感想「あなたの人生の物語」

「あなたの人生の物語」 テッド・チャン ハヤカワ文庫
8作収録の短編集。2003年の邦訳刊行だが、表題作の映画化が公開されていたことに伴い、今も書店の店頭に並んでいる。今出ている版は、解説が少し増補されているみたい。なお、収録短編は1990年から2002年に掛けてのものとのこと。

全体的な印象としては、思索的で静かな作品群という感じ。バベルの塔や降臨する天使といった、奇想天外で華やかなイメージが描かれているものもあるが、そういう作品もストーリーの中身は、地道な建設作業とそれを取巻く住民の生活とか、運命の不条理と神への信仰についての考察だったりして、あんまり華やかではない。
数学や言語学を題材にした作品は、個人的な興味の対象と被るので、関心を引かれた。ただ、これらもあくまでも素材であって、そういうのをネタにしたアイディア小説ではなく、作者が書こうとしているのは、それを切り口にした人間の在り方、という感じがする。
巻末のルッキズム(そんな言葉があることも知らなかった。容貌による差別のこと)を扱った作品は、割と直接的に現実を反映しているという気がしたが、これも根底には人間性の考察があると思う。

題材は完全にSFの領域だが、SF的なオチみたいなものは、あまり意識してなさそうと感じたこともあり、全体として普通小説に近いように思えた。でもその辺は、多分、今時のSFに対する自分の認識が浅すぎるということになるのかな。
一作一作、よく考えないと消化しきれない重みがある作品、という感じがする。質は高いと思う。ただ、自分はそこまで時間を掛けられないなあ、とも思うけれども。

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感想「岳飛伝」10

「岳飛伝」10 北方謙三 集英社文庫
そろそろ、一気に戦乱になだれ込むのかと思ったら、少し衝突があった後、また膠着。もはや、武力衝突で全ての決着がつくような、単純な構図じゃなくなってる、ということか。もちろん、まだ相当巻数があるから、最終決戦に入ってしまうのは、少し早いかも、という気はしていたけれど。

そういう中で、地道に登場人物の片付けを始めてる感はある。今回、唐昇という名前が、ストーリーの必然性もほとんど感じられない場所でいきなり出て来るのは、この人物にまだケリがついてないことに、誰かが突然気付いたのかな。名前には、うっすらと覚えはあるが、それほど大物ではなかったと思う。全ての登場人物について、きっちり締めて終わらせようとしているのかな。登場人物のデータベースはありそうだし(本人はやらないと思うが、そういうことをやるマニアックなファンは居そう)、不可能じゃないとは思う。
一方で、この期に及んで、まだ舞台を広げるか?、みたいな場面もある。阿波だそうだが…。この付近にも、何か話を繋げられる先があるんだろうか。

.それにしても、蔡豹は貧乏くじ引いてるキャラだなあ、と思った。

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感想「岳飛伝」9

「岳飛伝」9 北方謙三 集英社文庫
ぼつぼつ、最終決戦に向けた競り合いが始まってるけど、なかなか本格化しない感じ。解説を見ると、次巻あたりから華々しくなり始めるらしい。まあ、まだ先は長い。
それなりに落ち着いた立場にいるように見えた人物が、改めて面倒な状況に引っ張り込まれるという場面がいくつか目について、どういう終り方へ持っていくのか、先が読めなくなってきたな、と思う。さすがに手が込んでいる。まあ、王清が落ち着いてしまうとは元々思っていなかったけれど、蕭(*)材が、ここまでややこしい立場になるとは思わなかった。というか、現時点では、作品のテーマ的には、彼はかなり要に近い人物になってきたような気がする。ちょっと意外。ストーリーとしては、あくまでも岳飛(そういえば、彼がタイトルロールだということを、つい忘れそうになる)とか秦容とか張朔とかが関わっている、実戦の方が本筋だけれど、その裏で、著者は相当力を入れて、蕭(*)材を描いているような気がする。

(*) は「火玄」。

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感想「NOVA+ 屍者たちの帝国」

「NOVA+ 屍者たちの帝国」 大森望・責任編集 河出文庫
伊藤計劃が亡くなる前に書き始めていた長篇小説「屍者の帝国」は、死人を動けるように甦らせて労働力として使う技術がネタで、その甦った死人を「屍者」と呼んでいる。責任編集の大森望が、8人の作家にその設定を使った短篇小説を依頼して編纂したアンソロジー。シェアード・アンソロジーと言うらしい。

