感想「天国の南」

「天国の南」 ジム・トンプスン 文遊社
1920年代のテキサスを舞台にした小説。トンプスンの自伝的な要素が、かなりあるらしい。原著は1967年の刊行なので、トンプスンの小説としては最後期に近いと思う(没年は1977年だが、70年代にはあまり書いていないはず)。

主人公は21歳の流れ者の青年。過酷な人生をくぐってきて、すれっからしのように見せているものの、実はかなり純情な人物。ただ、自意識過剰で怒りっぽい所は、トンプスンの小説の主人公としてはお馴染み。こういう青年が歳を重ねて、いつもの小説の主人公のような、破綻した人間になっていく、というような流れなのかなと、思いながら読んでいた。石油のパイプライン敷設現場での出口の見えない生活が描かれているあたりにも、この作家らしい陰鬱な救いの無さが立ち込めていたし。
しかし半ば過ぎになると、にわかに犯罪小説らしい展開が前面に出て、活気が感じられるようになってきた。人生に対して投げやりだった主人公も、次第に甦って、意外にもロマンティックな青春小説の趣も見え始めた。

陰鬱で不条理感の漂う小説を書き続けていたトンプスンが、なぜこういう小説を書いたのか、ちょっと不思議。晩年になって、何か心境の変化が起きたんだろうか。とはいえ、底辺の人間が吹き溜まるパイプライン敷設現場の、人間の尊厳なんてほとんど存在しない環境や、そこで起きる陰惨な出来事は、トンプソンの小説らしくはあるんだが。
そうした建設現場の実態や、テキサスの過酷な風景の生々しい描写は、興味深いものではあって、トンプスンが自身の若い頃の経験を、文章として残そうとした、というふうにも思える。
そして、主人公のモデルが作家自身だとすれば、彼は、とにもかくにもこうした環境から抜け出して、成功を収めた人物なんだから、過去に対する、苦いけれども甘い想いのようなものがあったとしても不思議ではないし、この小説にそれが投影されている、と考えてもいいのかもしれない、とは思った。60歳を過ぎた作家のノスタルジー?、とか言ってしまうと、身も蓋もない感じになってしまうけれど。

それでも、興味深い内容はあったし、終盤の高揚感は、トンプスンのお馴染みのスタイルとは違うとしても、愉しめるものだった。
(2018.1.14)

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感想「岳飛伝」14

「岳飛伝」14 北方謙三 集英社文庫
今度こそ、最終決戦に向けて、話が本格的に動き出した感じだけれど、戦線が広く薄くばらけている上、敵味方の関係もだいぶややこしいので、いずれにしても、そんなにスッキリとはいかないんだろうと思える。実際、話としても、焦点が多すぎて、いくらか散漫になってる気もする。
どうやら、決戦以降の時点では、日本がかなり絡んで来そうな気がするんだが、ここもどういう風に持っていくつもりなのか、よくわからない。平泉の藤原氏はいずれ滅びるけど、それも話に繋げてくるのかどうか。源平の争いなんかも関わってくるのか? 阿波の炳成世との絡みもどうなるんだろう。
ただ、分からないことだらけで、予想がつかないから楽しみ、というのはある。
途中に一瞬出てきた蒙古の若者は、テムジンなんだろうね。胡土児相手に、楊令と岳飛みたいな場面を演じているのは、そのまま、次のシリーズへの伏線ぽい。著者はこの時点で、既に次作をやる気十分だったということか。
(2018.1.4)

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感想「岳飛伝」13

「岳飛伝」13 北方謙三 集英社文庫
とりあえず、これでは、李俊があまりにもかわいそう、というのが、最大の感想。その分、見せ場もいろいろ貰ってるんだから、いいじゃん、という所だろうけれどねえ。
全体的な流れとしては、大きな衝突はいくつか起きても、中華の中での三すくみ状態は相変わらず解消しないままで、残り4巻ということを考えると、どうやらやっぱり、一発ですべてに片が付くという終わり方にはならないんだな、と思う。そもそも、そこまで単純な状況でもなくなっている。蒙古がすべてを飲み込んでいく、というような終わり方ならすっきり終わりそうだけど、まだちょっと、そこまでは時代が進んでいないはずだし。まあ、どういう風にまとめるのか、お手並み拝見というところだな。
(2017.12.30)

