長崎(10/22)

長崎に一泊して、前日に引き続き長崎観光。
ただ、台風の影響が気になったので、万一の時に何か対応が出来るよう、早目に空港に向かうつもりでいたから、この日も慌ただしいことになった。

とりあえず中華街。もっとも、朝の中華街では、飯を食えるわけでもないし、行ってもしょうがなかった感有り。
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眼鏡橋。
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長崎駅。まあ、ここは前日、諫早に行く時も使った。
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続いて、長崎駅近くの日本二十六聖人殉教地へ。
映像で見たことのある記念碑の現物を見ることが出来たが、それ以上に、隣に建っていた記念聖堂の方が、特異な形状で、印象が強かった。聖堂の方は、存在自体知らなかったが、調べたら、ガウディのスタイルを模して建てられたものなんだそう。
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記念碑の前の広場から西の方を見たら、巨大な観音像が目に止まって、記念聖堂と観音の取り合わせがとてもシュールな感じだったんだが、実はこの長崎観音は近くで見ると、もっとシュールなものだったらしい。行ってみればよかったんだが、なにせ時間がなくて。
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その後、電鉄に乗って、原爆爆心地を中心にした広場と平和公園へ。
広場には爆心地を示した碑や、浦上天主堂の遺構などがあった。原爆の直撃を受けたイメージがあった浦上天主堂は、実際は爆心地から500mくらい離れた場所にあり、今はその場所には、再建された天主堂が建っているんだそうだ。知らなかった。その再建の際に、元々あった原爆で崩れた昔の建物の一部を、爆心地の横に移築したのだそうで。でも、これだけ見ると、ここにあったのか、と思ってしまいそう。

爆心地を示す碑。
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浦上天主堂遺構。
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これ以外にも、いろんな団体が建てた、あまり統一感のない、さまざまな慰霊碑が並んでいて、これはこれで素直な慰霊の気持ちが感じられるような気もする、と思った。

平和公園の方は、有名な北村西望の平和祈念像を中心に、かっちり構成された公園。
ただ、こっちの方は、像の前で、たまたま阿含宗が集会をやっていて、あまり落ち着かなかったので、早々に引き払った。
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平和公園からはビッグNスタジアムが見えた。
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ここは2008年にヤクルトがイースタンで優勝した時、ファームの日本シリーズが開催された球場。当時、優勝決定直後に、観に行くつもりで旅行代理店に行ったら、日にちが近すぎて、安くは行く方法がなさそうだったので、断念した。
せっかくなので、球場の前まで行こうかとも思っていたが、時間はないし、中で野球が見れるわけでもなかったので、遠景で済ませることにした。

これで観光は終了。浦上駅前を通って、空港行きシャトルバスに乗れるバスセンターまで戻り、そこから空港へ。
長崎空港は人工島で、大村市と1キロ程度の長さの橋で結ばれている。空港へ着いてみると、飛行機の運行状況は問題なさそうだったから、結局、時間が余ったので、橋を渡って、大村市へ行ってみようかとも思ったが、歩き出してみると、橋の上では強風に晒されて結構怖かった(風速8mくらいだったらしい)。ジョギングのランナーが2人くらい、走って渡っていくのを見掛けたけれども、自分は荷物を持っていたし、海に落としでもしたら目も当てられないので、空港の全景が写真に撮れる程度の所まで行って、そこから引き返した。

浦上駅。
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長崎空港。
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台風直撃かも、と思って、かなりびくびくしていたけれども、結局、ほぼノートラブルで行って帰ってきた。翌朝は台風襲来で、羽田での欠航が相次いでいたから、巻き込まれた可能性もあった。間一髪でかわせて、ツイていたと思う。

長崎は、本当に観光都市だなあ、という印象。そんなに広い地域でもないのに、観光スポットだらけ。自然にそうなったのか、努力して開発したのか、どっちなのかはわからないが、少なくとも現時点では、最大限に生かそうとしている努力を感じた。
通り過ぎるだけで、ちゃんと見れなかった所だらけなので、もう少し、時間が取れれば良かったな、と思った。ただ、個人的には、観光のためだけに長崎は行くことは、しばらくはないかな。行くとしても、少なくとも、何年か経ってからだろうな。

