名古屋ボストン美術館

9/15に、名古屋のパロマ瑞穂で、名古屋対長崎を見る前に寄ってきた美術館。行ったきりにしていたが、ここは10/8が閉館なので、さすがにその前にちょっと書いておこうと思った。

名古屋の金山駅前にでかいビルが出来たのは、Jリーグの試合を見に名古屋に行くようになってからだったので、そのビルに名古屋ボストン美術館が開館した時に見かけて、こんなのが出来たのか、そのうち入ってみるか、と思ったのを覚えている。
もっとも、名古屋へ行っても金山には立ち寄らないことが結構多かったのと、今回は寄れるけど、という時の展示の内容が、あまり興味を引かない、というのを繰り返して、結局一度も入らずじまい。
そうこうしてるうちに、今年10月でボストン美術館との契約が切れて閉館という話を聞いて、さすがに閉まる前に一度と思って、瑞穂へ行く前に最終展「ハピネス」に行った。
展示の内容そのものは、「ハピネス」という抽象的なテーマに合わせて選ばれた作品群なので、雑多な感じで、あまりまとまりみたいなものはなかったし、正直、そんなに興味を引くものでもなかったけれど、ここがどういう場所だったのかを見ることが出来たし、それが最大の目的だったから、不満はなかった。
個々の作品で面白いと思ったものはあった。一番印象的だったのは、デヴィッド・ボウイの「The man who sold the world」をテーマ曲にした「イングリッシュ・マジック」という映像作品。いかにもイギリス的と思える、混然とした「ハピネス」な雰囲気を感じた。「江戸四季風俗絵巻」という江戸時代の絵巻物には、江戸時代の呑気な「ハピネス」な風景が描かれていて、面白かった。

少しこぢんまりしてるかなという気はしたけれど、街中のビルの一角を使った美術館だし、こんなもんだろうと思う。ロケーションもいいし、悪くない場所だと思った。自分は名古屋市民じゃないし、今まで来館してたわけでもないから、言うのは筋違いだなと思うけれど、なくなっちゃうのはちょっと惜しい気がする。
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武蔵国分寺跡

味スタへ行く途中、ちょっと寄ってきた。
6年くらいの間、国分寺市民で、この近所に住んでたこともあるのに、ここへは実は行ったことがなく、正確な場所も知らなかった(^^;。あちこちの国分寺に寄ってみる気を起こしたのは、そもそも、かつて国分寺市に住んだことがあったからなんだけど。
今回も、西国分寺駅で電車を降りて、府中駅まで歩いていく途中に、通りかかったついでに眺めてきたレベル。結構広い史跡だし、近年(自分が国分寺から引っ越した後)、史跡公園としての整備が始まって、かなり立派な場所になってもいるので、それなりに時間をかけないと、しっかりとは見て回れない。まあ、今は国分寺に住んでいないとはいえ、行こうと思えば、機会はいくらでも作れる場所なので、続きはまたの機会に。

整備されているにはしても、再現された建物が建っているとか、そういうことはなく(ちなみに今も生きてる国分寺は、史跡に隣接してあるみたい)、単なる原っぱに近い雰囲気で、個人的にはいい感じだった。ただ、街中なので、終わっちゃってる感というか、はかなさみたいなものはさすがにない。というか、これだけ市街地が広がってる中で、国分寺市が、よくこれだけの広さを公園として確保したなと思った。まあ、ここは市のアイデンティティのわけだから、これくらいしなくてどうする、という考え方もあるかもしれない。

ちなみに、国分寺に住んだ動機は、マンガの「野球狂の詩」が好きだったからで、歴史への関心とかは、全然関係なかった(^^;。「恋ヶ窪へ帰るんでしょ?」というセリフを覚えていて、実際に恋ヶ窪の町名を見た時、感動したっけな。
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平塚(3/11)

