亀岡、丹波国分寺阯(5/11)

今回、2度目の亀岡に行ったのは、試合もさることながら、前回行きそびれた丹波国分寺阯へ行くのも目的のひとつだった。
亀岡駅前の
サンガスタジアムから4kmくらいの所にあるので、時間的には歩けるかなと思ったけれど、試合に間に合わなくなってもまずいので、とりあえず行きは駅前からタクシーを使った。運転手さんから興味深い話がいろいろ聞けて、面白かった。国分寺については、何もないですよと言っていたけれど、そういうのを見に行くのが好きなんで、みたいなことを言ったから、妙なやつと思われたかもしれない。
着いてみると、遠目には確かに何もなくて、ただの原っぱのようだったけれど、近付いてみると、建物跡が舗装されて、説明看板が建てられていたり、あまり使われているようには見えなかったが、18世紀の寺の建築が残っていたり、それなりに管理はされているようだった。個人的には、ただの原っぱでも全然構わないのだけど、これはこれで見どころがあった。

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帰りは距離感の見当がついたので、歩くことにした。来た時と同じ道ではつまらないので、別ルートを通ったけれど、スタジアムがずっと見えているような状態だったので、不安はなかった。
亀岡の町は川(桂川とも保津川とも大堰川とも言うらしい)の北と南に分かれていて、南側が旧市街、北側は市街化調整区域で田んぼしかなかったのが、サンガスタジアムが出来て、市街化が進みつつあるのだそう(タクシーの運転手さんに聞いた話)。途中までは、その田んぼの中を抜けて歩いて行った。
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下の川の写真は、1枚目はスタジアムの少し上流にある宇津根橋の上から撮った桂川、2枚目はスタジアムのすぐ横で撮った、桂川に合流する直前の曽我谷川。
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もう少し下流には「保津川下り」の乗り場があって、多分、亀岡観光の目玉だけれど、そういうものにはあまり興味がないので…。昔の山陰本線の線路を使った、嵐山まで行く観光トロッコ列車もあって、かなり賑わっているようなのだけど、それもパス。観光スポット的なものとしては、あとは亀岡城址があり、そっちへは行ってみた。明智光秀の居城だった所で、外堀の部分が公園になっていて、いい雰囲気だった。前回来た時は、通りすがりに正面の明智光秀の像の写真を撮っただけだったけれど、今回は公園内をしばらくぶらついてみた。ただ城跡本体は今は大本教の所有になっていて、ふらっと自由に入れるわけではないらしい。そこまでの時間もなかったので、そこはパスした。
ちなみに数年前の大河ドラマで、明智光秀を主役にしたものがあったけれど、大本教が絡んでくる関係で、この城跡は全く使われなかったとのこと(タクシーの運転手さんの話)。明智光秀の像も、ドラマ絡みで近年作られたものなんだとか。現地の人の話を聞くと、いろいろ教わることが多い、と思った。
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ここまでで観光を切り上げて、スタジアムに向かった。

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志摩、志摩国分寺阯、安乗埼灯台(7/22,23)

22日。ホテルから賢島直通の、英虞湾をクルーズする船が出ていたので(この辺もリゾートっぽい)、それに乗って、賢島へ。
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賢島の港。
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港からすぐの賢島駅。前日降りたバスターミナルのある口とは逆側。
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賢島付近は、こじんまりした町だった。この辺は多分、「ガメラ 小さな勇者たち」のロケ地で、それっぽい雰囲気もあったと思う。具体的に、ここがどこの場面に出て来たと言えるほど、映画の中身も覚えてなかったが、あとでビデオで見直して楽しめた。

賢島から近鉄で鵜方駅へ。鵜方駅周辺は、地域の中心地らしい街の雰囲気だった。
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駅と同じ建物にある観光案内所でレンタサイクルを借り、これも今回の目的地の、志摩国分寺阯へ向かった。駅から交通量がそれなりにある道路を10kmくらい走っていき、街外れで、側道を少し入った所にあった。
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ここは阯といっても、同じ場所に現役の志摩国分寺が建っていて、その辺の理由もあるらしく、発掘調査などは行われていないそう。なので、「阯」を示すものは、山門前の碑と、その隣に建っていた説明板のみ。現役の寺もそこそこ古くて、雰囲気のある建物ではあったけれど、それは守備範囲外なので、あまり長居はしなかった。

