感想「綿畑の小屋」

「綿畑の小屋」 ジム・トンプスン 文遊社
比較的初期の作品で、原著は1952年の刊行。
オクラホラの田舎町の貧農の息子が、不条理な状況に翻弄される話。

殺人事件などは起きるけれど、ミステリ的な興味よりは、青春小説的な要素が強い。不条理さはトンプソンの小説ではお馴染みのものだけれど、主人公の青年の若々しさが、いつもとは違う雰囲気をもたらしているように思える。絶望的な暗さの向こうには、ぼんやりとした希望が見え隠れしているのかもしれない、というような。
そのあたりが、どことなく「天国の南」を思わせる所があり、あちらを読んだ時、こうした作風は晩年の例外的なものかと思ったけれど、初期にもこういう作品があるということは、これもトンプソンの一面だったということなのかな、という気がしてくる。本書には、あちらほど、不思議な清々しさみたいなものはないにしても。
このところ、文遊社から出た一連のトンプスンの翻訳を見ていると、今までのトンプスンの紹介のされ方は、かなり偏ったものだったのかもしれない、とも思えてくる。それくらい、今まで翻訳されてきた作品と、毛色が違っている。

アメリカのインディアンに関して、今まであまり接したことのない事情が色々描かれているのが興味深かった。オクラホマにはインディアンや黒人の方が多数派な地域があって、そういう所では白人よりも彼らの方が支配的だったりするとか、インディアンの中にも金持ちで地域の有力者が居たりとか。インディアンの特殊な儀式について描かれている場面もある。そういう意味では、エキゾチックな所もある小説。
「殺意」に登場した弁護士・コスメイヤーが出てくる。彼はこの他、未読の「犯罪者」にも出てくるらしい。脇役で登場する場面は少ないが、存在感が強い、ちょっと奇妙な感じのキャラクターで、著者自身の投影と言われると、確かに納得する役回りだと思う。
(2018.12.29)

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感想「砂漠の空から冷凍チキン」

「砂漠の空から冷凍チキン」 デレク・B・ミラー 集英社文庫
原著刊行2016年、訳書刊行は今年8月の小説。
ちょっとふざけた感じのタイトルと、最初の数ページをぱらぱら読んで、軽い雰囲気のサスペンスを想像して読んでみたが違った。
著者は軽妙なタッチを意識して書いてはいるけれど、背景にあるのはシリアやイラクの悲惨な状況だし、少し前の時期の話とはいっても、この状態は現在も続いている(というか、当時よりさらに酷くなっているかも)。読んでいるとしんどくなって、中断するのを繰り返していたら、読み終えるまで、えらく時間がかかってしまった。

話の骨格は、1991年のイラクで、1人の少女が目の前で殺されるのを止められなかったことをきっかけに、人生が変わった2人の男が、22年後に似たような境遇の少女を救うべく、再びイラクに赴くというもの。かなり強引な導入には思えるけれど、そこから展開される話にはリアリティが感じられる。著者はこういう方面でのキャリアもあり、充分な知識を持って描いている印象。ネットで見かける、外国のメディアで報じられる(日本のメディアではあまり報じられない)、シリアやイラクの絶望的な状況が、しっかり再現されている。
登場人物の多くが、軍事組織ではなく、難民援護団体や赤十字のスタッフなので(ただし、軍事組織から転じてきた人たちの存在は、もちろん欠かせない)、より現地の住民の目線に近い所で話が進むし、それでなおさら、やるせなさが募ってくる。
あくまでも小説なので、書くことを手控えている部分もあるだろうし、都合良く話が進みすぎる面ももちろんあるけれど、最低限、あの地域でこんなことが起きているということを伝えるには充分だろう。
ちなみにタイトルの出来事は、ふざけた感じの印象とは裏腹に、イラクで難民に降りかかった、米軍によって引き起こされた悲惨な事件なんだけど、これは実際に起きたことだと言うから、なんとも…。

とはいえ、筆致はあくまでもやさしいし、サブプロットである、主人公の片割れ、初老のイギリス人ジャーナリストのイギリスでの暮らしに関わる話が所々に挟み込まれ、そこが息抜きになっている面もあるので、決して読みにくくはなかった。こちらも決して気楽な話ではないが、混乱した戦地よりははるかにマシなので。
読んでいて、度々中断はしても、先へ進む気は失せなかったし、ストーリー自体は楽しめたから、最後まで読んで良かったと思う。

