感想「イマベルへの愛」

「イマベルへの愛」 チェスター・ハイムズ ハヤカワポケミス
墓掘りジョーンズと棺桶エドのシリーズ1作目。1957年の刊行。「ロールスロイスに銀の銃」に続いて、多分30年くらい前に読んで以来のシリーズ再読。
詐欺師の一味に騙されて窮地に陥った間抜けな男が、活路を求めて悪戦苦闘する話。
荒廃して殺伐としているニューヨークのハーレムを舞台にした、テンポの速い犯罪小説。登場人物たちの個性的なキャラクターと、基調にずっと感じられる(主にブラックだが)ユーモアに、独特な味わいがある。
また、主人公の男・ジャクソンは、絶体絶命の状況にありながら、傍目からは明らかに詐欺師の仲間に思える、自分の妻を信じ続ける。だからこれは、純愛小説でもあるかもしれない。暴力とブラックユーモアだらけではあるけれど(誇張はあるにしても、それが当時のハーレムの黒人の、苛酷でリアルな日常風景だったのかもしれないが)、そうしたちょっとした優しさみたいなものも描かれていて、陰鬱さ一辺倒でない所も、本書を面白く読める理由の一部だと思う。この辺は、「ロールスロイスに銀の銃」で屑屋の爺さんに対する目線に、一種の優しさが感じられるのと同質のものなのかな。
もっとも、そもそもこんなタイトルの小説が、純愛ものでなくて何だよ、とも考えられるかなとは思う。原題もFor Love of Imabelleで、邦題は忠実な翻訳。案外、著者の意図も、やはりそっちにあったのかもしれない。
墓掘りと棺桶の描き方は、シリーズ第一作らしく、かなりどぎつい感じがする。また本書は、あくまでもジャクソンの方が主人公で、二人の刑事は脇役的な立ち位置ではある。
久々の再読だったが、以前読んだ時に比べたら、ハーレムとかアメリカの黒人についての自分の知識はだいぶ増えているので、今回は以前よりもずっと理解して読めたと思う。
(2022.4.20)

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感想「世界推理短編傑作集6」

「世界推理短編傑作集6」 戸川安宣・編 創元推理文庫
創元推理文庫から出ている「世界推理短編傑作集」の第6巻。1950年代までの外国の短篇ミステリの傑作集。
本書のタイトルには、少しややこしい経緯があって、元々全5巻の「傑作集」が江戸川乱歩編で1960年から刊行されていて、自分が持っている(読んでいる)のはそれ(もうひとつ前史があるのだけど、とりあえずそれは置いておく)。それが2018年に戸川安宣の編集で改訂され、新版になった。これは旧版に対して、多少の収録作品の異動があるが、基本的に旧版に沿って編集されている。そして本書は、5巻までには入っていない、旧版で漏れていた作品を集めた巻ということになる。自分は新版は読んでいないのだけど、こういう経緯なので、本書は旧版の補遺と考えることも出来る構成になっており、そういう意味合いで読んでみた。

傑作短篇の集成だから、当然、別の場所で今までに読んだことのある作品も多く収録されていて、全13編のうち、確実に既読なのが5編。他にも読んだことがある気がするものや、読んでいないとおかしいように思えるものも含まれている。一方で、あくまでも1950年代までの傑作選なので、収録作品は読んでいなくても、その作家の他の作品は読んでいたりするから、目新しさみたいなものはほぼなくて、基本的には安定感を楽しむ作品群という感じだった。

そういう中で(多分)初読で、思っていたよりも面白かったのが、ガボリオの「バティニョールの老人」、ニコラス・カーター「ディキンスン夫人の謎」。19世紀末の小説なのに、構成的にそれほど古びて見えなくて、よく出来ていると思えた。イーヴリン・ウォー「戦術の演習」も複雑な心理の動きが描かれていて、良かったと思うのだけれど、これはどうも、過去に読んだことがある気がする。
明らかに読んだことがあって、やっぱり好きだなと思ったのは、シムノンの「メグレのパイプ」。これはメグレものらしい楽しい作品。
逆に、読んだことがあって、やはりいまいちと思ったのが、チャンドラーの「雨の殺人者」。読んだ可能性はあるけれど、覚えていなくて、それほど感心しなかったのはシール「エドマンズベリー僧院の宝石」。この辺は好みの問題。
ロバート・アーサー「五十一番目の密室 またはMWAの殺人」は、未読だったと思うが、こうした短篇集に、こういう楽屋落ち要素の強い作品を入れるのが妥当なのかな、と思った。作品そのものの出来は、決して悪くはないのだけど。