次の目的地の安乗埼灯台へ。こちらも10kmくらいの距離。

前日の大王埼とは異なり、こちらの灯台回りはそれなりに開けた公園ぽくなっていて、カフェもあり、気持ちよく過ごせる場所だった。
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これで当初の目的地は一通り行ったので、灯台周辺で過ごした後は、天気が良かったこともあり、レンタサイクルで鵜方周辺をあちこち散策した。鵜方の中心部は一通り回ったような気がする。
駅前に戻って、
観光案内所でレンタサイクルを返した後、駅から路線バスで、志摩スペイン村のパルケ・エスパーニャに隣接するホテルへ向かった。こちらも前日同様、リゾート感のあるホテルながら、独立したホテルというよりは、あくまでもパルケ・エスパーニャの付帯設備、という感じがした。
ちなみに、土地勘がなかったので、地図などで見て、安乗埼灯台に行きやすそうということで、2日目の宿を鵜方周辺で探したのだけれど、現地でレンタサイクルで走り回った印象では、賢島でもあまり大きな違いはなかったのかもしれない、という気はした。ただ、鵜方の方が大きな街だから、便利だったのは間違いない。

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パルケ・エスパーニャには、あまり興味がなかったので、ホテルにチェックインした後、鵜方駅まで路線バスで戻った。晩飯を食べてから、路線バスで帰ろうとしたが、平日だったせいで、まだ5時台なのに終バスが出た後だった。仕方ないので、タクシーでホテルまで戻った。志摩はライドシェアの実験をこの日から始めたそうで、タクシーのドライバーが、その件をずっと愚痴っていた。聞いた限りでは、かなり問題の多いシステムのようだった。
ホテルに戻って、リゾート的な館内を眺めたり、温泉に入ったりしていたが、夜のニュースを見て、東海道新幹線がトラブルで、名古屋-浜松間が、その日1日止まってたことを知ってびっくり。今回の志摩旅行が1日前後にずれていたら、直撃を食らうところだった。この時点では、翌日、無事に新幹線が動いているかも分からず、若干不安を抱えつつ寝た。
23日は帰るだけ。ホテルから路線バスで鵜方駅へ行き、そこから近鉄特急で名古屋へ出て、無事に動いていた東海道新幹線で帰ってきた。

3日間、天気に恵まれた。やたらと暑かったのは確かだけれど、志摩は湿度が低いのか、海風のおかげか、昼間も日陰に入ると、案外過ごしやすく、22日の朝方などは涼しくて爽やかなくらいだった。天気が悪ければ、レンタサイクルであちこち行くのも難しかっただろうから、助かったと思う。
眺めも良くて、優雅な気分になれた3日間だった。

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下野市、下野国分寺跡(5/4)

下野市に観光に行ってきた。ちなみに、市町村合併で下野市というのが出来たのは知ってたが、ニュースなどで地名を聞くたびに、どこ?、と思っていた。今回、ようやく理解した。昔は国分寺町だったりした辺りだったのか。「下野」という市名は大仰に思えたけれど、大昔、下野国の国分寺や国府があったようなエリアだと知れば(国府は隣の栃木市にあったみたいだが)、特に違和感はないかなと思った。

小金井駅。ところで昔から思ってたが、東京は小金井市と国分寺市が隣り合っていているけれど、栃木も小金井駅が国分寺の最寄り駅(というか市町村合併前までは、国分寺町の中心駅?が小金井)というのは、何か意味があるんだろうか。今回行って、要はここも、小金井と国分寺がほぼ隣り合ってる町名だと知ったのでなおさら。
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観光の主目的は下野国分寺で、小金井駅前の観光案内所でレンタサイクルを借りて行った。

途中で立ち寄った日酸公園には、丁寧に保存された電車の車両があった(クモエ21001号)。解説看板があったので、読んでみたけれど、なぜこの車両が、駅から離れたここで保存されているのかは、どうもよく分からなかった。特に縁がある場所でもなさそうで、たまたまスペースがあったから、というだけのような。小金井駅は車両基地があるような場所だから、鉄道愛の強い地域と思われるので、保存車両があること自体はそれほど不思議には思わなかったのだけど。
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駅から自転車で15分くらいのところに天平の丘公園というのがあり、その中に国分寺跡も国分尼寺跡もあった。公園までは、道筋に丁寧に看板が出ていたので、迷うことはなかった。

