感想「岳飛伝」6

「岳飛伝」6 北方謙三 集英社文庫
帯にでかでかと「岳飛、死す」と書いてあって、タイトルロールの主役が、話が半分もいかないうちにいなくなっちゃうの?と思って、ビックリしたんだけど、そういう手で来たか、という感じ。史実では岳飛が非業の最期を遂げているというのは聞いていたが(このタイミングで、というのは把握してなかった)、それを逆手に取ったというところか。これで、ここから先は、それこそ楊令のように、著者が好きなように書けるわけだ。さすがだね。
ちなみに、ここで重要なポイントになっている太子晉の件は、元々、「楊令伝」の真ん中辺くらいに出て来た話と記憶しているけれど、その時点で既に、ここで使うという構想が出来ていたんだろうか。だとしたら、北方謙三の構想力って、大したものだなと思う。もっとも、そうでなかったら、これほど巨大な作品は書けないか。

徐々に最終決戦へ向かうプロットが引き始められている、という感じがする。

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感想「されど時は過ぎ行く」

「されど時は過ぎ行く」 北方謙三 角川文庫
「約束の街」8作目。読み落としていたことに気付いて、急遽読んでみた。2009年に出てたらしいが、文庫化は2015年のようなので、そんなに遅れを取ったわけでもないらしい。いずれにしても、文庫でしか読まないので。

前作に引続き、「ブラディ・ドール」シリーズが全面乗り入れ。ハードボイルドっぽく様式化された登場人物がいっぱい出て来て、それっぽい絡みを繰り広げる。
2つのシリーズの主な登場人物が次々出てくるから、登場人物が多すぎるように感じる。しかも、似通ったような人物が多い。それ以外に、重要な役回りで、新顔が一人出てくるが、レギュラーを格好悪く描くわけにもいかないから、その役回りを振るために(振るためだけに)、外から連れてきた、みたいな感じに見える。なんだか人物設定に無理があるし、貧乏くじ引いたみたいな登場人物だなあ、と思った。
まあ、そういうシリーズだと分かって読んではいるんだけど、今回はいつも以上に不自然に思えた気がする。それとも久しぶりに読んだせいかな。
ちなみに、シリーズの次作は書かれていないみたい。本書が最終作になるのかな。

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感想「岳飛伝」5

「岳飛伝」5 北方謙三 集英社文庫
第一部終了という雰囲気のある巻。金と南宋の戦いが一旦終わるし、ついに呉用が亡くなるし。
岳飛の人物像って、揺れ動いてるな、と思う。完璧に近い人物像だった楊令の対称として描かれているんだろうと思う。いつも迷っているし、自分が一旦決断して実行したことを、度々後悔、とまでは言わないにしても、正義ではなかったかもしれないと思い返して、逡巡したりしている。人間くささのあるキャラではあるけれど、大軍を率いる人物としてはどうなの、という気はする。
ただ、楊令と違って、岳飛は実在した人物だそうなので、史実との整合もある程度は考えないといけないだろうから、描く上で、そういう難しさもあるのだろうな。

ところで、解説(諸田玲子という作家の人らしい)は「男の人はどうして、闘いの場面が好きなのか」という文章で始まってるが、自分は別に好きじゃないけど、と思った。そこを読みたくて読んでいるわけではない。じゃあ何を?というと、多分、登場人物の人間像だと思う。闘いはそれを浮き上がらせてる背景で、闘いがなければ描けないものが描かれているわけだから、切っても切れない関係なのは確かだけれど、闘いそのものを読みたくて読んでるわけではないのは間違いない。少し違和感のある解説だった。
(2017.4.20)

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感想「ゴッド・ガン」

「ゴッド・ガン」 バリントン・J・ベイリー ハヤカワ文庫
昨年出た短篇集。日本で編纂された傑作選。
ベイリーは、何冊か読んだ邦訳長篇の、無茶なアイディアを詰め込んだぶっ飛んだ感じがとても面白かった作家。「時間衝突」とか、好きだった。短篇を意識して読んだのは、長篇のそういうイメージが出来てからで、やっぱりアイディアの面白さに引かれた。
ただ、そもそもSF短篇というのは、アイディアで読ませるものが多いから、それだけでは、それほど引きは強くならない気がする。よほど凄いアイディアでないと。
そういう意味で、本書で印象が強かったのは「ブレイン・レース」かな、グロい内容だが。それから、「蟹は試してみなきゃいけない」は、青春小説的な造りが意表を突いていて、面白かった。
冒頭に収録されている初期の作品のいくつかは、説明を読んでも、なんだかよくわからないアイディアのものが多かった気がする(表題作も含む)。ベイリーの中ではしっかりした理屈付けがあり、それに基づいて書いているのだけど、こちらに伝わって来ていないのか、元々イメージ先行で、理屈は大雑把なものでしかないのか、どちらかだと思うが、どっちだろう。ただ、「空間の海に帆をかける船」は、比較的初期の作品でも、イメージが分かりやすくて、楽しめた。
(2017.4.20)