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感想「イヴのいないアダム」

「イヴのいないアダム」 アルフレッド・ベスター 創元SF文庫
短篇集。近年、ベスターの小説をいろいろ読んで、この人はSF作家というより、SFの形式を使って格好いい小説を書いた人と考えた方がいいのかな、と思うようになっていた。
本書は、冒頭の2篇(「ごきげん目盛り」「ジェットコースター」)がまさにそういう印象で、凄いなあと思ったけれど、その後の短篇は、むしろSFっぽさの方を強く感じた。あとがきでベスターの経歴を読むと、SF作家としてのキャリアは割と断続的だし、作風の変遷もあるようだから、自分が特に感銘を受けたのは、彼の一部分に過ぎないということなのかもしれない。もっとも、感銘を受けた作品は、どれも代表作のようだけれど。
ちなみに冒頭の2作も、れっきとしたSFではあると思う。自分が勝手に、独特な衝撃の強いサスペンス小説として受け止めたというだけのこと。それはこちらの嗜好によるものだから、作家本人とは全然関係ない。
それ以外の作品も、おおむね良い出来と思ったが、どこかで読んだことがあるような気がしないでもない、とは思った。だとしても、もちろん、べスターの方が先なのかもしれない。その辺もひっくるめて、SFっぽい(SFのジャンルの中に居る)、という印象になったんだろうと思う。

それはそれとして、全体的に思うのは、原爆投下直後の世界では、人間が滅亡するんじゃないか?という危機感が、本当に強かったのだろうな、ということ。本書は1950年代に書かれた短篇が主体になっているが、そういう気配が色濃い作品が大半を占めている。そういえば、ディックの小説もそうだったなと思い返した。
その状況は今も全然変わってない、というより、近年、また強まっているはずなんだが、世の中の危機感は随分薄くなってるように感じる。やっぱり記憶が薄れているせいなんだろう。危険な兆候だと思う。
(2017.12.27)

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感想「ラブラバ」

「ラブラバ」 エルモア・レナード 早川書房
先日、ポケミスから出た改訳版ではなく、1985年に出たハードカバーの旧訳版。ポケミス版を入手しようかどうしようか迷っていて、とりあえず読み返してみることにした。こちらの訳者は鷺村達也(新訳は田口俊樹)。ただし、これは知人から譲り受けたもので、最初に読んだのは刊行直後ではなかった。
原著は1983年の刊行で、MWAの長篇賞を受賞したことが理由で、邦訳されたような印象がある。邦訳刊行はレナードの邦訳ラッシュが始まる前の時期だったが、自分が読んだのは、ラッシュが始まってからだったはず。

タイトルは主人公の男の名前で、国税庁やシークレットサーヴィスで勤務した経験を持つ、駆け出しの写真家。彼が子供の頃に憧れていた女優と出会い、彼女が絡む犯罪に巻き込まれる話。
何か起きそうな気配は冒頭から立ちこめているし、小さな事件はそれなりに起きるけれども、いかにも犯罪小説らしい展開はなかなか始まらず、個性的な登場人物たちや、人物同士の関わりのエピソードでつないでいく。このあたりがいかにもレナードらしい面白さ。そこまで見え隠れしていた犯罪計画が、いよいよ動き始めるのは小説が半ばくらいまで来てから。
ミステリ的にひねった仕掛けもあるが、最終的には落ち着くべきところに落ち着いたという感はあり、その辺はレナードの小説にしては、少し物足りなさがある。登場人物が勝手気ままに動いていくというのではなく、あらかじめ構成されているプロットに乗って動いている、という感じがしてしまうので、自分がレナードに期待するものとは、少し違うような。ただし、きれいにまとまってはいる。その辺が、賞を取った理由の一部でもあるのかもしれない。

いかにもヒーロー然とした主人公が、結局、必ずしも格好いい結末を迎えていないあたりには、レナードらしいひねりを感じる。それほど強い印象は残さないこの主人公がタイトルになっている所に、初読時からいまひとつピンと来ないものを感じていたが、改めて読んでみて、最初はカタギだった人物が、次第にヤクザっぽくなっていく過程を描いた小説と考えることも可能なのかなと思った。今回の再読では、主人公の意識の変化を描いているくだりが結構多いことに気付いた。その辺に著者の意図があるのだとすれば、彼がタイトルになっているのも、不思議ではないわけだな。
ポケミス版を読むと、その辺が(あるいはそれとは違うことでもいいけれど、著者の意図が見える何かが)もっとはっきり見えてくるというのであれば、読んでみる値打ちはあるかなあ。ただ、旧訳版も、こちらだけを読んでいる限り、それほど不満は感じないのだけど。

それから、どちらかというと、主要登場人物よりも、ちょい役的な人物の存在感の方に魅力を感じた小説だった。ラブラバに写真を撮ってもらう、マイアミビーチの雑多な住民たちが生き生きしている。街の雰囲気も、うまく描かれていると思う。要は、犯罪小説らしい所ではない部分の方に、愉しさを感じたように思う。確かに、日頃から自分がレナードを読んでいて愉しんでいるのも、どちらかというとそういう部分なんだよな、と思った。