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長崎、諫早(10/21)

台風直撃?というので、冷や冷やしながらの長崎行きだった。まあ、行けるだろうとは思ったが、帰れないかも、という危惧は、かなり強かった。

初めて行ったことでもあり、普通の観光っぽい所ばかりを回ってきた気がする。ただし、時間が限られていたので、どこも駆け足で通り過ぎるだけ、という感じになってしまった。ポイントが多いので、一カ所をじっくり、というわけにいかなかったというのもある。

電鉄。
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大浦天主堂とグラバー園。隣り合っていた。ただ、時間がないので、どちらも入口正面まで行っただけ。近くで、名物だという角煮饅頭は食べたけれど。
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出島。浦和駒場スタジアムでは数えきれないくらいの回数、入っているが、本物は初めて。
案外狭い、と思う一方で、オランダ一国の商館があるだけなんだから、こんなものか、という気もした。
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21日の長崎市内観光はこれだけで、スタジアムのある諫早に向かった。長崎駅から諫早駅までは普通列車で30分くらいかかり、少し遠い感じはした。
諫早駅に着いた時は強い雨が降っていたが、しばらくすると上がった。結局、長崎滞在中、本格的に雨に降られたのは、この時だけだった。「長崎は今日も雨だった」ということになるのかな、と思っていたが、ハズれた。

諫早駅は新幹線開業を見越しての建て替え中らしく、仮駅舎での営業だった。それと合わせて行われているらしい再開発のせいもあって、駅周辺はとても貧相で、大丈夫か、この町?、という感じだったが、そもそも市の中心部は駅から少し離れた所だったようだし、余計なお世話だったかもしれない。中心部まで行ければよかったが、ここでも時間がなく、駅周辺とスタジアムの間を往復するだけになってしまった。

仮駅舎
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建設中の駅舎
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諫早駅周辺の市街地
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三岐鉄道 北勢線

東員町へ行くのに、西桑名から乗った。

名古屋からJRで桑名駅へ
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西桑名駅
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こっちの駅スタンプは、三岐鉄道が近鉄だった当時のものだとか。印面が少し消耗している。
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かわいい電車。冷房は付いていなかった。
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車内の路線図
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東員駅
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石岡、常陸国分寺跡

水戸へ行く前に、常陸国分寺跡のある石岡に立ち寄った。

石岡駅
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石岡は過去二度寄ってるが、短時間立ち寄っただけで、どういう土地か、全く知らなかった。国府や国分寺や総社があって、常陸の中心地のような時期もあったとは、初めて知った。
駅の観光案内所で地図を貰い、街中を歩いて「府中」「国分」という地名を見ると、古都があったんだな、という感じがしてきた。古い建物もそこここにある、北関東の小都市らしい街並みもあったし、半日くらいは見て回れそうな感じだったが、1時間弱しか時間がなかったので、そそくさと通り過ぎるしかなかった。
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国分寺跡は駅から徒歩15分くらい。看板が出ていたので、国道355号沿いに行って、すぐに見つけられた。
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現役の常陸国分寺も隣接して建っていたが、入り方がよくわからなかったと、時間もなかったのでパス。広い敷地を現役の国分寺と、国分寺跡などのエリアで区切っていた感じ。国分寺跡のエリアには、いろんな古い建物や石碑(国分寺関連なものや、そうでないものや)が建っていて、手入れはされているものの、そこそこ朽ちている感じもあり、かなりカオスな雰囲気だった。こういう国分寺跡は初めて見た。
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国分寺の看板や石碑
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国分尼寺も近くにあるらしく、探してみたが見つけられず。駅へ引き返し始めて、ようやく355号沿いの道端に矢印の看板を見つけたが、時間的に無理と判断してパスした。次回…はあるかなあ。まあ、ついでに寄るのではなくて、石岡周辺を目的地にして、一度行ってみてもいいかもと、少し思ってはいるけれど。
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熊本、肥後大津