とはいえ、総じて楽しんで読めた。海外ミステリをあれこれ読み漁り始めた頃を思い出した。
(2022.4.5)

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感想「殺人は自策で」

「殺人は自策で」 レックス・スタウト 論創社
ネロ・ウルフもの。初訳だが、ペーパーバックでは読んでいて(「Plot It Yourself」)、悪くない印象は持っていた。ただ、だいぶ前のことなので、正直、細かい内容は忘れていたけれど、当時の感想を読み返してみると、今回の印象
とほとんど変わらなかった。
キャラクター小説としては、本当に面白いし、ネロ・ウルフものはそれで充分だとも思う。このシリーズは、推理や謎じゃなくて、登場人物を楽しむ小説だと思ってる。
ただ、それだけだとあえて感想として書くことがないし、後で読んだ時にどういう内容だったか分からなくなってしまうので、上記の感想でも、単純に楽しいということは特に書かずに、プロットの問題などに触れているわけだけど。
ちなみに本作は1959年の刊行だが、おおざっぱに言って、1950年代以降の作品で、キャラクター小説としての面白さが完成したというイメージがある。ただ、最終作になった1975年の「ネロ・ウルフ最後の事件」に近付くにつれて、憂鬱な雰囲気が忍び込んでくる気配があり、一番楽しいのは、この作品を含めた1960年前後の作品かな、と思っている。
ただし、内容的に傑作かどうかということになると、1930年代の初期作の方が上だろうと考えているが、それはまた別の話。

なお、本書については、相変わらず、訳者の翻訳にやや疑念があるけれど(正直、この邦題のセンスもどうかなあ、という感じではある)、個人的には、日本語で読める便利さ、有り難さの方が上回ると思う。
(2022.3.20)

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感想「ロールスロイスに銀の銃」

「ロールスロイスに銀の銃」 チェスター・ハイムズ 角川文庫
1965年の小説で、角川文庫での邦訳刊行は1971年。古書店で買って読んだのは、多分、1990年頃じゃないかと思う。それ以来の再読。
ニューヨークのハーレムが舞台の、「墓掘り」ジョーンズと「棺桶」エドという黒人刑事2人組を主人公にしたシリーズの一作。このシリーズは、邦訳をぽつぽつ買い集めて、その都度読んでいたのだけど、全体を通して読んだことがなかったので、一度通しで再読してみたいという気持ちを、以前から持っていた。
2019年の4月に洋画専門チャンネルのザ・シネマで、本書が映画化されたものが放送されるのを見つけて観て、そこで改めて再読する気になったが、なんとなく手が付かないうちにだいぶ日が経ってしまっていた。ようやく読んだ。

ハーレムで「アフリカに帰ろう」というキャンペーンをしている(偽)牧師の集会で、集まった8万ドルの募金が強奪される話。墓掘りと棺桶が事件の調査に当たる一方で、消えた金の争奪戦が繰り広げられる。

映画の感想は、これに続いて、(見た当時、書いていなかったので)別途書いておくことにするが、小説は映画に比べると重い感じがする。コメディ的な面もあるのだけど、そういう部分も、黒人が置かれている現実を踏まえた上で描かれていることで、ブラックユーモア的な雰囲気が付きまとっている。描かれる事件そのものも、かなり暴力的で血なまぐさい。そういうふうに、どぎつい場面やディテールが描き込まれることで、他のミステリで描かれるニューヨークとは異質な空気感が感じられるようになっている。それが、この小説(シリーズ)の最大の特徴だと思う。
ただ、黒人差別の問題や、そのことに対する怒りなどは、小説の中のあちこちに表れてくるし、重要なテーマではあるのだろうけれど、それらは、こういう舞台でこういう小説を書けば、自然に浮かび上がる要素なのではないかという気がする(それくらい本質的な要素だとは、言えるかもしれないが)。基本的にはこの小説は 、社会派小説というよりは娯楽小説だろうと思う。だから、日本で翻訳でこの小説を読む分には、他の小説と違う独特な雰囲気の中で描かれる、派手なアクションシーンや、コミカルなやりとりを、素直に面白がって読んでいればいいんじゃないか、とも思う。背景に黒人問題が背景にあることを忘れさえしなければ。忘れられないだろうとは思うけれど。

