感想「八月は残酷な月」

「八月は残酷な月」 河野典生 光文社文庫
「昭和ミステリールネサンス」の4冊目。2019年の刊行。本書も1960年前後の短篇を収録。
この作家は、初期の国産ハードボイルドの名作として有名な 「殺意という名の家畜」を、大昔に読んだことがある。それなりに感銘を受けた覚えはあるが、続かなかったのは、似たような系統の作品があまりなかったからじゃなかったかな。
著者はミステリに、あまりこだわっていなかったと聞いた覚えがある。もっと多様な小説を書いていた作家。本書はあくまでもミステリの短編集だから、収録作品群はミステリの範囲内だけれど、大半はハードボイルドというより、スタイリッシュな犯罪小説かなと思う(解説を見ると、著者の言い方では、「悪漢小説(ピカレスク)」らしい)。そして、主人公を犯罪を犯さざるを得ない極限状況に追い込むために、強引に設定を作っているように感じる作品が多い。
なぜそうなるかといえば、格好のいい劇的な場面を描くことに力点があって、ストーリー展開の自然さは、あまり意識していないから、と感じる。自分はスタイリッシュな小説が好きと思っているが、本書の作品群のそうしたストーリーの不自然さには、違和感が強かった。ただ、個々の場面が鮮やかで魅力的なのは間違いない。
巻末の「海鳴り」は、ミステリのジャンルのぎりぎりに近い所で、独特なイメージを描いていて、著者の方向性を示しているように思った(ただし、この短篇自体は、あまり好きではないが)。

(2020.1.31)

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感想「名も知らぬ夫」

「名も知らぬ夫」 新章文子 光文社文庫
「昭和ミステリールネサンス」の3冊目。 2019年の刊行。
この作家は、名前を聞いたことがあるかもという程度で、予備知識はほぼなかった。
1960年前後が舞台の、女性を主人公にした作品が主体。このシリーズでここまで読んできた2作家(結城昌治、梶山季之)に比べて、古さを感じた。当時から現在までの女性の環境の変化が、男性に比べてかなり大きいのが理由の一部のような気がする。
ブロットよりも女性心理に力点のある作品が多いこともあり、古い時代の感覚で書かれていることがかなり効いてきて、あまり素直に読めなかった。そんなに短絡的に殺人が選択肢に入るのか?といった、登場人物の行動原理が納得しにくかったりもした。時代のせいだけでなく、著者の作風も関係しているのかもしれないが。
本書の中では、「少女と血」が、いい雰囲気の作品と感じたが、これも他の収録作と少し傾向が違う、幻想的な所が良かったからではないかなと思った。
(2020.1.24)

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感想「地面師」

「地面師」 梶山季之 光文社文庫
光文社文庫の企画、「昭和ミステリールネサンス」の2冊目。2018年刊行。
梶山季之が流行作家だった時期は、自分が小説を読み始める以前だったし、今はこの著者の本は本屋でほとんど見掛けないから、なぜそんなに読まれていたのかと思っていたが、本書を読んでいて、なんとなく感覚はつかめたような気がする。
本書に収められている作品群は、1960年前後に発表されたもので、企業の戦略を背景に、それに振り回される社員の悲哀を描いたものが多い。しかも、プロットに関わってくる企業の技術や戦略などは、丁寧に描かれている上にリアリティがあり、小説としてだけでなく、情報源としての関心も持てる内容だっただろうと思う。そうであれば、いかにも高度成長期のサラリーマンに受けそう。観光小説的な作品も収録されているが、これもなかなか情報が手厚い。
その上、プロットに工夫があり、小説としての面白さも、しっかり確保されていると感じた。
全体的に時代が色濃く反映されているので、情報や風俗が古びてしまうと、読み継がれるのはなかなか難しかったんだろうと思うが、小説を書く技術やテーマの取り方が、とても達者な作家だったということはよくわかった。

それはそうと、少し話は違うが、子供の頃、家にあった新聞や週刊誌でこういうタイプの小説(梶山季之もあったのかもしれない)を読んで、会社というのはこんなひどい所で、就職するとこんなひどい思いをしなきゃいけないなら、就職なんてしたくないな、と思っていたのを思い出した。後年、実際に就職してみて、一般論としてそう言ってしまうのは極端にしても(もちろんばらつきはあるわけだから)、ある程度は真実だったと思った。梶山季之は、日本の社会の醜悪な一面を描いていた作家だったんだろうと思う。本人にどこまで自覚して書いていたのかはわからないけれど、本書の解説を読むと、そういう意識は確かにあったように感じられる。 
(2020.1.17)

