感想「恋する原発」

「恋する原発」 高橋源一郎 河出文庫
2011年の大震災を受けて書かれた小説の文庫化。
大震災被害に対するチャリティAVを作ろうとしている男を主人公にした話。

この作家には元々あまり興味はなかったけど(というか、そもそもミステリ以外の国産小説には、元々ほとんど興味がなかった)、Sealdsの関係でいろいろ知ったことで、関心が出てきた。

書きなぐりに近い雰囲気がある、かなり荒っぽい小説。日頃の作風を知らないので、これが特別なものなのかどうかは分からない。震災からあまり間を置かずに書かれた小説だから(2011年11月刊行)、その辺の影響もあるのかなと思った。
ただ、途中に挟み込まれている「震災文学論」の部分は、かなり腰を据えて書かれているので、やはり本文のタッチは意図的に選んだものなんだろう。このスタイルは、震災や原発事故について、タブーと見なされそうな角度から敢えて切り込んでいく内容に、確かに合っているように思える。
震災の被害に寄り添うとか、そういう方向性ではなく、なぜこんな事態になっているのか、という状況への違和感や怒りがベースになっている小説なので。

本書の中心テーマは、タブー扱いすることで、語られるべきことが語られない状況に対する批判そのものじゃないかと思う。震災や原発に絡めつつも、取り上げられている題材は、戦争とか差別とかセクシャリティとかの、広い範囲に渡っているし。
タブーと言っても、結局のところ、空気とか同調圧力とか忖度とか、本質的な問題ではない類いのものが大半なんだが、それが重視されることで、伝えられるべきことが伝えられないまま、この国はどんどん悪い方向に持って行かれている。そんな状況は、この小説が書かれた時よりも今の方が、より深刻化しているし、そういう意味で、本書での著者の意図は、多分、今の方が、より強く伝わって来てるんじゃないかと思う。

声をあげることの重要さと、今の状況に対する著者の強い切迫感を感じる。

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感想「岳飛伝」4

「岳飛伝」4 北方謙三 集英社文庫
金と南宋が激戦を繰り広げる巻。その傍らで、梁山泊が淡々と足場固め。

年寄りが、昔はこんな凄い豪傑がいた、と語るが、若いもんは、俺らには関係ないし、的な反応をする、という場面が、いくつかあったような。今までは、昔の伝説的な人物たちは、基本的に敬意を持って語られる感じだったのが、少し変わってきたかもしれない。時代の変化というのを、ぞうやって表現している気がする。
まあ、現実問題としても、年寄りが若いもんに昔話ばっかりするのは、見苦しいやね。自分も気を付けようと思う。
にしても、初期からの登場人物が、徐々に消えていこうとしているのは、やっぱり少し寂しい。白勝とか、最初に登場した時は、ここまで息の長いキャラになるとは思わなかったな。
(2017.3.10)

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感想「蟹工船」他

小林多喜二の小説を、手元の端末に入ってた青空文庫で見つけて、いくつか読んでみた。有名なプロレタリア小説の作家だが、今まで読んだことがなかった。「蟹工船」について、どこかで「冒険小説」として評価されている記述を読んだ記憶がうっすらあって、その辺の興味もあった。

「蟹工船」
酷い条件で働かされる労働者の話、くらいのイメージだったけど、荒れた冬のベーリング海をボロ船で行く中、残虐な作業監督者にどう立ち向かって生き延びるか、という話だから、確かに冒険小説のカテゴリーに含まれても不思議はないような内容。虐待されていた労働者たちが、どういう過程を経て立ち上がったか、というのがメインテーマであるにしても、彼らを動かしてるのは思想というより、根源的な怒りの発露だし、共産主義の匂いはあっても、そんなに露骨なものではなかった。迫力のある小説だった。
蟹工船の操業にロシアとの戦いという観点があったり、朝鮮人労働者への差別や、日本人の異常な勤勉さに触れたくだりがあったり、結構広い目配りも感じた。
悲惨過ぎる小説だけど、過酷な環境に置かれた人物たちの行動の描写には現実感があるし、こういうことが戦前は行われていたんだな、と思う。今はさすがに、ここまでの無茶は出来ないと思うが、利益や国策のためには労働者の犠牲は全く気にしないという監督者側の論理は、今時の政府や一部の経営者の論理と大差ないように見えるし、法律等の規制が緩められたら、容易にこういう状態に移行するだろうな、という気はする。

