良かったんだろうかと思ったが、どうなんだろう。まあ、サッカーと関係ない、天童温泉絡みの昇降客は、昔のまま、新幹線も止まる天童駅でのアクセスだろうし、そちらの方がメインターゲットの観光客なんだろうから、いいのかもしれないが。
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天童市街に関しては、何度も来ていて、今まで、そこそこ歩き回ったこともある。特に目新しいものは見当たらなかった気がする。
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スタジアムからの帰りは天童南駅を使った。まっすぐ行けば、多分、徒歩20分くらいだったと思う。駅前にはイオンモールがあり、駅自体は無人の小さな駅だが、サッカー帰りの人間がたくさんいたし、活気があって、天童駅前とはかなり雰囲気が違った。
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下車は山形駅の一つ手前の北山形駅。午前中に市内を歩き回っていた時に、だいたい場所の見当は付いていて、歩いて市内に戻っても、大した距離ではないことを把握していたのと、街中を見て回るのに、その方が好都合だったので。
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北山形駅から、山形の中心街を抜けて、のんびりと山形駅へ向かった。豊烈神社を見つけたのも、この時。夕方なので、施設類は閉館していて、外から見ただけだったが、街中は、早朝に歩き回った時よりも人が多く、活気があった。
山形駅から、新幹線で帰った。
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山形、出羽国分寺

夜行バスで新宿から山形へ。山形駅前に早朝に着いたら寒い。こっちの感覚で行ったら寒いかも、とは思っていたが、土曜のこっちが暑すぎるくらいだったもので、そこから一段階下げたくらいでは足りなかった。耐えられない寒さ、というほどではなかったが。
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山形は、何度も行ってる割に、「山形市」自体は立ち寄るくらいで、あまり市内のことを知らない。駅前通りを流したことがあったくらい。今回はなにしろ朝一で着いて、試合は14時だったから、時間はあった。今まで行ったことのない市内をうろついてみた。

とりあえず、市の中心部に初めて足を踏み入れた。市内で一番の繁華街らしい七日町界隈を通り抜け、出羽国分寺へ向かった。国分寺は、駅からまっすぐ行けば、多分徒歩30分くらいで、市街地の中にあった。
出羽国分寺が元々あったのはここではなく、はっきりわかっていないある時期以降、移転してきたということらしい。国分寺が作られていた時代は、まだ朝廷が東北を、完全には制圧していなかったわけだから、そういうこともあるだろうな。移転前の場所は鶴岡だったらしいが、それも完全には確定していないらしい。
(参考 → 護国山 柏山寺(出羽国分寺・その3)
現地の表示は、「国分寺」というより、「国分寺薬師堂」がメイン。今も現役の寺が存在していて(護国山 柏山寺)、どうやらお祭りがあるらしく、境内ではその準備が行われていた。古風なお化け屋敷や迷路の設営も始まっていた。寺に隣接して公園があり、球技場も見えた。
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生きている国分寺には、あまり興味が持てないので(^^;、ざっと一回りしたくらいで撤収した。

文翔館の前を通過して霞城公園へ。ちなみに文翔館は明治時代の建物で、旧県庁・旧県会議事堂だそう。後で詳細を知って、立ち寄っても良かったかなと思ったが、ちょっと時間が足りなかったかもしれない。
霞城公園は山形城址。城は明治の初めに取り壊されたそうで、比較的近年に整備された門や塀はあるが、天守閣などはない。
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公園内にあった山形市郷土館(旧済生館本館)。ここは入ってみた。これも明治時代の建物。
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霞城公園の隣には、最上義光歴史館という立派な建物もあった。最上義光というのは、関ヶ原の合戦の時に、米沢から攻めて来た直江の軍勢を撃退して、山形を守った武将なんだそうで、公園のあたりに、やたらと銅像が建っていた。
山形市郷土館には、明治維新後に任命された最初の県令・三島通庸は偉かったという記事が並べられた部屋があったし、試合後に山形市内に戻った時には、水野元宣という、山形藩の最後の筆頭家老(実質的に藩政を取り仕切っていたとのこと)だった人物を称える神社(豊烈神社)を見つけた。この人は、戊辰戦争の時に、朝廷軍に侵攻されそうになった時、自分が全責任をかぶって刑死して、山形藩を救ったそうだ。
こういうものだけを見ていると、個人崇拝の傾向が強い土地柄なのかなと思ってしまうが、郷土の英雄に手厚いのは、どこの土地でも同じかもしれない。
ちなみに、水野元宣がそういう状況に追い込まれたのは、隣接する大藩の米沢に振り回されたといういきさつがあったそうで、最上義光の件といい、山形と米沢は仲が悪いと聞いてるが、そりゃそうだろうな、と思った。