なお、ひとつうっかりしていたことがあった。本書は、この邦訳が刊行された時点でのシリーズの最新作だが(映画公開に合わせたものと思う)、なんとなく、シリーズ第1作と勘違いしていて、そういう意識で読んでいた。その影響で、内容の受け取り方に、多少の誤解があったかもしれない。まあ、この先、シリーズの他の作品も再読していくつもりなので、その辺は追々ということで。

[追記(3/27)] 本書がシリーズの「最新作」というのは、ハヤカワポケミスの「狂った殺し」の巻末にある、小鷹信光による詳細なシリーズ解説がを見ると、少し違うらしい。フランス版とアメリカ版があり、その間で異同があったりするので、ちょっとややこしい。ただ、いずれにしても第1作ではないので、自分の受け取り方にとっては、それほど大きな違いではなさそう。

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R・A・ラファティ

既読のR・A・ラファティの本のリスト。リンクが張ってあるものは、このブログに感想がある。自分でも把握できなくなっていたので、まとめてみた。邦訳本は全部読んでるつもりだけど、改めて調べてみて、こんなに読んでたんだ、という感じ。
なお、「地球礁」の巻末にある著作リストと、ネット上で見つけたリストを参照しました。

短篇集
「九百人のお祖母さん」 Nine Hundred Grandmothers (1970) ハヤカワ文庫
「つぎの岩に続く」 Strange Doings (1972) ハヤカワ文庫
「子供たちの午後」 (1982) 青心社 (日本での編集)
「どろぼう熊の惑星」 (1993) ハヤカワ文庫 (日本での編集)
「翼の贈りもの」 (2011) 青心社 (日本での編集)
「昔には帰れない」 (2012) ハヤカワ文庫 (日本での編集)

「町かどの穴」 (2021) ハヤカワ文庫 (日本での編集)
「ファニーフィンガーズ」 (2021) ハヤカワ文庫 (日本での編集)
「とうもろこし倉の幽霊」 (2022) ハヤカワSFシリーズ (日本での編集)

長篇
「トマスモアの大冒険」 Past Master (1968) 青心社文庫
「地球礁」 The Reefs of Earth (1968) 河出書房新社
「宇宙舟歌」 Space Chanty (1968) 国書刊行会
「第四の館」 Fourth Mansions (1969) 国書刊行会
「悪魔は死んだ」 The Devil Is Dead (1971) サンリオSF文庫
「イースターワインに到着」 Arrive at Easterwine:The Autobiography of a Ktistec Machine (1971) サンリオSF文庫 
「蛇の卵」 Serpent's Egg (1987) 青心社

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感想「とうもろこし倉の幽霊」

「とうもろこし倉の幽霊」 R・A・ラファティ ハヤカワSFシリーズ
井上央編・訳のラファティの初訳作品を集めた短篇集。
ハヤカワ文庫の方で出たラファティの短篇集2冊(「町かどの穴」「ファニーフィンガーズ」 ) と時期が重なったのは、偶然なのか、そういう戦略だったのか。今、アメリカの方でラファティのブームが来てるそうだから、それが背景にあるのかもしれない。