主人公の片割れがジャーナリストということで、安田純平さんがクローズアップされた時期に、これを読んでいたのはタイムリーだったと思う。全く偶然だったけど。戦場にジャーナリストが行くことには意味がある、ということがよくわかる。
読み終わった後で、読む前にはほとんど見ていなかった帯や紹介文を改めて見ると、内容の雰囲気とはかなりかけ離れていた。そういう話じゃないだろ、という違和感は感じたのだけど、内容がそのまま表に出ていたら、多分自分自身も手に取らなかったかもしれないと思うと、これはこれでいいのかも、と思い直した。とにかく手に取ってもらわなければ、始まらないんだから。
とっかかりはどうであれ、これを読んで、こういう現実があると知る人がいればいいと思う。
(2018.11.18)

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感想「泥棒はスプーンを集める」

「泥棒はスプーンを集める」 ローレンス・ブロック 集英社文庫
10年ぶりのバーニイ・ロウデンバーものの翻訳で、これが最終作なんだとか。原著は2013年刊行で、こちらの刊行自体が、前作から10年近い間隔が空いていた。

久しぶりの作品だけれど、ブランクを感じさせない、以前のままのたのしさ。もちろん、こっちも久々に読んだから、以前とは細かい所が変わっていても気付かなのいかもしれないけれど、たのしめているんだから、別に問題はない。
中心になる事件のネタは、ある程度勘のいい人なら結構気付きそうに思えるが、雑談の山に埋もれているので、自分のようにボーッと読んでると読み流してしまう。でも、このシリーズの面白さは、事件の謎解きそのものよりも、それをきっかけにした雑談の方だと思うので、それでいいかと。
87分署やネロ・ウルフへの言及がたのしい。古書店を営むバーニイが、紙の書籍への愛着を語る部分も含め、この本が、そういう感情を共有出来る特定のクラスタに向けて書かれていることがはっきり分かる。彼自身がそういうクラスタ内の人間なのかどうかは分からないが、ミステリのオールドファンのことをよくわかっていて、そうした読者層を想定した小説を意識的に書ける作家なのは確かで、今では貴重な存在じゃないのかな。そういう面ばかりが目立つようだと、それはそれでいやらしいのだけど、さすがにブロックは、娯楽小説としてきっちり仕上げていて、そんなヘマはしていない。昔馴染み、という気安さもあるし。

攻めた所がほとんどない、手慣れた感じの小説とはいえ、これだけ面白いものが書けるのは、彼の作家としての技量がまだ落ちてないということなんだろうな。
(2018.10.18)

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感想「犯罪コーポレーションの冒険」

「犯罪コーポレーションの冒険」 エラリー・クイーン 論創社
エラリー・クイーンのラジオドラマ集。論創社から出るのは3冊目。ただし今回は、アメリカで刊行されたラジオドラマ集の翻訳だった過去2冊と異なり、日本でオリジナル編集されたもの。
収録作の大半は、過去になんらかの形で読んだことのあるものだったが、ラジオドラマとしては、いつも以上に楽しめた気がする。編者が、出来の良い作品を選んだ、と言っているだけのことはあるかもしれない。あとは、一度読んでいるので、こちらも変に構えず、気楽に読んだ影響もあったかも。
収録作で一番面白かったのは「放火魔の冒険」かな。プロットが手が込んでいるし、明らかなプロットの流用と分かる小説作品もないので、オリジナルな作品として楽しめたと思う。
それに対して、「奇妙な泥棒」や「見えない手がかり」あたりは、作品そのものとしてはいまひとつと思うものの、他の作品との関係というところも込みで考えると、興味深いものがあった。まあ、その辺は、編者の解説の力もあるのだけれど、とりあえず、どの作品も面白く読めた、とは言っていいと思った。
(2018.9.11)

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感想「ボートの三人男 もちろん犬も」

「ボートの三人男 もちろん犬も」 ジェローム・K・ジェローム 光文社古典新訳文庫
丸谷才一による定評のある翻訳がある、イギリスのユーモア小説の新訳。今年の4月に出たもの。

丸谷訳を中公文庫で読んで大好きになった小説なので、ただの新訳なら、特に読もうとは思わなかったが、サブタイトルが丸谷訳の「犬は勘定に入れません」から、一見、正反対とも思える言い回しに変わっていることに興味に感じて、訳者の解説を読んでみて、まるまる読み直してみる気になった。
訳者によると、サブタイトルの丸谷訳は意識的な誤訳じゃないか、ということ。確かにちょっとひねくれていて、引きが強い言い回しだし、それが自分が丸谷訳を手に取るきっかけの一部だった気もする。