レナードの小説の中で特に出来がいいわけではないと思っていたが、再読しても、その印象は変わらなかった。
ただ、ポケミス版の刊行をきっかけにして、またレナードの新しい邦訳が出てくれれば嬉しいし、そのためのささやかな貢献という意味では、やっぱりポケミス版を買うべきなのかも?
(2017.12.20)

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感想「キリング・ゲーム」

「キリング・ゲーム」 ジャック・カーリイ 文春文庫
カーソン・ライダーもの。前回翻訳された「髑髏の檻」の次々作で1冊飛ばされたらしい。理由は特に書かれてない。ちなみに「髑髏の檻」の前作も未訳で、ここも前々作「イン・ザ・ブラッド」から1冊飛ばし。飛ばされた作品は、出版社が売りたい方向性ではなかったりしたのかな、と邪推。このシリーズは、作品の持ち味からすると、かなり偏ったイメージで宣伝されていると感じているので、そんなことを考えてしまう。

モビール市警に恨みを持った男が、ライダーを市警を代表するスター捜査官と思い込み、次々人を殺して、その責任をライダーになすりつけていく。連続殺人の犠牲者は、犯人によって無差別に選ばれた人たち、と思わせて、実は?、という話。
ここでのミッシング・リンクの設定の仕方は、割と気が利いていると思うが、そんなに都合よく、条件に合ったターゲットがいるもんだろうか、という気はした。かなり不安定な人格の犯人が、そこまで正確に被害者の情報を調べ出せたのも、いまひとつ信じがたいように思える。
エンディングも、伏線は張られているとはいえ、むりやりなひねりだな、という気がする。ここまで手の込んだことをする必然性が感じられない。

それから、本書にはチャウセスク時代のルーマニアでの犠牲者が複数登場するが、かれらをこのように描いたことで、実際のそういう人たちから抗議が来たりはしなかったんだろうか、と思った。当時のルーマニアで、これほど酷いことが行われていたという事実を広める効果はあるだろうけれど、それにしても、この描き方は、在米ルーマニア人の信用を落としそうに思えた。

主人公のライダーは、元々、悲惨な生い立ちや、公に出来ない特殊な状況の兄が居ることで、有能だが屈折しているキャラクターの持ち主という設定だったはずだが、そういうネガティヴな要素は、ここまでのシリーズ作品で、ほぼクリアにされてしまっているので、本書を読んでいると、(本書の犯人が勘違いした通りの)単なるスター捜査官に見えてしまう。そうなってしまうと、結構調子のいい所もある人物だから、追い詰められた状況に陥っても、あまり同情を感じないし、別にどうでもいいやと思ってしまった。犯人に、同情を誘う背景があるのが、早い段階から見えていることもあって、必ずしもライダーの側に、肩入れ出来なかった。

巻末で、シリーズが大きく方向転換する予兆が描かれているのは、その辺の行き詰まりを著者も感じていて、変える必要性に迫られたからかもしれないな。

シリーズの1作として、それなりに面白くは読めたけれど、特に感銘は受けなかった。
(2017.12.8)

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感想「岳飛伝」12

「岳飛伝」12 北方謙三 集英社文庫
長老的な登場人物が、続々と落ち着き場所を定めつつあるのを見て、終りが近付いてきたなと思う一方、全体的な状況はあんまり進展していないから、これでほんとに17巻で、納得いくような形で話が終るんだろうか、という気もしてきた。それとも、終わらないのかな? 阿波と繋がる梁紅玉とか、これからまだ拡大しそうな気配のある話もあるし。急に展開し始めた胡土児の件は、これから広がるというよりは、締めくくりに向けての仕掛けかなと思うが。
さすがにもう続編はないにしても、全てリセットされて、史実に戻って終る、という形にはならなそうな。
韓世忠が落ち着いちゃったが、これだけ露出がありながら、結局、いい場面をほとんど振られない損な役回りだったと思う。こういうキャラは、他にあまりいない気がする。
(2017.11.21)

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感想「寂滅の剣」

「寂滅の剣」 北方謙三 新潮文庫
日向景一郎シリーズの5作目で最終作。
本屋で偶然見かけて、読み落としていたことに気付いた。文庫版は2012年に出ていたらしい。このシリーズは、北方の小説の中では、そんなに好きな方ではないけど、それが理由ではなくて、単純に見落とし。見つけられてよかった。