この編訳者はラファティの短篇集を過去に2冊出していて、どちらも読んでいるけれど、この人の作品のセレクトは、ハヤカワ文庫などの他での紹介とは微妙に傾向が異なると思っている。本書にも同様な印象を受けた(本書は早川刊だが)。かなりおおざっぱな言い方をすると、他で紹介された時のラファティは、突拍子のないほら話的なコメディという要素が前面に出ているが、井上訳では、異質な作家の独特な精神性みたいな所を重視しているという感じ。単純に言ってしまうと、自分にとって、他で翻訳されたラファティの短篇は笑えて楽しい変な話だけれど、井上訳はよくわからない変な話、ということになる。もちろん、そんなにきれいに分かれているわけではなく、双方混在はしているし、ごくごく単純化した印象だから、すべてに当てはまるわけでもない。自分の思い込みで曲解してる部分もあるとは思う。
ただまあ、こういう書き方をした時点でバレているけれど、自分が個人的に好きなのは井上訳ではない方の作品群。そちらを先に読んで、ラファティはこういう作風で好きだな、というイメージが既に出来ていた状態で、井上訳の短篇集を読んで、自分が愛好しているラファティとどこか違う、という気持ちになった。それについては、こういう系統の作品もあるんだろうな、くらいの気持ちでいた。そして、今回の短篇集も、結局、そんな風な印象になったのだけれど、作家の全体像を意識して編んだという著者のコメントや、発表年代順に並べられた作品を読んでいくうちに、もしかしたら、井上訳の方が、よりラファティの本質を伝えているのかも、と思い始めた。ラファティは自分の世界観を小説の形で語っているだけで、コメディ的な部分は、本人の個性から染み出してきている要素に過ぎないのかもしれない。そして、井上訳以外でのラファティの紹介の方が、コメディ的な要素の方を強調し過ぎた、むしろ偏ったものになっているんじゃないんだろうか、という疑念が兆してきた。それは、井上訳以外の短篇を読んで、ラファティを好きな作家だと思っていた自分にとっては、少し厄介な気分。
まあ、仮にそうだとしても、小説をどう読むかなんてのは、読者の好き好きだし、好きなように読めばいいだけとは思うのだけど、先日のハヤカワ文庫の2冊の短篇集での、編者のけっこうはしゃいだ解説に対して、もしかしてこれって、ちょっと違うのでは?、ということは考えないわけにはいかなくなる。(もっとも、そちらの解説も、改めて読み直すと、井上央の本書の解説と、それほどかけ離れたことが書かれているわけではなかった。ただ、やはり強調されている部分が違うな、という印象は否めなかった)

そんなわけで本書は、ハヤカワ文庫の2冊ほどには、すなおに楽しめなかったけれど、「とうもろこし倉の幽霊」のややこしい言い回しの面白さや、ストーリーのイメージがつかみやすい「チョスキー・ボトム騒動」あたりは、かなり面白く読めた感じだった。
(2022.2.19)

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感想「ユーモア・スケッチ傑作展1」

「ユーモア・スケッチ傑作展1」 浅倉久志編・訳 国書刊行会
昨年末に出た本。1970年代から1990年代の初めまで、浅倉久志が「ハヤカワミステリマガジン」に連載して、単行本化もされたものの復活。今回は、以前の単行本化から漏れた作品も加えた増補版で、全4巻刊行予定とのこと。主にアメリカの、ユーモラスな短篇小説・エッセイ的なものを、「ユーモア・スケッチ」と総称して集めたアンソロジー。
単行本を買って読んではいないけれど、「ミステリマガジン」の連載は愛読していた。その影響で、ジェイムズ・サーバーとか、ロバート・ベンチリーとか、H・アレン・スミスとか、いろいろ探して読んだし、この連載を読んでいなかったら、アメリカのユーモア小説をここまで好きにはならなかたと思う。
今回、久々に読み返して、楽しかった。さすがに古いか、と感じるものも、ある程度あったけれど、「ミステリマガジン」の連載自体が、既に30年以上前だと思えば、仕方ない。作品そのものは、古いものだと、書かれて100年以上経っていることになるわけだし。ただ、古いとは思っても、懐かしさはあるし、浅倉久志の翻訳は名人芸の域だし、読んでいて楽しい。
それに、純粋に面白い作品もたくさんある。本書にも登場しているジェローム・K・ジェロームが書いた、「ボートの三人男」は19世紀のユーモア小説だけれど、読んで爆笑出来たりするから、それくらいの年月では廃れない、普遍性の高いユーモアというのもあるんだよなと思う。古典落語なんかもそうだな。
本書に選ばれている作家の中では、スティーヴン・リーコックが、ユーモア作家として、ちょっと別格じゃないかという気がしている。これは昔からそう思っていた。ナンセンスの感覚が、その他の作家に比べても、飛びぬけている気がする。