霞城公園を抜けて、駅へ戻って、天童へ。

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前橋、上野国分寺

前橋は、過去に何度も行ったことがある都市だが、前橋駅にアクセスしたことは、多分なくて、街の中心部がどんな感じなのか、全く知らなかった。今回は前橋駅で降りて、早めに行っていたこともあり、市内を流してみた。
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観光案内所で貰った地図を見て、萩原朔太郎とかの文学碑がいろいろあるのや、前橋城址(前橋公園)が目に止まったが、いまひとつ気が乗らずにいたところで、上野国分寺に気が付いた。歩いて行くのはちょっと無理だったが、前橋駅にレンタサイクルがあったことを思い出して、借りることにした。1日200円で、19時まで。
その自転車で国分寺へ向かったが、この頃から空模様が急激に怪しくなり、とりあえず北からの強風を受けながら走ることになった。道を探りながら行ったこともあり、多少時間はかかったが、30分はかからなかったはず。
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上野国分寺跡は、今まで行った国分寺跡の中では、何もない感は中間くらいか。
礎石などは結構残っていて(一部は、露出した状態でもずっと残っていて、地域の人に大切にされていたらしい、とのこと)、発掘調査された時点で、割と丹念に整備されていた。まあ、これは割とどこでもそういう感じ。
ただし、跡地を取り巻く塀が一部復元されていた以外は、構造物の復元はなかったし、後継の寺などもなく、市街地から外れた場所なので、ほぼ一面の原っぱ状態。
まあ、そもそも、そういうところ(1000年も経つと、なにもなくなっちゃうんだよな、というところ)が好きで、国分寺跡に行っているわけなので、良かったと思う。

現地を見た後、近くにあった資料館は無料だったので、入ったら、他に見物人が居なかったこともあり、案内のおじさんが丁寧に説明をしてくれた。

市内へ引き上げかけた所で、ついに雨が降り始めた。それほど強くはないにしても、雨具がないと厳しいレベル。風は暴風で、雷も鳴り始め、さすが上州、という感じ。近所に国分尼寺跡もあると聞いたので(発掘調査後埋め戻したので、碑が立ってる程度、とは聞いた)、帰りがけに見ていこうと思っていたが、断念した。
観戦用に持って行っていたグランパスの合羽をかぶって走ったが、気付いた人が居たとしたら、かなり妙に思えただろうな。
利根川を渡る所は、まともに横風を受けて、本当に大変だった。

前橋駅まで一旦引き返して、しばらく待っていると、雨は上がったので、もう一度自転車で、駅近くを少し流して、上毛電鉄の中央前橋駅などを見に行った。
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17時ころに自転車を返却。駅前のシャトルバスでスタジアムへ、と思っていたが、行列していたし、市内を流しているうちに、何となく土地勘もついてきたので、歩いてしまうことにした。
道草や買い物をして、割とゆっくり歩いたが、1時間で着いた。真剣に歩けば、45分くらいで行けたんじゃないかと思う。街中をゆっくり見れたし、スタジアムの近くでは、天然記念物らしい、岩神の飛岩という奇岩を見ることも出来たので、歩いてよかったと思った。
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結局、雨が降ったのは、国分寺から戻る時だけ。間が悪かったが、時間配分を考えれば、仕方なかったな。

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鳴門、徳島(その2)

翌日は鳴門公園に行って、鳴門の渦潮を見物した。大鳴門橋に設置された展望台に入ったが、高くて怖かった。高所恐怖症なので…。
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鳴門公園から徳島市内までバス。1時間半くらいの乗車だったが、その割に運賃が安かった印象。
徳島駅は昔来た時も行った場所だが、全く様変わりしていた。ただ、やたらと棕櫚がある所は、記憶のままだった。
徳島城址公園も、昔来た時は入ったらしい(自分の記録を見つけた)。
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昔来た時に時間がなくて断念して残念だったのは、眉山公園に上ること。今回はロープウェイで上って、無念を晴らせて良かった。いい眺めだった。
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その後、徳島駅前からバスで空港に向かって帰ってきた。

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鳴門、徳島(その1)

徳島は遠い昔に行ったことはあるが、徳島市内は夕方着いて、早朝に出てしまったから、あまり市内を見て回った記憶がないし、鳴門一帯は足を踏み入れなかった。交通手段も国鉄(^^;だった。今回は飛行機で行って帰り、現地の移動はバスと徒歩のみ。そういえば、JR四国には乗車しなかった。
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空港からスタジアムまで徒歩で行った。道に迷わなければ1時間弱で行けたと思う。迷ったので2時間くらいかかったが。
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試合後は徒歩で鳴門駅に向かい、駅前からバスで鳴門公園の方にある宿へ行った。スタジアムから駅までは、まっすぐ行けば15分くらいで行ける距離だったと思う。
市内から山の上に城が見えたが、後で調べると、90年代後半に作られたもので、しかも17世紀頃にあった本来の城には天守はなかったそうなので、再建というよりは別物らしい。
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塩尻、松本