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感想「ウルフヘッド」

「ウルフヘッド」 チャールズ・L・ハーネス サンリオSF文庫
大昔に古書で入手して、そのまま放置してあった。同じ著者の「パラドックス・メン」が、昨年、竹書房文庫から出て、入手したので、ようやく読む気になった。原著は1978年刊行で、本書は1979年刊行だから、原著が出て、すぐに邦訳されたことになる。

核戦争での荒廃から3000年経って、再興した世界が舞台。そこに生きる主人公が、荒廃の時に地下に逃れて適応した地底人に奪われた妻を取り戻すため、意志疎通出来る獰猛な狼を仲間に、地下の世界に潜入する話。ファンタジー的な要素のある冒険小説。
多分、今の目で見ると、ということなんだろうと思うが、ストーリーの構造は割とありがちに思える。もっとも、ダンテの「神曲」が下敷きになっている時点で、著者はその辺のオリジナリティは最初から意識していないかもしれない。
なので、読みどころとしては、基本構造をどう修飾しているかというあたりかなと思うが、そこもやはりそれほど独自性は感じられない。秘境もの風な舞台装置と、地底人が持つ高度な文明の混合が、独特な雰囲気を作ってはいる。ただ、70年代末であれば、それもそう目新しい趣向ではなかったのではないかなあ。
それでも、冒頭と結末に漂う詩的な雰囲気は、オリジナルなものかなと思った。全篇にそういう、英雄譚ぽい雰囲気が立ち込めていれば、もう少し印象が違った気がする。もしかして原著にはあるけれど、翻訳ではそういう味を出しきれていないのかな。
ただ、結末がかなり強引な終わらせ方になっているあたりから邪推すると、著者はもっと早い時期に書き始めたが未完のままになっていて、改めてそれを何とかまとめあげたもの?、という気もしないでもない。だとすれば、出版された時期の割に、やや古めかしく感じる所も、説明がつくように思える。
主人公の超能力や、アメリカの権力構造への皮肉っぽく取れる描写など、興味深い部分もあったし、面白くは読めたけれど、すごくたのしめたというほどではなかった。

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感想「ヒッキーヒッキーシェイク」

「ヒッキーヒッキーシェイク」 津原泰水 ハヤカワ文庫
3人の引きこもり(ヒッキー)が、「カウンセラー」に率いられて、ネットを使ったイカサマっぽいプロジェクトに関わっていくうちに、世の中と折り合う方法を、つかみかけていく話。

3人以外にも引きこもりや、似たような経歴を持った人物が何人も登場する。人物の背景をさらっと説明するような書き方で、ひとつひとつはそんなに細かく書き込まれていないけれど、世の中の生きにくさの描かれ方にやたらとリアリティがあって、刺さってくるし、共感してしまう。
自分は引きこもりだったことはないけれど、紙一重に近い所にいたという自覚があるし、そうならなかったのは、いくらか運がよかっただけと思っているので、なおさらそう感じるんだろう。
そういう登場人物たちが、自分の属性を変えることなく、うまく生きていける手掛かりを掴みかけるというポジティヴな話だから、気持ちよく読めた。設定の深刻さを裏返していく、おとぎ話的なたのしさがあったと思う。
ちなみに、主人公的な3人の登場人物は、引きこもりとは言っても、極限状況まで追い詰められているわけではない。しかも、それぞれ特殊なスキルを持っていて、それを生かして活路を見出していくので、引きこもりがテーマといっても、本当に悲惨な状況を描いた小説ではない。だから、「おとぎ話」だと思うのだけれど、あくまでも娯楽小説なんだから、それで意味がなくなるわけではないと思う。

場面の切替の速さや文章のテンポも好きなタイプの小説だったが、時々、妙に古めかしい描写が混じるのが不思議だった。その辺は、読み終わって著者の略歴を見たら、ほぼ同世代だったので納得した。違和感は、題材の取り方や登場人物の年齢設定から、著者はもう少し若い人かと思っていたからだったので。もっとも、そう知ってみると、どの辺の世代がこの本の読者層なんだろう、とは思ったけれど。