前作を読んでから、相当日が経っているので、どういう話だったか、たいがい忘れていたが、めちゃくちゃ強い剣豪が敵を斬りまくる話、というイメージだけで、十分通じた感じ。もっとも、最終作らしく、過去4作に出て来た登場人物の総ざらいのような雰囲気があるのに、覚えていないので、その辺がはっきりしないのは、ちょっともどかしかった。

本書では、何人もの常軌を逸した剣豪が、主人公側と敵側に分かれて死闘を繰り広げ、さらに、大人数で襲い掛かってきた敵側を、主人公側が斬って斬って斬りまくる。こうした斬り合いそのものの娯楽性が、本書の(というか、多分、このシリーズの)読み所と思えるし、北方謙三の時代小説にしては、少し異色という感じ。
血生臭くて残酷な場面が多いが、あまりリアリティがない分、娯楽小説として割り切って楽しめる、という気はする。というか、そもそも、そういう風に読むための小説だと思う。なにせ、二段重ねで襲い掛かってくる二人組の刺客、なんてのが登場してきたりする。これが娯楽小説でなくてなんだ?(^^;

シリーズの過去の作品よりも、気楽に面白く読めたように思うんだが、それが本書の内容から来るものなのか、単に旧作を読んだ時の印象をちゃんと覚えていないからなのか、自分の嗜好が微妙に変わっているからなのか、その辺はちょっとわからない。
(2017.10.23)

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感想「ハロワ!」

「ハロワ!」 久保寺健彦 集英社文庫
紆余曲折あってハロワの相談員に就職した青年が、そこで遭遇するあれこれについて描いた小説。
あんまり性に合わない、ほのぼのした人情物の小説かな?、と思いつつ読んでみたが、そうでもなかった。基本的に前向きで、明るいタッチで書かれてはいるものの、就職のシビアな現実とか、求職者側の、きれいごとで済まない、いろんな思惑とかが、けっこう丁寧に描かれているし、調子のいいハッピーエンドにまとめていない重たさもある。
2010年から2011年にかけて書かれたものということなので、空前の売り手市場らしい現時点に比べたら、はるかに就職が大変だった時期のはず。求職者の深刻さの度合いも、今よりもずっと厳しかっただろうから、あまり安直なことは書けない、という背景もあったかもしれない。

ハロワがどういう所かとか、求職活動というのがどういうものなのか、というあたりについて、イメージがつかめる内容だったと思う。ハロワの相談員というのが、単に仕事の斡旋を仕事にしている、普通の勤め人なんだな、ということもよく分かった。もうちょっと、役人ぽい立ち位置の人たちなのかと思っていた。 事前に読んでおくと、ハロワに行くのが気分的に楽になりそうな気がする。
(2017.10.14)

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感想「岳飛伝」11

「岳飛伝」11 北方謙三 集英社文庫
いよいよ決戦が始まった、と思ったが、結局、大きな情勢の変化もないまま終了。梁山泊と金とで、合わせて万単位の戦死者が出ているのに、何も事態が変わらないというオチなのは、戦うことの虚しさを訴えているように取れなくもない。
このところ、戦が起こらない状況を作るために戦う、軍の存在理由は軍が必要のない世界を創ること、みたいな言い回しで、決して非戦ではないけれど、登場人物が戦の無意味さを語る場面が増えて来ていると思う。昔の北方の小説と、方向性が変ってきているように思える。元々、特別、好戦的な小説を書いていたとは考えていないけれども、以前は、戦いそのものに生きがいや喜びを見出すというニュアンスが、今よりもずっと強かった気がする。著者の物事の考え方に、変化が起きているのかな。まあ、長い間、小説を書き続けているんだし、ものごとの捉え方が変わってきたとしても、不思議ではない。
現時点での話の根底にある、領土の確保ではなく、流通で国を作ることで、生活者の幸福が実現されるという考え方は、かなり単純化した構図ではあるけれど、理屈は通っていると思う。でも、それがある程度は実現している今の世界も、そうした理想的な世の中にはなっていない。この小説は、「国」の在り方というのを、かなり突き詰めて考えようとしていると思うけれど、現実に理想的な世界が生まれてきていないのはなんでだろう、というのを考えるきっかけにもなるんじゃないかな、と思ったりする。

そういえば、インドシナ半島に梁山泊の面々が植民しているが、直前に読んだ「イザベラ・バード」で、マレー半島での中国人の存在の大きさについて書かれていたのを読んで、なるほどと思った。そういう状況も把握した上で、話を作っているんだろうな。これだけの巨大な小説を書くのに、著者がどれだけ情報を集めているのかと思うと、くらくらする(^^;。
(2017.10.12)

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