平塚は、1994年以降、もう何度行ったかわからないくらいだけど、スタジアム以外へは案外行ってない。海岸を見に行ったり、スタジアムの近くの美術館に寄ったり、あとは駅前の商店街とかを少し流したりしたくらい。中途半端に近いので、かえって時間がなくて、スタジアムとの行き来で終始してしまうことが多いせいだと思う。今回は今まで行ってない所へ行ってみようと思って、市内の西側へ行ってみた。もっとも、結局時間が大してなかったので、駅前の商店街を流すのと大差ないレベルの距離までしか行けなかった。

いつからかはしらないが、平塚は「囲碁のまち」なんだそうで(駅前にも碑が建っていた。今回、初めて気付いた)、木谷實という著名な囲碁の棋士(名前くらいはうっすら覚えがある)が平塚に住んでいて、そこからたくさんの弟子を輩出したんだそうだ。彼を記念した囲碁資料館というのがあったので、ちょっとのぞいてみた。それほどいろいろなものがあるわけではないが、囲碁に興味があるなら、結構興味深いんじゃないかな。PCでの対局とかも出来るらしかった。
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その近くに、東海道平塚宿の江戸見附という碑を中心にした、小さい広場があった。平塚宿の本陣はもう少し西の方にだったらしく、今の平塚市街から見ると街外れに当たるのかもしれない。そこまで行っている時間は取れなかった。まあ、平塚には、また来る機会はあるだろうから?、次の機会に…。 
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スタジアムのある総合公園に行ったら、どう見ても桜に見える、満開の花をつけた桜があって、平塚ってそんなに桜の開花が早いのかとびっくりしたが、木に「玉縄桜」という札が貼ってあり、調べてみると、これは鎌倉で開発された早咲きの桜らしい。詳しくはこちら。まあ、咲いてた桜はこの1本だけだったみたい。
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ちなみに、梅もたくさんあって、まだ全部は開ききってない感じだった。
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ここのスタジアムは、バックスタンドからだとメインスタンドの向こう側に富士山が見える。試合が始まる頃は、ガスってる感じだったが、日没が近くなるにつれてはっきり見えてきた。いい眺めだった。大山とか、丹沢の山も見える、ここの眺めは、今まで行ったことのあるスタジアムの中でも、一番好きな部類。
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長崎(10/22)

長崎に一泊して、前日に引き続き長崎観光。
ただ、台風の影響が気になったので、万一の時に何か対応が出来るよう、早目に空港に向かうつもりでいたから、この日も慌ただしいことになった。

とりあえず中華街。もっとも、朝の中華街では、飯を食えるわけでもないし、行ってもしょうがなかった感有り。
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眼鏡橋。
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長崎駅。まあ、ここは前日、諫早に行く時も使った。
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続いて、長崎駅近くの日本二十六聖人殉教地へ。
映像で見たことのある記念碑の現物を見ることが出来たが、それ以上に、隣に建っていた記念聖堂の方が、特異な形状で、印象が強かった。聖堂の方は、存在自体知らなかったが、調べたら、ガウディのスタイルを模して建てられたものなんだそう。
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記念碑の前の広場から西の方を見たら、巨大な観音像が目に止まって、記念聖堂と観音の取り合わせがとてもシュールな感じだったんだが、実はこの長崎観音は近くで見ると、もっとシュールなものだったらしい。行ってみればよかったんだが、なにせ時間がなくて。
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その後、電鉄に乗って、原爆爆心地を中心にした広場と平和公園へ。
広場には爆心地を示した碑や、浦上天主堂の遺構などがあった。原爆の直撃を受けたイメージがあった浦上天主堂は、実際は爆心地から500mくらい離れた場所にあり、今はその場所には、再建された天主堂が建っているんだそうだ。知らなかった。その再建の際に、元々あった原爆で崩れた昔の建物の一部を、爆心地の横に移築したのだそうで。でも、これだけ見ると、ここにあったのか、と思ってしまいそう。

爆心地を示す碑。
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浦上天主堂遺構。
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これ以外にも、いろんな団体が建てた、あまり統一感のない、さまざまな慰霊碑が並んでいて、これはこれで素直な慰霊の気持ちが感じられるような気もする、と思った。