家にあったので、読んでみた。伊藤計劃は「虐殺器官」にはとても感銘を受けたけれど、他の作品を読む所までは進まなかったし、「屍者の帝国」は円城塔が書き継いで完成させたものが刊行されているが、冒頭の数ページを読んだだけで放ってある。そういうわけで、本書に関しても、そんなに積極的な読者ではない。「屍者」というアイディアは、面白いとは思うけれど、グロいので、あまり好みじゃないとも思う。

それでも、このアンソロジーは、一通り楽しめた。
伊藤計劃の追悼企画みたいなものなのか?、と思って、「屍者の帝国」や伊藤計劃に寄りかかった話が書かれていたら困る、というか分からないな、と考えたが、そういうニュアンスを感じる作品はなかった。もしかしたら、あるのかもしれないけれど、気付かなかったので、問題はなかった。
収録された作品自体は、当たり前かもしれないが、どれも個別の作品として、しっかり書かれた完成度の高いものだった。作家一人一人が自分のフィールドに「屍者」の設定を引き込んで、きっちり消化して、楽しみながらまとめあげている、という感じ。

趣味に走り過ぎてるんじゃない?と思うものもないではないけれど、多分、こうした趣味的な企画は、やり過ぎるくらいでちょうどいいんだろうなとも思う。そういう意味では、高野史緒の短篇が、一番頑張っている感じがした。バカバカしくて、面白かった。読者を選びそうな内容ではあるけれど。

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感想「へびつかい座ホットライン」

「へびつかい座ホットライン」 ジョン・ヴァーリィ ハヤカワ文庫
先日、創元から出たヴァーリィの八世界もの短篇集(「汝、コンピューターの夢」「さようなら、ロビンソン・クルーソー」)を読んだ時に、以前読んだ本書も読み直してみたい気になった。本を処分した覚えがあったので、ダメかなと思っていたが、別件で本を掘り返していたら出てきたので、読んでみた。ちなみに前回読んだのは、多分、1980年代の後半で、本文庫版が出た1986年から、それほど離れていない時期だったはず。内容に、それほど強い印象は受けなかった覚えがある。

今回は、短篇集で語られていたエピソードの総集編+エピローグのような感じを受けた。本書と短篇群は同時期に書かれていたようなので、実際には必ずしもそうではないと思うが。
短篇は、作品ごとに、個々のアイディアを細かく掘り下げていたり、テーマ性が強く出ていたりした印象があったが、本書はあまりそういう感じがしない。短篇で使われていたいろいろなアイディアがあちこち使われている点にオリジナルなものはあるけれど、内容そのものは一般的なSF冒険小説のように思えた。SFに対する思い入れが低く、それほど知識も深くない自分に、あまりアピールして来なかった最大の理由は、このあたりだったのかもしれない。
世界観的なものを、いちいち説明せずに話の中で使ってくる作風で、それが良さでもあるわけだけど、作品についての知識を全然共有してない人間にとっては、やはりとっつきにくい。説明不足で、個々のアイディアの面白さを感じ取るのも難しかったように思える。ストーリーラインだけでは、それほど特別なものはないように感じたから、なんだか普通だな、と思ってしまったかも。
そういう意味では、今回は短篇を一通り読んでから間がなくて、準備は十分だった。おかげで、すんなり入れた気がする。

もう一点、当時、結構抵抗感があったと思うのは、人体改変が大きな要素になっている部分で、この辺は自分には生理的にかなり抵抗感がある題材。ただ、近年は、いろいろなものを読んできた影響で、だいぶ慣れてきてはいるかなとは思う。だから先日の短篇集も、それほど違和感なく読めていた。

そういうわけで、昔読んだ時よりも、だいぶ面白く読めたような気はするが(30年も前のことなので、よくわからないが)、短篇集の方が、個々の作品の内容が濃くて面白かったかな、とは思わないでもない。インベーダーやホットラインについての詳細が語られているので、短篇集を読んでいた時に、経緯を思い出せずに、もどかしい思いをしていたのがスッキリしたのは良かったけれど。