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感想「恋する原発」

「恋する原発」 高橋源一郎 河出文庫
2011年の大震災を受けて書かれた小説の文庫化。
大震災被害に対するチャリティAVを作ろうとしている男を主人公にした話。

この作家には元々あまり興味はなかったけど(というか、そもそもミステリ以外の国産小説には、元々ほとんど興味がなかった)、Sealdsの関係でいろいろ知ったことで、関心が出てきた。

書きなぐりに近い雰囲気がある、かなり荒っぽい小説。日頃の作風を知らないので、これが特別なものなのかどうかは分からない。震災からあまり間を置かずに書かれた小説だから(2011年11月刊行)、その辺の影響もあるのかなと思った。
ただ、途中に挟み込まれている「震災文学論」の部分は、かなり腰を据えて書かれているので、やはり本文のタッチは意図的に選んだものなんだろう。このスタイルは、震災や原発事故について、タブーと見なされそうな角度から敢えて切り込んでいく内容に、確かに合っているように思える。
震災の被害に寄り添うとか、そういう方向性ではなく、なぜこんな事態になっているのか、という状況への違和感や怒りがベースになっている小説なので。

本書の中心テーマは、タブー扱いすることで、語られるべきことが語られない状況に対する批判そのものじゃないかと思う。震災や原発に絡めつつも、取り上げられている題材は、戦争とか差別とかセクシャリティとかの、広い範囲に渡っているし。
タブーと言っても、結局のところ、空気とか同調圧力とか忖度とか、本質的な問題ではない類いのものが大半なんだが、それが重視されることで、伝えられるべきことが伝えられないまま、この国はどんどん悪い方向に持って行かれている。そんな状況は、この小説が書かれた時よりも今の方が、より深刻化しているし、そういう意味で、本書での著者の意図は、多分、今の方が、より強く伝わって来てるんじゃないかと思う。

声をあげることの重要さと、今の状況に対する著者の強い切迫感を感じる。

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感想「岳飛伝」4

「岳飛伝」4 北方謙三 集英社文庫
金と南宋が激戦を繰り広げる巻。その傍らで、梁山泊が淡々と足場固め。

年寄りが、昔はこんな凄い豪傑がいた、と語るが、若いもんは、俺らには関係ないし、的な反応をする、という場面が、いくつかあったような。今までは、昔の伝説的な人物たちは、基本的に敬意を持って語られる感じだったのが、少し変わってきたかもしれない。時代の変化というのを、ぞうやって表現している気がする。
まあ、現実問題としても、年寄りが若いもんに昔話ばっかりするのは、見苦しいやね。自分も気を付けようと思う。
にしても、初期からの登場人物が、徐々に消えていこうとしているのは、やっぱり少し寂しい。白勝とか、最初に登場した時は、ここまで息の長いキャラになるとは思わなかったな。
(2017.3.10)

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感想「蟹工船」他

小林多喜二の小説を、手元の端末に入ってた青空文庫で見つけて、いくつか読んでみた。有名なプロレタリア小説の作家だが、今まで読んだことがなかった。「蟹工船」について、どこかで「冒険小説」として評価されている記述を読んだ記憶がうっすらあって、その辺の興味もあった。

「蟹工船」
酷い条件で働かされる労働者の話、くらいのイメージだったけど、荒れた冬のベーリング海をボロ船で行く中、残虐な作業監督者にどう立ち向かって生き延びるか、という話だから、確かに冒険小説のカテゴリーに含まれても不思議はないような内容。虐待されていた労働者たちが、どういう過程を経て立ち上がったか、というのがメインテーマであるにしても、彼らを動かしてるのは思想というより、根源的な怒りの発露だし、共産主義の匂いはあっても、そんなに露骨なものではなかった。迫力のある小説だった。
蟹工船の操業にロシアとの戦いという観点があったり、朝鮮人労働者への差別や、日本人の異常な勤勉さに触れたくだりがあったり、結構広い目配りも感じた。
悲惨過ぎる小説だけど、過酷な環境に置かれた人物たちの行動の描写には現実感があるし、こういうことが戦前は行われていたんだな、と思う。今はさすがに、ここまでの無茶は出来ないと思うが、利益や国策のためには労働者の犠牲は全く気にしないという監督者側の論理は、今時の政府や一部の経営者の論理と大差ないように見えるし、法律等の規制が緩められたら、容易にこういう状態に移行するだろうな、という気はする。