平和公園の方は、有名な北村西望の平和祈念像を中心に、かっちり構成された公園。
ただ、こっちの方は、像の前で、たまたま阿含宗が集会をやっていて、あまり落ち着かなかったので、早々に引き払った。
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平和公園からはビッグNスタジアムが見えた。
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ここは2008年にヤクルトがイースタンで優勝した時、ファームの日本シリーズが開催された球場。当時、優勝決定直後に、観に行くつもりで旅行代理店に行ったら、日にちが近すぎて、安くは行く方法がなさそうだったので、断念した。
せっかくなので、球場の前まで行こうかとも思っていたが、時間はないし、中で野球が見れるわけでもなかったので、遠景で済ませることにした。

これで観光は終了。浦上駅前を通って、空港行きシャトルバスに乗れるバスセンターまで戻り、そこから空港へ。
長崎空港は人工島で、大村市と1キロ程度の長さの橋で結ばれている。空港へ着いてみると、飛行機の運行状況は問題なさそうだったから、結局、時間が余ったので、橋を渡って、大村市へ行ってみようかとも思ったが、歩き出してみると、橋の上では強風に晒されて結構怖かった(風速8mくらいだったらしい)。ジョギングのランナーが2人くらい、走って渡っていくのを見掛けたけれども、自分は荷物を持っていたし、海に落としでもしたら目も当てられないので、空港の全景が写真に撮れる程度の所まで行って、そこから引き返した。

浦上駅。
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長崎空港。
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台風直撃かも、と思って、かなりびくびくしていたけれども、結局、ほぼノートラブルで行って帰ってきた。翌朝は台風襲来で、羽田での欠航が相次いでいたから、巻き込まれた可能性もあった。間一髪でかわせて、ツイていたと思う。

長崎は、本当に観光都市だなあ、という印象。そんなに広い地域でもないのに、観光スポットだらけ。自然にそうなったのか、努力して開発したのか、どっちなのかはわからないが、少なくとも現時点では、最大限に生かそうとしている努力を感じた。
通り過ぎるだけで、ちゃんと見れなかった所だらけなので、もう少し、時間が取れれば良かったな、と思った。ただ、個人的には、観光のためだけに長崎は行くことは、しばらくはないかな。行くとしても、少なくとも、何年か経ってからだろうな。

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長崎、諫早(10/21)

台風直撃?というので、冷や冷やしながらの長崎行きだった。まあ、行けるだろうとは思ったが、帰れないかも、という危惧は、かなり強かった。

初めて行ったことでもあり、普通の観光っぽい所ばかりを回ってきた気がする。ただし、時間が限られていたので、どこも駆け足で通り過ぎるだけ、という感じになってしまった。ポイントが多いので、一カ所をじっくり、というわけにいかなかったというのもある。

電鉄。
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大浦天主堂とグラバー園。隣り合っていた。ただ、時間がないので、どちらも入口正面まで行っただけ。近くで、名物だという角煮饅頭は食べたけれど。
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出島。浦和駒場スタジアムでは数えきれないくらいの回数、入っているが、本物は初めて。
案外狭い、と思う一方で、オランダ一国の商館があるだけなんだから、こんなものか、という気もした。
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21日の長崎市内観光はこれだけで、スタジアムのある諫早に向かった。長崎駅から諫早駅までは普通列車で30分くらいかかり、少し遠い感じはした。
諫早駅に着いた時は強い雨が降っていたが、しばらくすると上がった。結局、長崎滞在中、本格的に雨に降られたのは、この時だけだった。「長崎は今日も雨だった」ということになるのかな、と思っていたが、ハズれた。

諫早駅は新幹線開業を見越しての建て替え中らしく、仮駅舎での営業だった。それと合わせて行われているらしい再開発のせいもあって、駅周辺はとても貧相で、大丈夫か、この町?、という感じだったが、そもそも市の中心部は駅から少し離れた所だったようだし、余計なお世話だったかもしれない。中心部まで行ければよかったが、ここでも時間がなく、駅周辺とスタジアムの間を往復するだけになってしまった。