ところで、設定をいちいち説明せずに話に直接使ってくるとか、人体改変とか、最初に読んだ時にネックになったと思われる要素というのは、サイバーパンクにも共通して言えてたことだと思う。でも、サイバーパンクを読んでいた時は、なんだか格好いい、というだけで、そこはクリア出来ていたような気がするわけで、要はヴァーリィは、当時の自分にとって、そこまで引きが強くなかった、というだけのことなのかもしれない。

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感想「プロント」

「プロント」 エルモア・レナード 角川文庫
このところ続けていたレナードの再読を、もう少しやってみようかということで。
本書は「ラム・パンチ」の次作に当たり、1993年刊行、1994年邦訳。ただし自分が読んだのは、1996年にこの文庫版が出た時。

マフィアの下っ端で、スポーツ賭博の胴元・ハリー・アーノウが、65歳になって、ここまでこっそり蓄えて来たカネを持って隠退しようと考えていたが、トラブルに巻き込まれて命を狙われる羽目になり、イタリアへ逃亡。FBI捜査官のレイラン・ギヴンズが、行きがかりで彼を助けることになる、という話。

冒頭の、ハリーと、その愛人のジョイスのやりとりが、いきなり洒落ていてバカバカしくて、こういうユーモアのセンスが好きなんだよなと思った。その後も、会話や場面の作り方がいちいち気が利いていて、読んでいて楽しくなってくる。
ハリーがかなりろくでもない人間なのに対して、レイランはいい奴。最初は、人がいいだけの田舎者で(いつもカウボーイのような恰好をしている)、結構間が抜けている雰囲気だけど、段々と底が知れない、切れ者に見えてくる所がポイントで、終盤では、かなりヒーローらしい人物になってくる。その辺は、いまいちレナードぽくないか、と思ったが、本書の3年後に書かれた「キューバ・リブレ」の主人公は、書いてあった感想を見直してみると、レイランに割と近い人物像だった感じ。カウボーイ風のヒーローという所も共通している。本書の結末には、いかにも西部劇的な要素もあり、元々、ウェスタン小説から出発したという出自を、強く反映した小説ということかな。
結末で、話が収まるべき所に収まっている感じもする。このところ読んでいた他の作品で感じたような、成行き任せの造りではなく、ある程度きっちりしたプロットを立てた上で書いたんじゃないか、という気がする。レイランも、あまり勝手に動いている人物には見えないから、その辺はセットになっているのかもしれない。

ハリーやレイラン以外に、存在感のある胡散臭い人物がいろいろ出て来る所は、いつもの作風と同じだけれど、一人ひとりが、自分の思惑で勝手に動き回るという感じは、やはり少し薄いように思える。
ただ、その分、ミステリ的な構成が分かりやすい小説になっているので、「ミステリ」という切り口からレナードを読もうとした場合には、とっつきやすい長篇と言えるのかもしれない。
(2016.7.8)

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感想「岳飛伝」8

「岳飛伝」8 北方謙三 集英社文庫
最終決戦の前哨戦みたいなのが起きて、いよいよ始まるのかなあ、という感じがする。小説全体の中での、のどかな場面の比率が、かなり減ってきたようにも思えるし。何度も書いてる気がするが、お馴染みの登場人物が、最終決戦の中で、バタバタ死んでいくんだろうなあ、と思うと、あんまり嬉しくない。だからといって、こんな中途半端な所で読むのを止めるつもりもないが。どういう終わらせ方をするんだろう、という興味もあるし。
さすがに、史実と違う結末に持っていくわけにもいかんから、みんな消えて終わり、という形なんだろうな、どうせ、と思ってたが、本書の解説を読んでいると、あっと驚く展開が待ち受けている、とか、何とか書かれているから、そんな単純なものでもないのかもしれない。まあ、地道に読んでいけば分かることだ。

それとは別に、解説で、「岳飛伝」の主要な(実在の)登場人物の、史実との違いについて書かれている内容が興味深かった。結構、アレンジしているんだな。そう考えると、結末が史実からぶっ飛んでるということも、ありうるのかな。
(2017.7.6)

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感想「ゲット・ショーティ」

「ゲット・ショーティ」 エルモア・レナード 角川文庫
1990年の刊行で、邦訳は1996年。邦訳刊行当時に読んだものを再読。

マフィアの下っ端で、マイアミで高利貸しをやってる男、チリ・パーマーが主人公。組織内でのゴタゴタに嫌気がさして、ロサンゼルスにやってきたが、借金をごまかして逃げた男を探す過程で映画業界の人間と知り合い、元々、映画狂だったことから、映画製作にはまっていく。