アルウィンは、行きは塩尻駅からのシャトルバスで行った。
塩尻自体は、はるか昔に20号線を通って塩尻峠を越えたことがあるが、市街地には入らなかったので、駅前に出たのは初めてだった。
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シャトルバスは塩尻市の協力で運行されているということで、毎試合運行されることが決まっているわけではないらしい。運行台数が少ないので、行きはともかく、帰りはバスが一旦出払ってしまうと、行って戻ってくるまでそれなりに待つことになると、行きのバスの中で運転手さんがアナウンスをしていた。
塩尻駅からは約20分でアルウィンに着いた。
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帰りは、同じルートを使ってもつまらないので、シャトルバスで松本駅へ出ることにした。帰りのシャトルバスは、乗車するまで、かなり並んだ。入場者数15509人と発表されていたが、バスに乗るまで、行列に付いてから50分近くかかった。雨で人の動きや取り回しに手間が掛かっていたことを考えても、ある程度、時間に余裕を見た方が良さそうな印象だった。もちろん、試合が終わった後、ダッシュで乗り場に向かえば、もっと早く乗れたとは思う。なんせ、ああいう勝ち方だったもんで、ナゴヤグランパスコールとかしてて、若干、出遅れた(^^;。

松本駅までの所要時間は約30分だった。若干渋滞気味の場所もあったので、少し多めにかかっていたかもしれないが、その分を考えても、塩尻駅の方が近そうな感じがした。
ただ、こちらのシャトルバスは松本の市街地からスタジアムの間の交通機関だから、「松本」山雅としては、絶対に維持する路線だろうと思う。

松本は、塩尻峠を越えたのと同じ時に、ある程度市内観光もしたことがあるが、遠い昔なので、今回、改めて少し回ってみようと思っていた。しかし、バス乗り場で1時間近く要したことで、帰りの電車までの時間の余裕が削れてしまった。雨/雪が降り続いていることもあって、あまりモチベーションも上がらず、駅の回りを少しぶらついただけど終わってしまった。せめて松本城くらいは見に行きたかった。ちょっと残念だった。
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安来・米子

米子駅に着いた後、前日にシャトルバスで米子駅から美術館に向かった時、県境が駅からかなり近かったことを思い出し、国道9号線を県境まで徒歩で行ってみることにした。

ただ、さすがにちょっと遠かった。もうやめようかと思った頃に、なんとかたどり着いた。ただし、駅から9号線に出るまでが結構遠かった。9号線沿いの米子市役所からなら県境まで2km弱で、それほど遠くはなかったはず。
県境を越えて、安来の道の駅(県境から500mくらい)で昼飯を食おうと思ったが、かなり混んでいたのでやめて、県境近くまで戻り、島根・安来側のラーメン屋に入った。
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昼飯の後は、9号線をそのまま徒歩で進んで、皆生温泉を目指した。徒歩でそのまま行こうかとも思っていたが、ちゃんとした地図がなく、距離の見当がつかなかったのと、さすがに疲れてドロドロになりかけていたので、途中でバスに乗った。市内の中心部からだと3km程度だったらしい。元気なら歩ける距離だと思うが、敢えて歩いていく場所でもないだろうな。
皆生温泉の入り口には、日帰り入浴施設があって、そこでドロドロになっていた汗を流して、しばらく休憩。夜は寝台列車で、風呂に入れる見込みもなかったので、ちょうど良かった。
で、皆生温泉といえば、ゴレンジャー・ファンの聖地?(^^;皆生グランドホテルがあるわけで、せっかく来た以上は(というよりは、皆生温泉を目指したのは、このホテルが記憶にあったから)見ておこうと、探しに行って見つけた。
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もう夕方だったので、皆生温泉からはバスで米子駅に戻り、そこでサンライズ出雲の発車まで、時間を潰した。
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寝台列車に乗るのは覚えている限り、過去3回。その時は、基本的に安くあげる前提だったから、毎回3段ベッドの1番上だったと思うが、今回は列車自体も昔のブルートレインとは違うし、同行者が居て、極力安くという前提もなかったので、2段ベッドの個室。過去の経験に比べて、明るくて広々してて、全然快適だったし、よく寝られた。鉄ではないので、起きていて乗車を楽しむという発想はなかった。というか、昼間動き過ぎて、疲れていたもので、すぐ落ちてしまった。目が覚めた時は、箱根の辺りを走っていた。
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そして、通勤客が行き来する朝の東京駅に到着した。
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松江、出雲国分寺