まあ、それくらい、この著者のことは何も知らなかったということで。
著者の名前を何となく知っている程度だった本書を読んでみたのは、元々の版元だった幻冬舎が、著者に言いがかりを付けて、文庫化を見送った事件があったから。本書は、ハヤカワ文庫がそれを引き受けて刊行したもの。自分には、この事件は幻冬舎側が不当な言いがかりをを付けているようにしか見えなかったので、著者を応援するような気持ちで買ったのだけど、読んで良かった。こういうことでもなかったら、読まなかった小説だなと思うが、自分にとっては事件があって良かった、ということになるんだろうか?
(2019.1.5)

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感想「バッド・ボーイ」

「バッド・ボーイ」 ジム・トンプスン 文遊社
著者の少年時代から青年時代にかけてのエピソードを連ねた体裁を取った、私小説的な小説。原著は1953年に刊行されていて、彼の著作の中では比較的初期の部類。
もちろん、どこまでが事実なのかはわからないが、トンプスンのあれこれの長篇に通じるエピソードが散りばめられていて、こうした体験の上に彼の作品群があるのか?、と思わせられる。実際、体験に絡めて、自作を解題しているような部分もある。
考えてみると、トンプスンの小説の世界は、自分が経験してきた世界とはかなりかけ離れているので、リアルに感じられない部分が多いが、むしろそこに面白みを感じているのかもしれないと、今さらながら思った。自分は知らない、現実にある(あった)世界が、体験に裏打ちされて、リアルに描かれている所を、魅力として受け止めているのかも。
なお、本書は、悲惨な出来事を乾いたユーモアで描く、というのが基調になっている。面白く読める内容だったが、翻訳がコミカルさをうまく伝えきれていない気はした。笑いの要素を翻訳するのは難しいので、ユーモアが前面に出た翻訳小説にはよくあることだから、仕方ないとは思うけれど。

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感想「通り魔」

「通り魔」 結城昌治 光文社文庫
昭和ミステリールネッサンスという、昭和(というよりは、高度成長期の推理小説ブームの頃)の国産ミステリを振り返る企画の第一弾で、結城昌治の短篇集。どこまで続く企画かわからないが、とりあえず第二弾で梶山季之の短編集が出ていたし、そちらを読んでみようと思ったついでに、こっちも読んでみることにした。
結城昌治は、元々、長篇を二三読んでいるので、ある程度、作風のイメージはある。本書はそのイメージ通りの内容だったと思う。シニカルなユーモアと、ひねりの効いた結末が楽しめた。
1960年代の作品が中心で、古さはあるけれど、当時の雰囲気を感じるのも、読んでみた目的の一部だから、それは味わいのうち。とはいえ、あれ?と思ったのは、女性の登場人物が日常生活で和服を着ていることくらいで、描かれている風俗に関しては、少し前の現在と、それほど大きな違いは感じなかった。ただ、女性観や社会観などの著者の感覚は、時代相応のものかな、という気はした。
デビュー作の「寒中水泳」は、著者の経歴紹介などでタイトルに馴染みはあったが、実物を読むのは初めてだった。もっとひねった感じの小説なのかなと思っていたが、結構素直な内容だった。


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感想「献灯使」

「献灯使」 多和田葉子 講談社文庫
2011年3月11日の、福島の原発事故に触発されたと思われる作品群の短篇集。

どの作品も、あまり具体的には描写されない原発の事故をきっかけにして、ディストピア的に衰退していく日本を、暗い雰囲気のファンタジーとして描いている(最後の「動物たちのバベル」は少し傾向が違う内容だが、方向性はほぼ同じと思う)。
日本の現在の世相を映しているように取れるあたりは興味深く思えたが、ファンタジーであるにしても、あまりにも非現実的で、言葉遊びとしか感じられない部分も多く、こういう所はそれほど面白いとは思えなかった。
著者が、このテーマに対して問題意識があって書いているのであれば、こういう描き方はネガティヴに受け取られるだけで、逆効果ではないかと思う。あくまでも現実とは切り離した、ファンタジーの素材という位置付けなのなら、単に好きずきでいいとは思うが、そうだとしても、自分にはこの素材は切迫感がありすぎて、現実とかけ離れたレベルで取り扱われることに、あまり好感は持てない。