仮駅舎
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建設中の駅舎
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諫早駅周辺の市街地
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三岐鉄道 北勢線

東員町へ行くのに、西桑名から乗った。

名古屋からJRで桑名駅へ
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西桑名駅
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こっちの駅スタンプは、三岐鉄道が近鉄だった当時のものだとか。印面が少し消耗している。
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かわいい電車。冷房は付いていなかった。
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車内の路線図
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東員駅
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石岡、常陸国分寺跡

水戸へ行く前に、常陸国分寺跡のある石岡に立ち寄った。

石岡駅
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石岡は過去二度寄ってるが、短時間立ち寄っただけで、どういう土地か、全く知らなかった。国府や国分寺や総社があって、常陸の中心地のような時期もあったとは、初めて知った。
駅の観光案内所で地図を貰い、街中を歩いて「府中」「国分」という地名を見ると、古都があったんだな、という感じがしてきた。古い建物もそこここにある、北関東の小都市らしい街並みもあったし、半日くらいは見て回れそうな感じだったが、1時間弱しか時間がなかったので、そそくさと通り過ぎるしかなかった。
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国分寺跡は駅から徒歩15分くらい。看板が出ていたので、国道355号沿いに行って、すぐに見つけられた。
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現役の常陸国分寺も隣接して建っていたが、入り方がよくわからなかったと、時間もなかったのでパス。広い敷地を現役の国分寺と、国分寺跡などのエリアで区切っていた感じ。国分寺跡のエリアには、いろんな古い建物や石碑(国分寺関連なものや、そうでないものや)が建っていて、手入れはされているものの、そこそこ朽ちている感じもあり、かなりカオスな雰囲気だった。こういう国分寺跡は初めて見た。
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国分寺の看板や石碑
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国分尼寺も近くにあるらしく、探してみたが見つけられず。駅へ引き返し始めて、ようやく355号沿いの道端に矢印の看板を見つけたが、時間的に無理と判断してパスした。次回…はあるかなあ。まあ、ついでに寄るのではなくて、石岡周辺を目的地にして、一度行ってみてもいいかもと、少し思ってはいるけれど。
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熊本、肥後大津

肥後国分寺の後、水前寺公園へ行こうとしたが、先に陸上競技場や野球場を見に行こうとして、道に迷った。距離感がうまくつかめていなくて、遠くまで歩いて行き過ぎてしまったらしい。晴れていて、とても暑かったので、寄り道は断念して、道を確認して水前寺駅までまっすぐ戻り、豊肥本線で肥後大津駅へ向かった。

水前寺駅
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肥後大津は空港への無料シャトルが出ている駅。豊肥本線は大分まで繋がっているが、昨年の地震の影響で、現時点では、熊本側はこの肥後大津止まり。
いくらか時間には余裕があったので、駅の回りを少しぶらついてみるつもりでいたが、駅に着いたタイミングで土砂降りの雨が降り出し、駅から出られなくなってしまった。それでも20分ほどで雨は止んだが、短い時間ではあまり大したことも出来そうになかったので、次のシャトルで空港へ向かった。

肥後大津駅
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土砂降り中の駅前
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少し阿蘇の方へ行ってもいいかなと考えていたが、豊肥本線で行けない状況では、時間的にちょっと無理だった。またの機会があれば、ということで。

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熊本、肥後国分寺跡

熊本城を出た後、市電沿いに水前寺方面へ向かった。
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目標は肥後国分寺跡。
事前にある程度リサーチしていたので、薄々分かってはいたが、想像以上にささやかな場所だった。市電の水前寺公園駅近くというのは押さえていたし、それは間違っていなかったが、見つけるのに結構てこずった。気付いた範囲では、近所に場所を示す看板等は一切なかったので。それもそうだろうなと、現地に着いてみて思ったが。