国分寺跡も国分尼寺跡も、よく整備されている一方で、広々とした原っぱという雰囲気もしっかりあって、気分よく過ごせる場所だった。しかも公園の一部ということで、すぐ近くにいろいろな施設があったから、便利でもあった。そちらの方へは地元の人たちもおおぜい訪れていて、地域にとけこんだ場所だな、という感じ。関東で見た国分寺跡の中では一番、公園として機能している場所のように思えた。もっとも、見に行った時期がまちまちなので、今は賑やかになっているという場所も、他にあるかもしれないが。

下野国分寺と国分尼寺の全体図
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国分寺跡
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国分尼寺跡
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併設のしもつけ風土記の丘資料館という郷土資料館も寄ってきた。いろいろと興味深い展示があった。下野(栃木)の歴史なんて、ほとんど知らないものな。「東の飛鳥」というのは、下野市がアピール用に作ったキャッチフレーズらしいけれど、少なくともある時期、この付近が政治的に、東国でかなり重要な地域だったらしいことは、よく分かった。

天平の丘公園全体は、下野市の旧国分寺町地域の重要な観光地ということのようだし、国分寺跡・国分寺尼寺跡は、その中の重要な一部として、大切にされているんだな、という感じを受けた。

国分寺跡周辺を一通り見て回った後は、観光地図で、「伝・紫式部の墓」というのが近所にあるのを見つけていたので見に行った。ただ、説明看板を見ると、相当胡散臭いもののように思えた(看板を作った市自体も、それは認識している模様)。由来の分からない墓があり、周辺の地名が「紫」なので、そういうことになった、とかいうことらしい。とはいえ、道案内も含め、看板が充実していて、観光名所として強くアピールしているようにも思えた。地元的にはどういう感覚なんだろうな。
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駅近くに戻って、最後に日光街道の小金井宿本陣というのを見に行った。
閉ざされた屋敷の門に表札的なものが掛けられているだけだった。周辺には崩れかけた古い家屋があった。これが宿場町の名残なんだろうかと思った。
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この後、小金井駅へ戻り、電車で帰ってきた。

これで関東の国分寺跡は全部行ったことになる。最初に五井の上総国分寺へ行ってから、ちょうど20年だった。いつもついででまわって来ただけで、国分寺跡を見に行くのを主目的にしたのは、今回が初めてだったのだけど、ひとつの目標をクリアしたような達成感はなんとなくある(^^;。

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館山、安房国分寺跡(11/19)

バスで一旦、館山駅まで戻り、レンタサイクルを借りて、館山市内を回ってみることにした。とりあえずは、今回のもう一つの目的地、安房国分寺跡へ向かった。
館山駅から、レンタサイクルで少し迷いながら行って、15分程度で着いた。幹線道路沿いながら、館山の街外れ、といった印象。
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現役のお寺があるので、その辺の兼ね合いもあるのか、あまり史跡らしい雰囲気はなくて、それほど大々的な調査も行われてはいないようだった。境内には、地元の人らしい人たちの姿を何人も見かけた。地域に溶け込んだ、普通のお寺という感じだった。
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国分尼寺跡と推定される場所も、比較的近所にあるようだったけれど、現地に行っても何も見つけられない可能性が高そうだったのと、それほど時間的な余裕もなかったので、パスすることにした。

観光案内所で貰った地図を頼りに、館山城に行ってみることにした。館山城周辺の公園は広々として、人出も多く、賑わっていた。少しのんびりしてもいい感じだったが、やはりあまり時間の余裕がないので、早々に立ち去った。
ちなみに併設されている郷土資料館では、里見八犬伝関係の展示をしていたようだった。館山では市内の各所で、里見八犬伝絡みのポスターなどを見掛けた。里見八犬伝が町おこしの重要な道具になっているんだな、という感じ。
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最後に港にある「渚の駅」たてやまへ行った。さかなクンが監修したらしい「さかなクンギャラリー」をのぞいた。また、展望テラスからは海の向こうに富士山が見えた。館山で、こんなに綺麗に富士山が見えるとは知らなかった。
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そして館山駅に戻り、内房線に乗って引き上げた。(写真は館山駅西口)
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相模国分寺跡(8/14)