人はいいけどちょっと抜けてる、ヤクザなタフガイってのが、レナードの主人公の基本パターンだと思っているが、本書のチリはまさにそれ。チリ以外の登場人物も一癖ある人物ばかりで、彼ら(女性もいる)が、それぞれ、自分の思惑で立ち回っていく過程を、コミカルに描いている。裏のかき合い、騙し合いの連続。
どの登場人物も自立していて、組織の一員としてではなく、個人として悲壮感なく行動しているから、爽快感がある。レナードの小説を読んでいて、気持ちがいいのは、多分、そこ。今回、気が付いた。
一番ソツなく動いているのは、チリが惚れてしまう、元女優のキャレン・フローレスだろう。レナードの(ある時期の)小説は、だいたい、女性がそういう役回り、という印象がある。男は、妄想や野心が邪魔をして、だいたいバカなことをしてしまう。

再読してみて、これはミステリじゃないかも、と思った。サスペンス的な要素はないわけではないけれど、それを期待して読むと、ほぼはぐらかされる。話のきっかけになった、いかにもミステリ的な要素になりそうな、借金の回収やマフィア内部のゴタゴタは、巻末の時点では、どこかへ消えてしまう。基本的には、ハリウッドにやってきた映画狂のヤクザのわくわく体験記という内容で、「チリのハリウッド・アドベンチャー」(作品中にそういう言葉が出て来る)そのもの。
そういう意味で、プロットのまとまりみたいなものは、かなり希薄だけれど、登場人物が楽しくて、場面が格好良くて、面白く読めるんだから、特に問題はないと思うな。
それから、レナードの、映画(特にB級)に関する知識の深さと愛情が伝わってくる作品だったと思う。それだけでも、読んでいて楽しい。

先日読んだ「Maximum Bob」は本書の次作にあたる。あの小説の成行き任せのとりとめのなさは、本書と共通している。やっぱり、「Maximum Bob」はレナードらしい小説だったな、と改めて思った。

[追記] 映画化版の感想をこちらに。

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感想「ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編」

「ネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編」 レックス・スタウト 論創社
去年の10月に出ていた、論創社版ネロ・ウルフもの中篇集の3冊目、最終巻。やっと読んだ。
第2次世界大戦中から終戦直後の時期に書かれた作品を集めたもので、アーチーが従軍して、「アーチー・グッドウィン少佐」になっている作品が含まれる。とはいえ、肩書きがそうだというだけで、ウルフの事務所で、助手的な仕事をしているのは変わらないんだが。
帯には「戦時色が濃い」と書かれているし、背景に戦争が見えている作品ばかりではあるが、ウルフやアーチ―がやってることは、日頃ととりたてて変わってないので、それほど特別な雰囲気は感じない。また、エラリー・クイーンがやっていたような、戦意高揚・戦争協力的なニュアンスを感じさせる作品群でもない。スタウト自身は、戦争協力の団体に積極的に参加していた、というようなこともあったと記憶しているんだけれど、これらの作品には、その辺の要素は持ち込まれていないように見える。他の所でどうだったかは知らないが、少なくとも、ウルフ物については、そういう活動とは分離していたということか。
スタウトは、戦後のウルフ物では、政治的なニュアンスのある作品を、結構いろいろ書いているんだけれど。


収録作品は4作。

「死にそこねた死体」
これは未読だったかもしれない。
愛国心に燃えてしまった結果、従軍するべく探偵業を放り出して、ダイエットとトレーニングに励んでいるウルフを、軍が探偵仕事をやらせるために正気に返らせようと、アーチーを派遣してくる。
ウルフの奇行、強引にウルフを殺人事件に巻き込もうとするアーチーの悪だくみ、リリー・ローワンとアーチーの痴話?喧嘩など、シリーズ物らしい面白さは十分。事件の真相も、かなり意表を突いているだけでなく、納得出来るもので、割と良い出来と思う。