「党生活者」
共産党のオルグを主人公にした小説。でも、ばりばり思想的かというとそうでもなくて、当局の目をかい潜りながらの主人公の行動は、スパイ小説のようと思えなくもない。全てを犠牲にして、労働者を組織する任務に励んでいるが、その過程で、周囲に彼の行動による犠牲者が生まれていることも、はっきり描かれている。作家の意識としては、それくらい厳しいもの、ということなのか、正義感からの行動ではあっても、犠牲者を出していることについて無自覚な主人公に対し、批判的な気持ちも含まれているのか、という点については、今一つ判断しきれなかったが。
それにしても、これが書かれたのが1932年で、主人公のような、不当な状態を改善するために体制と対峙している人々が、大手を振って表に出て来られるようになるまで、この後、まだ13年もあったのかと思うと暗い気持ちになった。

「争われない事実」
「党生活者」の原型みたいな感じもある、ごく短い作品。そんなに強い印象はなかった。

「雪の夜」
思想性はあまり感じられない作品。こういうのも書いたんだなと思った。自意識過剰な主人公があれこれ思い悩む話で、内容的にはコメディだと思うんだが、書きっぷりが堅すぎて、そういう面白さがいまひとつ伝わってこない気がする。でも1930年代の小説だから、スタイルとしてはこんなものかもしれない。
(2017.2.25)

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感想「幽霊屋敷と消えたオウム」

「幽霊屋敷と消えたオウム」 エラリー・クイーン 角川つばさ文庫
少年探偵ジュナを主人公にしたジュニア向けミステリ(原著は1944年の刊行)。旧訳のハヤカワ文庫版(「緑色の亀の秘密」)も持ってるはずだが、多分、読んでいない。昨年、唐突に新訳で刊行されたのには驚いたが、角川つばさ文庫(こういう叢書があることも初めて知った)のラインナップを見ると、ここで出すのに手ごろな作品だったのは間違いなさそう。今後、シリーズ作品が次々刊行されるんだろうか。

ジュニア向けだし、子供が主人公だから、相応にかわいい話ではある。そんなにややこしい作りにはなってないが、「幽霊屋敷」を中心に、いろんな要素をうまく組み合わせていて、話の運びが単調でないし、結末では全部をきっちりまとめている。構成がしっかりしていると思った。
ほのぼのした雰囲気も良かったし、結構楽しんで読めた。
(2017.2.22)

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感想「岳飛伝」3

「岳飛伝」3 北方謙三 集英社文庫
梁山泊と金が戦って、激戦の後、講和へ向かうというのが主筋。金に対するわだかまりも解けたとなると、しばらくは梁山泊はあんまり積極的に戦をする理由がなくなりそうに思える。元々、今回の「岳飛伝」での梁山泊は、経済活動に力点があって、基本的に戦闘意欲が薄い感じがする。
だから「岳飛伝」なのかな。岳飛は今もやる気満々だし、当面も、岳飛と金の対決で話が回りそうだし。華々しい話は、岳飛を中心に置いて、回していくのかな。

なお、梁山泊がインドシナ半島(タイの方まで行っている)で開拓事業を始めようとしてるが、それっていいのかな、という気がちょっとした。
(2017.1.31)

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感想「死の鳥」

「死の鳥」 ハーラン・エリスン ハヤカワ文庫
昨年刊行された、日本オリジナル編集の、SFを主体とした短篇集。
この作家の邦訳本はこれが2冊目なんだそうで(もう1冊は有名な?「世界の中心で愛を叫んだけもの」)、作家の知名度と出版点数の落差がこれほど落差のある作家も珍しいのでは。もっとも、作品自体は雑誌やアンソロジーにはよく収録されているし、本書収録作のうち、少なくとも半分は読んだことがあった。