肥後国分寺の後、水前寺公園へ行こうとしたが、先に陸上競技場や野球場を見に行こうとして、道に迷った。距離感がうまくつかめていなくて、遠くまで歩いて行き過ぎてしまったらしい。晴れていて、とても暑かったので、寄り道は断念して、道を確認して水前寺駅までまっすぐ戻り、豊肥本線で肥後大津駅へ向かった。

水前寺駅
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肥後大津は空港への無料シャトルが出ている駅。豊肥本線は大分まで繋がっているが、昨年の地震の影響で、現時点では、熊本側はこの肥後大津止まり。
いくらか時間には余裕があったので、駅の回りを少しぶらついてみるつもりでいたが、駅に着いたタイミングで土砂降りの雨が降り出し、駅から出られなくなってしまった。それでも20分ほどで雨は止んだが、短い時間ではあまり大したことも出来そうになかったので、次のシャトルで空港へ向かった。

肥後大津駅
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土砂降り中の駅前
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少し阿蘇の方へ行ってもいいかなと考えていたが、豊肥本線で行けない状況では、時間的にちょっと無理だった。またの機会があれば、ということで。

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熊本、肥後国分寺跡

熊本城を出た後、市電沿いに水前寺方面へ向かった。
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目標は肥後国分寺跡。
事前にある程度リサーチしていたので、薄々分かってはいたが、想像以上にささやかな場所だった。市電の水前寺公園駅近くというのは押さえていたし、それは間違っていなかったが、見つけるのに結構てこずった。気付いた範囲では、近所に場所を示す看板等は一切なかったので。それもそうだろうなと、現地に着いてみて思ったが。

国分寺跡にまつわるものは、大きめの礎石が1個だけ。しかも、場所は移動していると思われる、という但し書付き。それが熊野坐神社という所の境内に置かれているが、ここ自体が、街中にポツンとある、神主も常駐していないと思われる小さな神社。比較的大きい通りに面していたし、神社の名前も抑えていたから、通りかかってすぐに気づいたが、何も知らなかったら、ここが国分寺関連の場所とは、多分、わからない。

礎石 神社に入って、すぐ右手にあった
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熊野坐神社
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現在も稼働している肥後国分寺も、熊野坐神社のすぐそばにあるが、裏通りなので、すぐには分からなかった。ここも、街中の小さいお寺。昔の国分寺を継承した寺ではあるんだろうと思うけれど、相当スケールダウンしている。
塀には、かつての国分寺をイメージしたと思われるイラストが、2枚掲示されていた。
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ただし、このお寺は、割とユニークな活動をしている感じだった。塀には、7/29のシューマン忌というイベントのチラシも、掲示されていた(ドイツの音楽家のシューマン)。シューマンの戒名は蕗帯院亜歴朱満居士らしい。

まあ、このスケールでは、観光名所にも史跡扱いにもなっていないのは、無理もない。礎石の脇の説明板は、熊本市が立てたものらしいが。
今まで見た国分寺跡の中では、一番、何もなかった所かな。

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熊本、熊本城など

熊本へ行ったのは初めてだった。
正直、漠然としたイメージしかなかったが、飛行機から見下ろして、土地がえらく広いという感じがした。ただし、田畑が多いという印象だったが、空港からシャトルバスで熊本市内へ向かった時は、市街地が広いなとも思った。その後、うろうろした印象だと、仙台に似ているかなと。単純に、城とアーケードのせいで、そう思ったのかもしれない。ただ、仙台よりはこじんまりしている気がした。