24日は朝から松江市内をぶらついた。
とりあえず一畑電鉄の始発駅、松江しんじ湖温泉駅まで行ってみた。これは出雲大社の前まで行く路線だが、所要時間を考えると、スケジュールが厳しいと判断して、出雲大社へ行くのは止めた。
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松江城はこの近所で、城の建造物が、天守閣を含めてかなりたくさん、そのまま残っている。また、このエリアには市役所や県庁もある。ちなみに、ここから15kmくらいの近距離に島根原発があり、事故が起きたら、福島第一原発とは比べ物にならないくらい、大量の住民が避難しないといけないことになる。(原発を見に行ってみることも、少し考えていたが、これも結局実行しなかった)
県庁の横に原発を管轄してると思しい県の庁舎があり、そこの横には放射能等のモニターの結果が表示されていた。(写真を撮ってみたが、シャッタースピードの関係で、数値はうまく撮れなかった)
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県庁周辺には、竹島がどうとか、みたいな表示が何カ所かにあり(松江駅前にもあった)、そういえば、そういう場所だっけと思った。ただ、その割には、市内にハングル表記が目立つし、韓国(や中国)から観光客をかなり熱心に誘致しようとしてる感じもあった。「政治」と「経済」は別物ってことなんだろう。誘致される側が、どう感じているかはわからないが、市内でそれらしい観光客は結構見かけた。
しばらくぶらついた後、松江駅へ。
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松江駅からは、バスで出雲国分寺跡へ。最寄りバス停は武内神社前という所で、所要時間は15分程度。この神社は今も生きていて、割と元気そうな感じ。
国分寺跡は、バス停のすぐ近くに、方向を示す標識が立っていたので、そのまま道なりに歩いて行くと、山陰道をくぐったすぐ先に見つかった。徒歩10分程度だったと思う。場所を示す標識と説明板以外は、基礎の置石くらいしかなく、雑草が茂ったただの野原。観光施設的なものは何もない(トイレは設置されていたが)、好きなタイプの国分寺跡だった。
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国分寺跡の説明板に、出雲国分寺と武内神社の間には国分尼寺跡があると書かれていたので、それも見ていこうと思ったが、見つけられなかった。それらしい場所はあったが、立ち入ると危険そうな気配(^^;があった。この辺は、寺自体は跡形もないが、武内神社の裏手にあたり、神域?という雰囲気で、そういう種類の薄気味悪さがあった。深入りしなくて賢明だったんだろうと思う。

このあたりの最寄り駅は東松江で、武内神社から徒歩10分強というところ。
東松江に近づくと、大きい橋が見えてきたので行ってみることにしたが、駅舎と線路の反対側にあり、すぐ近くなのに、大きく回り込まないとたどりつけなかった。
これは中海大橋というそうで、松江市内から続く大橋川が中海に接続する場所に掛かっている。しばらく前の車のテレビCMで流れてた「ベタ踏み坂」に似ていた。あれは確か、この近辺だったはずと思ったが、後で調べたら、それは近所の別の橋だった。ただし、この橋も地元では「ベタ踏み坂」として知られているそうで、実際、見た感じは相当な急勾配だった。上がると、かなり怖いらしい。
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橋を眺めた後、東松江駅に戻って、山陰本線で米子へ向かった。
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米子・安来・松江

行ったことがなかった鳥取県・島根県への旅。

23日朝に羽田から飛行機で米子鬼太郎空港へ。これで鳥取県に足を踏み入れた。
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空港からバスで米子駅。
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さらにバスで、安来の足立美術館へ。これで島根県にも到達。
この美術館は、アメリカの日本庭園専門雑誌(そんな雑誌があるというのが驚き)で、13年連続日本一に選出されている庭園が売りとのこと。美術品の展示もあり、そちらは横山大観の系統の日本画が主体。
庭園は確かに大したものだったが、借景も含めたスケールの大きさがポイントかなという気がしたので、いくらかアメリカ人の好みが入った「日本一」なんじゃないかな、と思った。
展示品に関しては、元々、そんなに関心のある系統のものではなかったので…。横山大観の国粋主義が、だいぶ炸裂していた作品群だったかな、とは思う。
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美術館からバスで安来駅へ。
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安来駅から電車で松江。ここがこの日の宿泊地。
宍道湖のほとりに松江市美術館があり、ここからの宍道湖に沈む夕日は絶景ということで、それを見に行った。宍道湖は、ずいぶん大きい湖で、対岸が霞んでいて見えなかったから、海のようでもあった。
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夕日が沈んだ頃合いで湖を離れて、松江城を見に行った。時間が遅くて、城の真下までは入れなかったが、まあ、これくらい見えればいいか、という感じ。
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この日はここまでで終了。

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御油

国府からさらに御油まで歩いてみた。

御油宿についてのプレート。すぐ隣にイチビキの工場があったのは、ちょっとびっくり。ここだったのか、という感じ。
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御油の松並木。天然記念物らしい。近くに資料館もあって、前までは行ったが入らなかった。
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御油橋。
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