小説の本文に関しては、そこまで内容を細かく覚えているわけもなく、訳の違いみたいなことは気にせず読んでいた。特に違和感はなかったが、本国で出されている詳細な注釈本を翻訳に当たって参照しているようで、そこからの情報がそこここに挿入されているし、現在の最新情報も補われているので、テムズ川流域観光案内的な雰囲気が、丸谷訳よりも強まっていたように思う。元々、著者の意図には、それが結構あったようでもあるし、これはこれであるべき姿かもしれない。

さすがに、もう何度も読んでいる小説なので(2004年に読んだ時の感想)、最初に読んでバカ笑いした時のような衝撃はなかったけれど、それでも十分に笑えたし、楽しめた。
(2018.6.30)

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感想「ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所」

「ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所」 ダグラス・アダムズ 河出文庫
この作家には、ずいぶん前から関心を持ってたが、手を出す機会がなかった。ようやく読んだ。
タイトルから、ミステリぽい小説かと思ったし、それが今回読むことにした、直接のきっかけでもあったのだけど、これは自分の感覚からしたら、まるっきりSFだな。殺人事件が起きて、探偵がその真相を追及するという要素はあるが、それはこの小説のほんの一部。もっとも、だからつまらなかった、というようなことは全くなかったから、特に問題はない。
いろんなSF的なアイディアをひねくり回す、ドタバタでナンセンスなイギリス流コメディだけれど、きっちり伏線が埋め込まれているので、軽く読み流していると、あれれ?と慌てて前に引き返すことになる。楽しく読めるだけでなく、しっかりプロットが構成されていた。
コールリッジの「老水夫行」が重要なモチーフになっているという訳者前書きがあり、どういうことかなと思ったが、最後まで読んで納得。気の利いた前書きだった。こういう古典文学作品をネタにしていること自体、イギリス流かな、とも思った。
(2018.7.18)

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ボワロー=ナルスジャックによるアルセーヌ・ルパン・シリーズ

ボワロー=ナルスジャックによって書かれたアルセーヌ・ルパンものの贋作を、4作目まで邦訳を読み終ったのでリスト化してみた。もっとも、このシリーズはモーリス・ルブランの遺族公認と聞いているから、贋作というより、続編というべきなのかもしれない。

「ウネルヴィル城館の秘密」 Le Secret d'Eunerville (1973) 新潮文庫 (ポプラ社版邦題「悪魔のダイヤ」)
「バルカンの火薬庫」 La Poudrière (1974) 新潮文庫 (ポプラ社版邦題「ルパンと時限爆弾」)
「アルセーヌ・ルパンの第二の顔」 Le Second Visage d'Arsène Lupin (1975) 新潮文庫 (ポプラ社版邦題「ルパン二つの顔」)
「ルパン、100億フランの炎」 La Justice d'Arsène Lupin (1977) サンリオ (ポプラ社版邦題「ルパンと殺人魔」)
Le Serment d'Arsène Lupin (1979)  (ポプラ社版邦題「ルパン危機一髪」)

ポプラ社版の邦訳は子供向けにリライトされたもの。内容にも改変があるらしいが、現物を読んでいないので、詳細は知らない。ポプラ社版しかない5作目も、読んでみたい気はする。

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「ルパン、100億フランの炎」

「ルパン、100億フランの炎」 ボワロー、ナルスジャック サンリオ
ボワロー、ナルスジャックによる贋作ルパン4作目。なお、このシリーズは全部で5作あるが、5作目の邦訳はポプラ社から出た少年もの(南洋一郎訳)しかないそうで。

第一次世界大戦から復員したルパンが、昔の稼業を再開しようと侵入した屋敷で遭遇した出来事をきっかけに、謎めいた連続殺人事件を追いかけ始める話。
本書のルパンは、やることが空回りしっ放しで、正直、あまり格好よくはない。戦争によるブランクの影響、というニュアンスも込めているのかな。もっとも、シリーズものだと、主人公が失敗する内容の作品が番外篇的に挿入されるのはよくあるから。こういうタイプの作品は、原典のルパン物にもあるんだろうか。
第一次世界大戦やタイタニック号の事件を全面的に背景に置いて、時代色を出している。ルパンはそういう時代の人物なんだよな、と改めて思う。
ルパンはいまいち格好よくないけれど、展開の速いストーリーそのものは面白いし、プロットもよく考えられていて、結末に意外性がある。まあ、勘のいい読者なら、解決の前半部分については、バレバレかもしれないが。