「ブービートラップ」
過去に読んだことがあるような気がするが、よくわからない。
アーチーは、軍の任務として、ウルフの助手に復帰した状態になっていて、ウルフは軍の仕事を受けているが、過度に禁欲的な生活はもうやめている。なので、全体的には通常のウルフ物とほとんど変わらないように見える。
複数の容疑者に罠を仕掛けて、引っかかった人間が犯人、という話なので、名探偵物ですらないような気もする。あまり面白みがない。
戦時色が一番強く出た作品ではあると思うし、そこに寄りかかり過ぎたプロットになっていると、言えなくもないのかな。

「急募、身代わり」
既読。原文邦訳で2回読んでることを確認したが、内容をさっぱり覚えていなかったのは、どうにも…。読んだのは2004年だから、13年も前じゃあ、しょうがないかなあ、とは思いつつ。ウルフが脅迫状を受け取って、身代わりを雇うというシチュエーションが面白いし、プロットも割としっかりしている。話が調子良過ぎな感はなくもないが、犯人が自分に都合がいいと思えた時機を捉えただけ、と考えれば、納得は出来るか。

「この世を去る前に」
これも既読。ただし、原文でしか読んでないので、邦訳を読むのは初めて。これも読んだのは2004年。ウルフが、戦争の影響で入手が困難になっている肉を手に入れるため、ヤバそうな依頼を引き受けて、面倒な状況にはまり込む、というあたりは覚えていた。この状況設定も含め、ウルフのキャラクターの面白さが十分に出ている中篇と思う。戦争が終わって、落ち着き始めた時期に書かれたものだからかな。そういう余裕が感じられる気がする。

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感想「ラム・パンチ」

「ラム・パンチ」 エルモア・レナード 角川文庫
「ザ・スイッチ」の13年後の後日談的な作品。1992年の刊行で、邦訳は1998年。
邦訳直後に読んだはずなので、ほぼ20年ぶりの再読。

主人公のジャッキー・バークはスチュワーデス(昔の本なので、表記はCAではなく、スチュワーデス)。「ザ・スイッチ」に登場した悪党オーディルが武器密輸で稼いだ大金を、アメリカ国内に運び込むのに協力している。捜査官がそれに目を付け、ジャッキーを抱き込んで、オーディルを摘発しようとした所から話が始まる。

「ザ・スイッチ」から再登場する他の人物は、オーディルの仲間だったルイスとメラニー。今回、「ザ・スイッチ」を読み返した限りでは、割と短めの長篇ということもあり、この3人は半端な小悪党という程度の印象で、それほど作り込まれたキャラクターではないように感じたけれど、レナードには、彼らを書き足りなかったという気持ちが残っていたんだろうか。今回はじっくり描かれていて、人物像がくっきりしている。

この3人とジャッキー、成り行きでジャッキーと組む形になっていく保釈金融業者のマックス・チェリー、捜査官のニコレットなどが、それぞれ自分の思惑に基づいて、互いに駆引きしていく。その過程は、綿密に立てたプロットに合わせて登場人物が描かれているというよりも、一人一人が勝手に動き回っているような感じがする。こういうオープンな裏のかきあい、化かし合いが描かれている所が、レナードの小説の面白さのひとつだと思う。登場人物が自立している感じというか。
中でも、周囲の人間すべてを手玉に取るような動きを見せるジャッキーが、一番したたかと思えるわけで、タランティーノが映画化した時のタイトルが、「ジャッキー・ブラウン」なのも無理はない(ジャッキーが白人から黒人に変更になった影響で、セカンドネームが「ブラウン」に変わっている)。なお、「ジャッキー・ブラウン」は見てない。

ただ、ジャッキーを含めて、鬱屈している感じがある登場人物が多く、抜けたような楽しさが、今一つないような気はした。たとえば、ルイスやメラニーは、「ザ・スイッチ」からの印象で、抜け(マヌケ?)担当のキャラかなと思って読んでいたんだけれども、そういう展開にもならなかったし。

本書のすぐ前の長篇が、先日読んだ「Maximum Bob」になる。「Maximum Bob」を読んで、レナードの作品の持ち味というのを再確認したくなって、本書を読み直してみた。本書はオーディルの摘発と、彼が貯えたカネが、ストーリーのはっきりした軸になっていて、割ととりとめのない展開で進む「Maximum Bob」よりも、小説のまとまりはいいと思うし、ミステリ的な面白さも上じゃないかと思う。
ただ、「Maximum Bob」のとりとめのなさこそが、レナードの持ち味だったような気もするわけで、少し微妙。もう少し読み返してみないとだめかな。

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