本書は国際的に高い評価を受けているそうで、著者はドイツ在住。もしかすると本書は、当事者ではない外国の人にはエキゾチシズムもあって、興味深く読まれるタイプの小説なのかもしれないと思ったし、著者自身にもいくらかそういう感覚があるのでは、という気もした。

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感想「竜のグリオールに絵を描いた男」

「竜のグリオールに絵を描いた男」 ルーシャス・シェパード 竹書房文庫
2018年に刊行された本。昨年のSFベスト本選びでは、かなり上位に来たらしい。SFとファンタジーの中間くらいの感じがする小説。

スペインあたりの架空の土地を舞台にして、大昔に封印され、生きてはいるが動けなくなった巨大な竜を題材にした中篇連作。竜の身体は半ば地形の一部のようになっているが、思念は周囲の生物に影響を与え続けていて、それによって引き起こされる様々な出来事が語られる。
つまり登場人物の行動は、本人の自発的なものなのか、竜の暗示によるものなのか、区別がつかない。こういう自由意思をテーマした小説(特にSFっぽいやつ)は、割とよくある印象だけれど、巨大な竜という独創的なアイディアがうまく噛み合っている気がする。
ただ、それをより強く感じるのは後半の2篇(「始祖の石」「嘘つきの館」)で、前半の2篇(「竜のグリオールに絵を描いた男」「鱗狩人の美しき娘」)は、どちらかというと、巨大な竜というアイディアを展開した話(身体の構造とか、体内に築かれている生態系などを細かく描いている)と思える。言い方を変えると、竜のアイディアの面白さを素直に感じられるのが前半で、後半はストーリーテリングの方に重みがある小説かな。発表順に並んでいるので、そういう風に作風が変化したということだろうし、分かりやすい変遷ではあると思う。このあと、まだ3作あって、さらに作風が変わっていっているらしいから、興味を引かれるけれど、竹書房は続きを出すのかな。

この作家は新潮文庫から「戦時生活」「ジャガー・ハンター」が刊行された時に読んで、独特な作風に結構感銘を受けた記憶があったので、読んでみる気になった。その期待に応える内容だったと思う。もっとも、当時読んだ内容は、もうほとんど覚えていない。中南米を感じさせる、鮮やかな色彩のイメージと陰鬱なストーリーという組合せは漠然と覚えていて、それは本書にも通じているかも、と思うけれど、自分の実感というより、その時に読んだ、そういう内容の評論を覚えているだけかもしれない。 

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感想「コンビニ人間」

「コンビニ人間」 村田沙耶香 文春文庫
近頃、この著者の文章や発言を見る機会が度々あって、興味を感じたので、代表作らしいのを読んでみた。

コンビニで、定型化した手順で働くことによってしか、社会への適応を実感できない女性を描いた小説。主人公は、日本の社会を構成する大多数の人間が、特に意識せずに共有している行動様式が身体に入っていないので、周囲からその様式にのっとるように求められても、戸惑いしか感じられない。だから、定められた手順に従っていれば、自分の異質性を表に出さずにすむ、コンビニ店員としての生活に、喜びを見出している。
基本的には、異質性を抱えた人間の、同調圧力を受けることによる生き辛さを描いた小説のように見える。主人公や、半ばから登場する男性キャラ(白羽)は、社会に自然に適応出来ないことを自覚して、無難に生きていく方法を模索している。ただし、あまりうまくは行っていないし、著者はそれを同情的にではなく、むしろ批評的に突き放して描くことで(特に白羽には辛辣)、事態の深刻さをはっきり感じさせる。敵は社会の構造なので、通り一遍の同情やかわしかたでどうにかなるようなもんではない、と言っているかのよう。

周囲の行動様式を理解できない(もしくは納得できない)というのは、自分にもある傾向だし、この小説に描かれている同調圧力をかわすやり方には、思い当たる節もあったりするから、面白いというより、刺さってくる小説だった。
それにしても、同調圧力を掛けてくる側の人々も、どこまで本当に行動様式に染まっているんだろうと思うことがある。無難に生きていくために、うわべを取り繕っているだけ(そして、それがうまくやれてはいる)という人たちが、ある程度は確実に存在しているのだろうけど、それはどれくらいの割合なんだろうか。そういう人たちが同調圧力から放たれたら、この社会はもうちょっとは生きやすくなるんじゃないだろうか、と思ったりする。

なお、この作品は2016年初出で、芥川賞を受賞している。

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