国分寺跡にまつわるものは、大きめの礎石が1個だけ。しかも、場所は移動していると思われる、という但し書付き。それが熊野坐神社という所の境内に置かれているが、ここ自体が、街中にポツンとある、神主も常駐していないと思われる小さな神社。比較的大きい通りに面していたし、神社の名前も抑えていたから、通りかかってすぐに気づいたが、何も知らなかったら、ここが国分寺関連の場所とは、多分、わからない。

礎石 神社に入って、すぐ右手にあった
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熊野坐神社
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現在も稼働している肥後国分寺も、熊野坐神社のすぐそばにあるが、裏通りなので、すぐには分からなかった。ここも、街中の小さいお寺。昔の国分寺を継承した寺ではあるんだろうと思うけれど、相当スケールダウンしている。
塀には、かつての国分寺をイメージしたと思われるイラストが、2枚掲示されていた。
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ただし、このお寺は、割とユニークな活動をしている感じだった。塀には、7/29のシューマン忌というイベントのチラシも、掲示されていた(ドイツの音楽家のシューマン)。シューマンの戒名は蕗帯院亜歴朱満居士らしい。

まあ、このスケールでは、観光名所にも史跡扱いにもなっていないのは、無理もない。礎石の脇の説明板は、熊本市が立てたものらしいが。
今まで見た国分寺跡の中では、一番、何もなかった所かな。

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熊本、熊本城など

熊本へ行ったのは初めてだった。
正直、漠然としたイメージしかなかったが、飛行機から見下ろして、土地がえらく広いという感じがした。ただし、田畑が多いという印象だったが、空港からシャトルバスで熊本市内へ向かった時は、市街地が広いなとも思った。その後、うろうろした印象だと、仙台に似ているかなと。単純に、城とアーケードのせいで、そう思ったのかもしれない。ただ、仙台よりはこじんまりしている気がした。

市内でホテルにチェックインした後、夜の試合に向けてスタジアムへ向かった。豊肥本線で新水前寺から光の森へ行くのがいいと聞いていたから、事前には新水前寺まで市電で行くつもりだったが、シャトルバスで来た時の印象からすると、そんなに遠くなかったので、歩くことにした。通町筋駅から30分弱だったと思う。光の森で降りて、シャトルバスでスタジアムへ。道が渋滞してたこともあり、20分強かかったと思うが、まるっきりスムーズだった帰りは10分強くらいだった。
帰りは新水前寺から市電を使った。9時に試合が終わって、通町筋で降りたのは10時前だったから、結構近い。もっとも豊肥本線次第な面はある。昼は20分に1本だけれど、21時以降は本数も減る。それを意識して、早めに動いたのが良かった面はあるかもしれない。

阿蘇くまもと空港
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新水前寺駅 道路のすぐ脇に、あまり存在感なく建っていたので、気付かずに通過してしまいかけた
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光の森駅 近所にショッピングモールなどもあって、そんなに不便な場所ではなさそうな印象
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翌日は、熊本駅を経由して熊本城へ。辛島町に泊まっていたので、ぐるっと回って戻って来る形になったから、産業道路から行って、駅からは市電に沿って戻ってきた。白川の両岸を通ったイメージ。
前日はほとんど気付かなかった、昨年の震災の影響と思われる家屋の損傷が、道々、いくつか目に留まった。1年以上経っているからか、それほど顕著な感じではなかったけれど。

白川橋
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熊本駅
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熊本城は、中心部は立入禁止だったが、観光施設はあるし、外周を回れば、中の状況はかなり見えるようになっていた。地震で無残に崩れてる場所は多かったが、中心の城郭は(修理は必要にしても)残っている。よく無事だったなという感じ。
まあ、こんな工事中の城を見れるチャンスもそうはないわけで、それを逆手に取った「今だけ!」みたいな宣伝コピーも見かけた。したたかだね。

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平日(月曜)だったこともあり、観光客は半分以上、外国人だった感じ。警備してるおじさんたちが、ずいぶんフレンドリーだったのが印象に残っている。外国人観光客にも、積極的に声を掛けていた。

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