市内でホテルにチェックインした後、夜の試合に向けてスタジアムへ向かった。豊肥本線で新水前寺から光の森へ行くのがいいと聞いていたから、事前には新水前寺まで市電で行くつもりだったが、シャトルバスで来た時の印象からすると、そんなに遠くなかったので、歩くことにした。通町筋駅から30分弱だったと思う。光の森で降りて、シャトルバスでスタジアムへ。道が渋滞してたこともあり、20分強かかったと思うが、まるっきりスムーズだった帰りは10分強くらいだった。
帰りは新水前寺から市電を使った。9時に試合が終わって、通町筋で降りたのは10時前だったから、結構近い。もっとも豊肥本線次第な面はある。昼は20分に1本だけれど、21時以降は本数も減る。それを意識して、早めに動いたのが良かった面はあるかもしれない。

阿蘇くまもと空港
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新水前寺駅 道路のすぐ脇に、あまり存在感なく建っていたので、気付かずに通過してしまいかけた
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光の森駅 近所にショッピングモールなどもあって、そんなに不便な場所ではなさそうな印象
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翌日は、熊本駅を経由して熊本城へ。辛島町に泊まっていたので、ぐるっと回って戻って来る形になったから、産業道路から行って、駅からは市電に沿って戻ってきた。白川の両岸を通ったイメージ。
前日はほとんど気付かなかった、昨年の震災の影響と思われる家屋の損傷が、道々、いくつか目に留まった。1年以上経っているからか、それほど顕著な感じではなかったけれど。

白川橋
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熊本駅
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熊本城は、中心部は立入禁止だったが、観光施設はあるし、外周を回れば、中の状況はかなり見えるようになっていた。地震で無残に崩れてる場所は多かったが、中心の城郭は(修理は必要にしても)残っている。よく無事だったなという感じ。
まあ、こんな工事中の城を見れるチャンスもそうはないわけで、それを逆手に取った「今だけ!」みたいな宣伝コピーも見かけた。したたかだね。

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平日(月曜)だったこともあり、観光客は半分以上、外国人だった感じ。警備してるおじさんたちが、ずいぶんフレンドリーだったのが印象に残っている。外国人観光客にも、積極的に声を掛けていた。

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久留米、筑後国分寺跡

タマスタ筑後へ行く前に、久留米で降りて、寄り道。
久留米は2013年に鳥栖に行った時も寄ったが、あまり時間が取れなくて、JR駅近くの久留米城跡をササッと回ったくらいだった。今回の目的は筑後国分寺跡。
西鉄久留米で降りて徒歩。久留米はJRよりも西鉄周辺の方が繁華街というのが分かった。
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国分寺跡までは、道を探しながら30分くらいかけて行ったが、はっきりわかってれば、もう少し早かったはず。そもそも、西鉄にもJRにも、もっと近い駅がある。もっともJRは久大本線だから、あまり使えない駅かも。

筑後国分寺跡は日吉神社という所の境内の一角にあった。分かって行かないと、見つけにくそう。周辺に看板の類いは見当たらず、地図から判断して、この辺のはずと思って、神社の境内に入って見回して、ようやく見付けた。跡地の前には説明板が立っていた。もっとも、日吉神社の中にあると知っていれば、行くのは問題ないか。
遺構としては礎石がいくつか残ってるだけという、毎度のパターン。ただ、実質的に別の神社が跡に建ってるという形なので、いまいち面白くなかった。周辺が住宅地というのも含めて、最近行った中では、出羽国分寺跡の印象に似てた。
なお、礎石の背後に、大きな石碑が建っていて、碑文が刻まれていたが、近寄ってじっくり見ることが出来なかった。写真も撮ってみたが、文字が摩耗している上、字体も古くて読めなかった。
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2013年に久留米に来た時、市の観光地図に国分寺跡が載ってないなと思ったが、現地を見て、確かに久留米市は、ここを地図に載せるような扱いはしてないな、という感じがした。まあ、観光資源が、他にいくらでもある街みたいだから、この程度の場所をアピールする必要もないんだろう。
ちなみに、筑後国分寺は、市内の別の場所に、今も生きてる後継の寺もある。時間がなかったので、今回はそちらはパスした。後継の寺には、元々、それほど興味がないことでもあり。