「党生活者」
共産党のオルグを主人公にした小説。でも、ばりばり思想的かというとそうでもなくて、当局の目をかい潜りながらの主人公の行動は、スパイ小説のようと思えなくもない。全てを犠牲にして、労働者を組織する任務に励んでいるが、その過程で、周囲に彼の行動による犠牲者が生まれていることも、はっきり描かれている。作家の意識としては、それくらい厳しいもの、ということなのか、正義感からの行動ではあっても、犠牲者を出していることについて無自覚な主人公に対し、批判的な気持ちも含まれているのか、という点については、今一つ判断しきれなかったが。
それにしても、これが書かれたのが1932年で、主人公のような、不当な状態を改善するために体制と対峙している人々が、大手を振って表に出て来られるようになるまで、この後、まだ13年もあったのかと思うと暗い気持ちになった。

「争われない事実」
「党生活者」の原型みたいな感じもある、ごく短い作品。そんなに強い印象はなかった。

「雪の夜」
思想性はあまり感じられない作品。こういうのも書いたんだなと思った。自意識過剰な主人公があれこれ思い悩む話で、内容的にはコメディだと思うんだが、書きっぷりが堅すぎて、そういう面白さがいまひとつ伝わってこない気がする。でも1930年代の小説だから、スタイルとしてはこんなものかもしれない。
(2017.2.25)

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感想「幽霊屋敷と消えたオウム」

「幽霊屋敷と消えたオウム」 エラリー・クイーン 角川つばさ文庫
少年探偵ジュナを主人公にしたジュニア向けミステリ(原著は1944年の刊行)。旧訳のハヤカワ文庫版(「緑色の亀の秘密」)も持ってるはずだが、多分、読んでいない。昨年、唐突に新訳で刊行されたのには驚いたが、角川つばさ文庫(こういう叢書があることも初めて知った)のラインナップを見ると、ここで出すのに手ごろな作品だったのは間違いなさそう。今後、シリーズ作品が次々刊行されるんだろうか。

ジュニア向けだし、子供が主人公だから、相応にかわいい話ではある。そんなにややこしい作りにはなってないが、「幽霊屋敷」を中心に、いろんな要素をうまく組み合わせていて、話の運びが単調でないし、結末では全部をきっちりまとめている。構成がしっかりしていると思った。
ほのぼのした雰囲気も良かったし、結構楽しんで読めた。
(2017.2.22)

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感想「岳飛伝」3

「岳飛伝」3 北方謙三 集英社文庫
梁山泊と金が戦って、激戦の後、講和へ向かうというのが主筋。金に対するわだかまりも解けたとなると、しばらくは梁山泊はあんまり積極的に戦をする理由がなくなりそうに思える。元々、今回の「岳飛伝」での梁山泊は、経済活動に力点があって、基本的に戦闘意欲が薄い感じがする。
だから「岳飛伝」なのかな。岳飛は今もやる気満々だし、当面も、岳飛と金の対決で話が回りそうだし。華々しい話は、岳飛を中心に置いて、回していくのかな。

なお、梁山泊がインドシナ半島(タイの方まで行っている)で開拓事業を始めようとしてるが、それっていいのかな、という気がちょっとした。
(2017.1.31)

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感想「死の鳥」

「死の鳥」 ハーラン・エリスン ハヤカワ文庫
昨年刊行された、日本オリジナル編集の、SFを主体とした短篇集。
この作家の邦訳本はこれが2冊目なんだそうで(もう1冊は有名な?「世界の中心で愛を叫んだけもの」)、作家の知名度と出版点数の落差がこれほど落差のある作家も珍しいのでは。もっとも、作品自体は雑誌やアンソロジーにはよく収録されているし、本書収録作のうち、少なくとも半分は読んだことがあった。

暴力的でグロテスクな内容の作品群。もちろん知ってて読んだんだが、そんなに好きな作風とは言えないな、と再確認したというか。それならなんで読んだのか、というと、まあ、怖いもの見たさ的な感覚なのかな。あと、作品の持つ鋭さみたいな所に、格好良さというか、魅力を感じていないわけでもない。ただ、やっぱりちょっと合わないかもしれないと、今回、思った。
それにしても、こういう作品が一部のマニアックなファンだけでなく、広く受け入れられた(SFやミステリのメジャーな賞をたくさん取っている)点が、よくわからなかったが、改めて読んでみて、60-70年代というのは、こういう殊更にタブーに挑戦するような、実験的な作品が求められた時代だったのかな、とは思った。
それと、今回の作品群を見ると、SFというよりは、ファンタジーの作家、という感じ。そこも、自分がSFに求めてる方向性とは、あんまり合っていないかもしれない。

本書の中では、MWA賞を取った「鞭打たれた犬たちのうめき」「ソフト・モンキー」あたりが、自分の読書傾向からしても取っつきは良かった(もっとも、前者については、ミステリ?と思うが。これは既読だった作品で、初読の時からそう思っていた)。他も「プリティ・マギー・マネーアイズ」とか、あんまりファンタジー色が強くない作品の方が好きだなと思えた。
(2017.1.28)

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