8/13に豊田スタジアムへ行った翌日、帰る途中に寄ってきた。
元々は、静岡県内をぶらつきながら帰って来ようかと思っていたが、台風7号の影響で交通機関がどうなるかもわからない状況では、リスクを犯す気にはなれず、朝一で、とりあえず関東までは戻ることにした。実際、静岡県内では一時的に大雨が降ったりする天候だったらしい。ちなみに翌日以降は、新幹線の計画運休や臨時運休が続いて、8/14は無事に移動できるぎりぎりの日にちだった。

そういうわけで予定を変更して、小田急線で帰ることにして、以前から行こうと思っていた海老名の相模国分寺跡へ寄ってきた。
海老名は中途半端に近いので、行こうと思えばいつでも行けるけれど、わざわざ行く気にはなかなかならない場所だから、ちょうどよかった。

とりあえず新幹線で11時前に熱海まで戻った。ここまで来れば、帰れなくなることはないだろうという読み。
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小田原まで在来線で移動して、ここで小田急に乗換え、海老名へ。
海老名は過去に何度か来たことがあるが、駅前のペデストリアンデッキやショッピングモールを見ると、海老名って、そこまででかい街なんだっけ、と思ってしまう。ちなみに海老名市は人口14万人を達成したところだそうで、駅前に横断幕がかかっていた。
もっとも、それこそ昔は、相模の国府があったことを思えば、不似合いでもないのかな。
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そうした駅前のエリアに、復元された相模国分寺の七重塔が立っていた。
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ただし、国分寺跡自体は、ここではなく駅から1kmくらい離れた所だった。
周辺に、国府・国分寺という表示がちらほらあって、意識されている感じはあるのだけど、現地は看板などは立っているし、遺構も保存されていたが、基本的にはただの空き地で、好感が持てた。
しかし、隣接地にはマンションの計画があるようで、反対運動も起きている気配だった。周囲は結構開けた住宅地で、こういう場所で、ただの空き地を維持していく難しさを感じた。
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国分寺跡から1kmほど離れた所には国分尼寺跡もあるというので、そちらも行ってみた。
こちらは国分寺跡よりも目立たない草地だった。敷地内に碑などは建っていたけれど、尼寺跡とは関係なさそうな小屋などもあり、史跡としての管理は、そこまで手厚くはされていない感じだった。
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その後は、行きとは違う道を通って、海老名駅に戻った。海老名駅近くで尼寺という交差点を見付けたが、これは国分尼寺跡と関係はあるんだろうか。
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摂津国分寺跡(11/5)

セレッソ対名古屋を見に行ったついでに、摂津国分寺跡を見て来た。

最寄り駅は大阪環状線の寺田町。ここから徒歩5分くらいで行けた。
大阪の土地勘がないもんで、最寄り駅を使ったけれど、なんばや天王寺からでも十分行けたみたいだけれど。
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国分公園という所の中にあった。「公園」といっても、別に史跡保存のためとかそういうのではなく、ほんとに街中のただの公園。
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隣に立っている看板の説明文を読むと、摂津国分寺跡はここで特定されているわけではなく、大阪市内に他に候補地が2か所あるらしい。別の所で読んだ情報では、国分尼寺跡との距離の近さから考えて、北区の方が可能性が高いのではと書いてあった。とはいえ、碑が立っているのはここだけのようだし、とりあえず来るならここだった。後の予定もあることだったし。
ちなみに、ここを有力な跡地になっているのは、説明文にもあるように、出土品が見つかっているかららしい。
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公園の外から見た碑。子供が普通に遊んでいるような、当り前の公園。個人的には、何もない野原にある跡地が好きだけれど、その後に出来た街に飲み込まれてしまったような、こういうのもいいような気がする。
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ちなみに北区の方には、現存する摂津国分寺も存在するらしい。そちらや国分尼寺跡へも行ってみたかったが、残念ながら、今回は時間がなかった。所在地に関しては、上記の通り、いろいろ説があるようで、その辺を掘り下げていくのも面白いかもしれない。
もっとも別に研究者というわけではないから、とりあえず一箇所抑えられたので、今回はこれで目的は達成。

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山城国分寺跡(6/12)