説明板には国分寺尼寺跡の記載もあり、事前に地図でも調べてあったので、行ってみたが、こっちの存在感の無さはもっと凄かった。住宅地のまん中に、敷地を切り欠いて建てた石碑が1本建ってるだけ。しかも「国分寺跡」としか書いてないので、ここで合ってるのか?、と思うくらい。尼寺跡は、こういう、わかりにくいのが多いね。
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JRの久留米駅へ出て、筑後船小屋へ向かったが、途中、西鉄久留米をかすめるルートになった。西鉄とJRの駅間は徒歩30分くらいの距離だった感じ。
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福岡

福岡空港はこの5年間で3回目、去年も来てるから、すっかりお馴染みだよな、と思っていたら、ターミナルビルの大規模改修が始まって、すっかり様変りしていて、まごついてしまった。改修中だから、あちこち仮拵えだらけだったし。

宿が平和台の近くだった。そういえば、福岡城跡って、平和台の隣だけど(というか、平和台は福岡城跡の敷地の一部だろう)、福岡に来るたびに平和台に来てる割に、城跡の中には入ったことないなと思って、宿にチェックインした後行ってみた。石垣とかはがっちり残ってるが、建物は、再建も含めて、あんまりない。よくある城跡公園みたいな感じ。ただ、かなり広い。
ちなみに、天守閣はあったんだかなかったんだか、わからなくなってるという話で、そんなもんなんだなと思った。もっとも、幕末にはなかったにしても、17世紀頃の記録は十分じゃない、という話なんだろうけれど。天守に相当する場所には入れて、展望台のような造りもあり、いい見晴らしだった。
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城跡から平和台球場跡を見下ろしてみたら、子供が遊んでるのが見えた。2013年に最初に行った時は、遺跡の発掘調査をやってて、中に入れなかった。そんならと思って、行ってみた。あくまでも、中世以前の遺跡としての保存で、球場関係のモニュメントの新設は見当たらないようだったが、今は中に入れる原っぱになっているから、球場があった状態のイメージは、しやすくなっているだろうな。
ついでに、周辺の資料館みたいなところも入ってみてもいいかなと思ったが、予想はしてたけど、5時終了で、もう閉まってた。
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尾張国分寺跡

美濃国分寺跡の後に行った。ここも車で連れて行ってもらったが、名鉄国府宮駅から行けることは分かった。駅からはちょっと遠いが、近くまでバスがあるらしい。近所に比較的有名なスポット(矢合観音)もあるようなので、アクセスにはそんなに困らないんだろう。

ここは、美濃に比べると、衝撃的なくらい、何もなかった(^^;。
50平米もなさそうなくらいの空地に、塔の土台の石が数点、地面の上に顔を出していて、近くに「尾張国分寺塔跡」と刻まれた石碑が建っているだけ。石碑も、正面からは写真が撮れない状態。
この周辺に広がる国分寺跡全域の調査は行われたそうだが、周辺は私有地なので、その状態が維持されていない。あまり頻繁に人が出入りするのも、望ましくないのかもしれない。もっとも、私有地と言っても植木畑だし、遺構も、埋まってさえいれば、破壊されるようなこともないだろうから、それでいいのかもしれない。
広々とした空き地というのが国分寺跡のイメージだけど、何もなくなって埋没してるという意味では同じことかな。これはこれで悪くない。
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なお、今回使ったルートは、途中に道案内の看板などは出ていなくて、小道に入り込んだ所に、ようやく「塔跡」という矢印が出ているだけだった(「尾張国分寺」とも書いてない)。ちゃんと分かっていないと、たどり着くのは相当厳しいなと思ったし、何もない感をさらに強めたんだが、後で調べると、案内板が出ているルートもあったらしい。
近所には、現在稼働している国分寺が建っていて、そちらにも案内のようなものはあったのかもしれないが、時間がなかったので、寄らなかった。
名古屋からそう遠くない場所なので、また行く機会はあるかもしれないし、その時は、もう少し、周辺を見てこようかと思う。

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