もしかして、一部、「カリオストロの城」のヒントになってる?、という気がした。本書の刊行が1979年4月で、「カリオストロの城」の製作は1979年5月に始まったということなので、ありえないことではないかも。
(2018.6.15)

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感想「殺意」

「殺意」 ジム・トンプスン 文遊社
先日邦訳された、原著刊行1957年の本。
ここまで文遊社から出た2冊のトンプスンの小説と異なり、従来のトンプスンのイメージに近いサスペンス小説。衰退した地方のリゾート地を舞台に、絡み合った人間関係を描いていく。ただし、語りのスタイルがかなり凝っていて、一人称小説だが、一章毎に話し手が変わる。その効果で、人間関係のもつれが多面的に浮かび上がってくる。見えてくるのは、登場人物の誰も彼もが絶望を抱えていること。そんな状況の中でいくつかの殺意が醸成されていき、誰が誰を殺すことになるのかもわからない。
主人公ひとりがどんどん追い詰められていく、今まで紹介されていた作品群に比べれば、緊迫感は緩いものの、いかにもトンプスンらしい地獄めいた話ではある。しかし、ここまで絡み合った状況であれば、そこでミステリ的に仕掛けることはいくらでも出来そうに思えるけれど、それはしない。事件が起きた後は、割と簡単に犯人を明らかにした上で、この人物の絶望に満ちた内面を描いていく。それこそがトンプスンの書きたいことなんだろう。一応、最後に軽くひねってくるけれど、付け足し以上のものには思えないし。

解説を読むと、キリスト教的な原罪の意識が根底にあるというようなことが書かれていて、なるほどと思うし、確かにそうなんだろうな、とも思うのだけど、そういうレベルの話はちょっと自分の手には負えない。
なので、単純にサスペンス小説として、という観点で読んでいるが、トンプスンが捨てている部分こそが、サスペンスとしては売りになる部分だなと思うし、視点を次々に変えていくテクニカルな所に面白味はあるにしても、やや物足りなさが残った、という感じ。
トンプスンの他の作品も、多かれ少なかれ、ミステリ的な売りをあまり気にしてない気配があるけれど、主人公がどんどん追い込まれていく構成そのものに、強いサスペンス性があったから、引きは強かった。本書は、そうした作品とは構成が違っているから、物足りなさがあるのは仕方ないかな。本書が、ここまで紹介が遅れたのは、出版社側で、その辺の判断があったからかな、と思った。
(2018.5.27)

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感想「ピラミッド」

「ピラミッド」 ヘニング・マンケル 創元推理文庫
クルト・ヴァランダーものの短篇集で、長篇第1作「殺人者の顔」よりも前の時代を描いた中短篇5作を収録。ただし、書き始められた時期は、長篇第5作「目くらましの道」の後だったらしい。原著が出版されたのは1999年で、長篇第8作「ファイアーウォール」の後。本当は、これでシリーズが終了する予定だったとのことだが、実際はその後も続刊が刊行された。
なお、本書収録作品中で一番長い「ピラミッド」などは、短めの長篇と言っていいくらいの分量がある。

書かれた時期を考えれば当たり前だけれど、初期作よりも後期の作品に雰囲気が似ている。初期作のヴァランダーは、もうちょっとマヌケでずっこけたキャラで、そこに面白味を感じて読み始めたんだが、本書ではそれ以前の時期が描かれているのに、後期作のように、色々欠点はあるけれど、職務に関しては有能で真面目な(もしくはそういう風になろうとしている)警官に見える。

背景になっている時代が古いからなのか、スウェーデン社会そのものの病理は、後期の長篇ほど、深刻には描かれていない感じがする。予兆は見え隠れしているけれど。
内容も、事件の背景よりも、事件そのものを描くことに力点があるものが多いように感じたが、この点についても、それほどひねったプロットがあるわけではなく、捜査手順をこなしていくうちに自然と真相が見えてくる、という感じ。
おそらく、本書収録作で著者が一番力を入れて描いているのは、ヴァランダーの人生のうつりかわりなので、事件や社会情勢は、それを描くための重要な要素ではあるものの、あくまでも背景なんだろうと思う。その分だけ、読みやすくなっているようには思えるが、純粋なミステリとしての面白さは今一つかもしれない。
それでもシリーズの読者にとっては、欠かせない本だと思う。ヴァランダーだけでなく、レギュラー的なその他の登場人物も軒並み登場してくるし、彼らの昔の姿は、シリーズの愛好者には興味深いはず。なかなかピンと来にくい、ヴァランダーと父親や元妻とのややこしい関係も、本書を読むと、分かりやすくなってくるような気がする。
(2018.4.28)

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