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感想「ファニーフィンガーズ」

「ファニーフィンガーズ」 R・A・ラファティ ハヤカワ文庫
「町かどの穴」に続く、ラファティ傑作集の2冊目。
だいたいの感想は、「町かどの穴」と同じなのだけど、あちらよりもこちらの方に、より好みの作品が集まっているように思った。編者によると、「町かどの穴」は「アヤシイ」作品、本書は「カワイイ」作品を集めるというコンセプトだそうなので、自分は「カワイイ」作品の方が好き、ということか。
この他に、解説にも書かれているけれど、青心社から出た2冊の短篇集があって、そちらに収録されている作品群は、今回の2冊の短篇集とは、また少し方向性が違っていた印象がある。今回の傑作集の作品群の方が、好みに近かった記憶はあるけれど、青心社版を編纂した訳者(井上央)による、未訳作品を収録した短篇集が、年明けに早川書房から出るそうなので、これも読んでみようと思ってる。
それはそれとして、本書の中で好きな短篇を選ぶとすると、「町かどの穴」の時以上に難しいのだけど(ちなみに、ラファティのベストを選ぶのは難しい、という話が解説に書いてあって、まさにその通りと思った)、「七日間の恐怖」かな。最後のオチがとても好きなので。
それから、「田園の女王」は、昔読んでいて、すごく好きというのとは少し違うのだけど、とても印象に残っている短篇だった。ラファティの作品だということも、これが収録されていたという「世界カーSF傑作選」を読んだことも忘れていた。今回巡り合って、久々に昔馴染みに出会ったような気分になった。
(2021.12.28)

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感想「手/ヴァランダーの世界」

「手/ヴァランダーの世界」 ヘニング・マンケル 創元推理文庫
クルト・ヴァランダーものの最終巻。中篇「手」と、著者自身の手になるシリーズ全作品の登場人物や地名などをリストアップした索引「ヴァランダーの世界」から成る。

「手」は、シリーズ最終作の「苦悩する男」よりも前に書かれたものとのことで、内容も時系列的に、その辺の時期になっている。田舎に家を買いたいと思っているヴァランダーが、中古の家を見に行って、庭から人の手が出ているのに気付く。そこから50年以上前の殺人事件の追求が始まるという話。
趣向としては面白いけれど、作品中でも言われる通り、確実に時効にかかっていると思われる事件に、警察がここまで注力することがありえるのか、という違和感がけっこう大きかった。このシリーズは結構そういうところがある。警察が多忙を極めていると書かれていても、ヴァランダーにしても、他の警官にしても、ずいぶんのんきな捜査をしているように見えることが多い。著者が捜査活動の描写にリアリズムを重視していないのか、日本(だけではなくて、英米などのミステリでも、もっとシビアだと思うが)とスウェーデンの文化の差なのか。古い所でマルティン・ベックとか、北欧のミステリを読んで、似たような違和感を感じたことは割とあるので、後者の方が正解に近いのかも、とは思ってはいる。
それから、テーマとして、移民の問題なども含んでいる気配があるのだけど、尺が短いこともあってか、あまり掘り下げられていないし、事件そのものは、テーマ性とは直接あまり関係なさそうな形で決着してしまう。まあ、ブックフェア向けに書かれたものということなので、そこまで腰を据えた作品ではなかったのかもしれない。

「ヴァランダーの世界」は、基本的にはリストなので、シリーズの熱心なファンが読めば(使えば?)いい、という感じ。ただ、著者がこのシリーズや各作品を構想した背景などが書かれている部分があるので、作品を理解する上では参考になる。スウェーデンや世界全体の社会的な問題を論じるのがこのシリーズの特徴だけれど、著者の意図としても、ミステリを書くというよりは、そうした小説を書くことの方に力点があったことがよくわかる。

ちなみに訳者あとがきが、「ヴァランダーの世界」でレイシズムについて述べられているのに引きずられてか、「手」の解説に絡めて、スウェーデンの移民の問題について詳細に論じているのだけれど、「手」にはそこまでのことが書かれているようには思えなかったので、少し違和感があった。訳者の問題意識は十分理解できるのだけど。