亀岡のサンガスタジアムに行くことにしたのは、丹波国分寺跡が亀岡にあるのに気付いたからでもあった。ほぼ3年ぶりの国分寺跡めぐりを目論んでいた。
でも試合当日には、そこまで行っている時間の余裕がなかったし(事前にそういう取り回しもしてなかった)、雨も降っていたのでパス。京都一泊だったので、翌日出直して来るつもりでいたのだけど、だんだん、2日続けて同じ所に行くのもつまらない気がしてきた。そこで急遽目的地変更して、翌日は京都府内の南の方にある山城国分寺跡へ向かった。ここが京都から比較的簡単に行けそうな所にあることは、事前に押さえていた。


京都駅から奈良線で木津駅。ここで関西本線に乗り換えて、隣の加茂駅から、徒歩で行ける所に山城国分寺跡はあった。所要時間は1時間程度。天気も良くて快適な行程だった。

加茂駅

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加茂駅から国分寺跡へ行く途中の木津橋から望む木津川。20220612river
木津橋を渡った先にあった道標。「加茂ステンショ」という表記が、いかにも古めかしい。「ステンショ」と書かれている(刻まれている)実物を街中で見たのは初めてかもしれない。
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加茂駅から国分寺跡までは、徒歩で30分くらい。
国分寺跡の現地は、塔の基礎の石以外、何もない原っぱで、とてもいい感じだった。元々は奈良時代に短期間、国の都(恭仁宮)も置かれていたそうで、現地の道案内なども、主にそちらの方を前面に出している感じだったけれど、いずれにしても、そんな痕跡もほとんどなかった。1000年も経ってしまえば、跡には何もなくなってしまうんだよなと思わせる、爽やかさのある風景だった。久々に国分寺跡を見に行ったけれど、やっぱりいいなあと思った。
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恭仁宮大極殿跡の碑。
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隣接してこじんまりした資料館があって、発掘されたものや歴史を、そこでいくらか見ることが出来たのも良かった。まあ、この国分寺跡がある木津川市内には離れた場所に、もう少し本格的な資料館があったようなのだけど、そこまで行く時間的な余裕はなかった。別に研究者というわけでもなく、通りすがりにちょっとした好奇心を満足させてくれる程度で十分だったから、どうしても行きたいというほどでもなかったし。

むしろ、木津川の対岸の少し離れた所にあるという、国分尼寺跡(ただし確定していないので、参考地という柱が立っているだけらしい)に行ってみたいと思って、探してみたのだけど、地図でだいたいこの辺、と思ったあたりで見つけることが出来なかった。そんなにじっくり探している時間的な余裕がなかったのと、そのあたりは現地の業者の土の採取場みたいになっていて、私有地として囲われている区画が目立ち、そういう所の中にあるのかもしれないと思ったので、あまり深追いする気もなれなかった。今までも国分尼寺跡は、見に行っても、こんなふうに、うまく見つけられないパターンが多いから、仕方ない。

国分尼寺跡へ向かう途中で撮った木津川の風景。本当にきれいだった。
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で、そのまま直接、木津駅に出てしまい、そこから京都へ戻って帰ってきた。

木津駅。
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石和温泉、甲斐国分寺跡(8/19)

小淵沢を出た後、石和温泉で下車。
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これは甲斐国分寺跡へ行くため。

ただし、徒歩で行くのは遠すぎると思えたので、駅前でレンタサイクルを借りた。しかし駅から国分寺跡方面は緩い上り坂で、向かい風も吹いていて、距離の割にはかなりしんどかった。しかも地図を見て最短経路を目指したけれど、道が入り組んでいて迷った。帰りの列車時刻を考えて、行くのを諦めかけた所で国道20号に看板が出ているのを見つけ、ようやくたどり着いた。最短距離を狙わずに最初から国道で行けば、全く問題なく着いたらしいという、残念な結果。

国道20号の看板

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甲斐国分寺跡は桃畑と住宅が混在するエリアにあった。かなり広々した、礎石と看板以外は何もない空地で、のんびりうろうろするには悪くなさそうだったが、道に迷った分、時間が足りず、そそくさと立ち去ることになったのは残念。
礎石が結構残っていて、除草などのメンテナンスもされているようだったけれど、立てられていた看板類はかなりふるぼけていたし、印象としては、跡地として整えた後、それ以上は特に何もやってない感じ。公園としての整備もしていないようだった。
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少し離れた20号に近い側には、国分寺尼寺跡もあり、広さはこじんまりしてるが、こちらも似たような雰囲気だった。
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石和温泉駅へあわただしく戻り、あとはそのまま東京へ。石和温泉も20年ぶりくらいに来た場所だった。国分寺跡探しにあんなに手こずるとは思わず、着いた直後、駅前でのんびり飯を食っていた。分かっていれば、もう少しうまく時間配分したんだが。即売所の桃とか食いたかったな。

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下総国分寺(5/11)

船橋競馬場で乗った京成を、市川市の国府台で下車。
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この近くの下総国分寺へ行くのが目的だったが、一駅手前の市川真間で降りても大差はなかったよう。ただ、下総国分寺は小高い丘の上にあるので、いずれにしても、坂を上る必要があり、所要時間自体は30分弱というところだったと思うが、ちょっとしんどかった。道は若干分かりにくいが、下総国分寺自体は今も生きている寺なので、近くまで行けば看板も目につくし、たどりつくのはそれほど難しくはない。
ちなみに、国府台駅から国分寺の方へ向かう途中には、神社仏閣が多く、万葉集の和歌を沿道に展示した通りもあり、案内板などもまめに立っていて、歴史の街をアピールしていた印象。時節柄、万葉集に乗っかりか?、と、一瞬思ったが、よく見ると、数年前から行われているものだったようで、とんだ誤解だった。このあたりは国分寺だけでなく国府もあった所で、そういう由来を考えれば、万葉集の時代とつながりがないわけがない。

下総国分寺
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現役の寺だけに、何もなくなっちゃった感はなかった。雰囲気的には、常陸国分寺に似ていた気がするが、あそこよりもさらに現役感が強かったかな。そういう意味で、特に好きなタイプの国分寺というわけではなかったが、繁華街からは離れた住宅街の中なので、落ち着いた雰囲気は悪くなかった。

国分寺の裏手の方には国分尼寺跡の公園があった。
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こちらは建物の位置を示す石などは置かれていたけれど、何もない感を堪能できる場所で、良かった。ただ、場所を見つけるのに、ちょっと迷った。看板などは出ていたが、あまり目立たなかったので。まあ、そういう所も含めての、何もない感かもしれない。

下総国分寺があるあたりは市川市の西端で、江戸川に近く、川の向こうは東京(小岩)。国分尼寺跡に行った後は、丘を下って市川橋で江戸川を渡り、国府台駅の次の駅、江戸川駅で京成に乗って、日暮里経由で帰ってきた。20190511chiba
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武蔵国分寺跡

味スタへ行く途中、ちょっと寄ってきた。
6年くらいの間、国分寺市民で、この近所に住んでたこともあるのに、ここへは実は行ったことがなく、正確な場所も知らなかった(^^;。あちこちの国分寺に寄ってみる気を起こしたのは、そもそも、かつて国分寺市に住んだことがあったからなんだけど。
今回も、西国分寺駅で電車を降りて、府中駅まで歩いていく途中に、通りかかったついでに眺めてきたレベル。結構広い史跡だし、近年(自分が国分寺から引っ越した後)、史跡公園としての整備が始まって、かなり立派な場所になってもいるので、それなりに時間をかけないと、しっかりとは見て回れない。まあ、今は国分寺に住んでいないとはいえ、行こうと思えば、機会はいくらでも作れる場所なので、続きはまたの機会に。

整備されているにはしても、再現された建物が建っているとか、そういうことはなく(ちなみに今も生きてる国分寺は、史跡に隣接してあるみたい)、単なる原っぱに近い雰囲気で、個人的にはいい感じだった。ただ、街中なので、終わっちゃってる感というか、はかなさみたいなものはさすがにない。というか、これだけ市街地が広がってる中で、国分寺市が、よくこれだけの広さを公園として確保したなと思った。まあ、ここは市のアイデンティティのわけだから、これくらいしなくてどうする、という考え方もあるかもしれない。

ちなみに、国分寺に住んだ動機は、マンガの「野球狂の詩」が好きだったからで、歴史への関心とかは、全然関係なかった(^^;。「恋ヶ窪へ帰るんでしょ?」というセリフを覚えていて、実際に恋ヶ窪の町名を見た時、感動したっけな。
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