最後に、シリーズ完結ということなので、全体を簡単に振りかえっておこうと思う。なお、現時点での印象なので、読んだ直後の感想とは、ずれているかもしれない。

最初の頃の印象は、ずっこけ警部物という感じ。ヴァランダーは何かとポカをする、抜けたところのあるキャラで、話のシリアスさにそぐわないようにも思えたけれど、ある意味、そこでバランスが取れていた気もする。社会問題に絡んだ深刻な事件の内容を、ヴァランダーの抜けたキャラで中和している分、とっつきやすくなっていた気がする。すごく気に入ったというわけでもなかったけれど、読み続ける気になったのは、多分、その辺の効果があった。また、「ヴァランダーの世界」を読むと、最初の2冊くらいは、著者としても、シリーズとして長く続けていくという考えが固まっていなかったようなので、その辺の緩さもあったのかもしれない。
著者が本腰を入れて書き始めたからか、その後は深刻な内容に見合って、小説の重厚さが増していったように思える。それとともにヴァランダーも間抜け感が薄れて、有能さが表に出て来るようになった感じ。スウェーデンのローカルな警察の話にしては、やたらと世界規模の事件に発展しがちな所に違和感はあったけれど、この時期は秀作と感じる作品が続いていた。テーマの重さにも、かなり感銘を受けながら読んでいた。
終盤に近付いてくると、ミステリとテーマ性が分離し始めた印象。著者が書きたいテーマと、事件の解決が必ずしもリンクせず、解決によって小説のテーマ性がより浮き上がってくるというような、効果的な構成ではなくなっていたように感じる。「手」もそんな印象。世界が進んでいる方向について、おそらく強い問題意識を持っていた著者が、テーマを描くことにより注力した結果、ミステリの部分が浮いてしまったのではないかと思っている。また、ヴァランダーが歳を取ったこともあって、不安定さが増してきて、めんどくさいオヤジにしか見えなくなってきたこともあり、終盤の作品は、いまひとつ物足りなさがあった。

そういう意味ではシリーズの終了は頃合いだったと思えるし、著者もそれを認識しながら、ヴァランダーに歳を取らせて、書いてきたようにも思える。こういう風に律儀に登場人物が歳を取って、引退していくという人気シリーズは、あまり思い当たらないが、マルティン・ベックもそうだったことを考えると、この辺も北欧流儀ということなのかな。サンプル数が少なすぎる推測だけれど。

「北欧」という点については、北欧のミステリの独自性というのを考えながら読んできた部分もある。事件がやたらと猟奇的だったり、警察が妙にのんびりしていたりというのを、シリーズの特徴と感じていたが、このシリーズが始まったあたりから、北欧ミステリが流行ってきて、この作家以外でもいくつか読んで、やはり似たような印象を受けた。北欧のミステリというのは、こういうものなのかなと、今では思っている。ただ、これもそれほどサンプル数は多くないので、誤解かも知れない。

近年、刊行時にリアルタイムで追いかけてきたシリーズ作品というのが、ほとんどなくなってきているので、このシリーズは個人的に、そういう意味で貴重でもあった。長い間、楽しませてもらった、とは思っている。

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感想「町かどの穴」

「町かどの穴」 R・A・ラファティ ハヤカワ文庫
多分、かなり久々に刊行されたラファティの新刊。ただし日本で編纂された短篇傑作選で、全篇既訳らしい。2冊組の1巻目で、2巻目「ファニーフィンガーズ」も、もう出ている。
久々にラファティを読んだ感じで、読んだ覚えのある短篇も多いけれど、どれも楽しんで読めた。この人ならではの、アイディアの突飛さ・濃さと、ひねった言い回しだらけのコミカルな語り口は、何度読んでも面白い。まあ、結構刺激は強いので、あまり立て続けに読むと、食傷気味にはなるが…。
収録作中で、どの辺が好きか考えてみたが、大量にある短篇から選ばれた傑作選だけあって、レベルが揃っていて、かなり難しい。迷った結果として、「クロコダイルとアリゲーターよ、クレム」「いなかった男」「その町の名は?」あたりかなという結論。あまりSF的な要素が濃くない方が、自分の好みかもしれない。
(2012.12.12)

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