暴力的でグロテスクな内容の作品群。もちろん知ってて読んだんだが、そんなに好きな作風とは言えないな、と再確認したというか。それならなんで読んだのか、というと、まあ、怖いもの見たさ的な感覚なのかな。あと、作品の持つ鋭さみたいな所に、格好良さというか、魅力を感じていないわけでもない。ただ、やっぱりちょっと合わないかもしれないと、今回、思った。
それにしても、こういう作品が一部のマニアックなファンだけでなく、広く受け入れられた(SFやミステリのメジャーな賞をたくさん取っている)点が、よくわからなかったが、改めて読んでみて、60-70年代というのは、こういう殊更にタブーに挑戦するような、実験的な作品が求められた時代だったのかな、とは思った。
それと、今回の作品群を見ると、SFというよりは、ファンタジーの作家、という感じ。そこも、自分がSFに求めてる方向性とは、あんまり合っていないかもしれない。

本書の中では、MWA賞を取った「鞭打たれた犬たちのうめき」「ソフト・モンキー」あたりが、自分の読書傾向からしても取っつきは良かった(もっとも、前者については、ミステリ?と思うが。これは既読だった作品で、初読の時からそう思っていた)。他も「プリティ・マギー・マネーアイズ」とか、あんまりファンタジー色が強くない作品の方が好きだなと思えた。
(2017.1.28)

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感想「拾った女」

「拾った女」 チャールズ・ウィルフォード 扶桑社ミステリー
10月頃、久々にこの作家の翻訳が出てるのに気付いて、買わなきゃと思ってるうちに、年末になっていた。ちなみに、巻かれていた帯によると、年末恒例のベストミステリ選びでは結構いい結果になったらしい。まあ、以前、立て続けに翻訳が出てた頃には定評があった作家だから、票も集めやすかっただろうし。

で、年が明けてから読んだ。
冒頭を読んでいて、魔性の女に関わって、破滅していく男の(割りとよくあるパターンの)話かあ、と思ったんだが、その辺の辛気臭い展開に早々にケリがついてしまうあたりに、この作家らしいひねりを感じた。で、そこから、ジム・トンプソンみたいな狂気の世界へ入っていくのかと思えば、これも軽く流す。この辺の外しっぷりも、ウィルフォードらしくていいなと思っていたら、最後に仕掛けてきたよ。
これは頭からもう一度読まないと、と思った。巧いなあ。
こういう内容の小説がミステリかというと、結構微妙かと思うんだが、仕掛けのセンスは明らかにミステリだよな。

計算されてはいるにしても、そんなに丁寧に書かれているとは思わないが、主人公の絶望感は強く伝わってくる小説だった。この主人公が、根底の部分では破綻していない(壊れることによって逃避することが出来ない)人間だということが、この小説に強い悲劇性をもたらしているんじゃないかと思う。
(2017.1.16)

[追記]
結末を読んだ上で再読してみた。
その結果として、結末を意識した仕掛けなんだろうと感じた箇所は、作中にいくつかあったけれど、それほど強烈な印象を残す場面はなかったように思った。
ただ、それは作家の意図とは限らないと思う。なにぶん、翻訳なので、原文のニュアンスを完全に伝えきれている可能性は低いだろうし、本書が書かれた時代(1954年刊行)も、場所も、人間の意識も、現代の日本とは全然違うはずだから、著者の狙った効果を、感覚的なレベルで受け止め切れるわけもないという気もするので。
残念ではあるけれど、まあ、そういうものじゃないかな。
(2017.2.3)

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感想「岳飛伝」2

「岳飛伝」2 北方謙三 集英社文庫
小康状態を終えて、話が動き始める、という感じの巻。終盤には梁山泊と金の交戦が始まる。これでまた、おなじみの登場人物がバタバタ消えるのかなと思うと、あんまりいい気分はしないけど、そもそもそういう小説なんだから、それを言う方がおかしいか。王進とか、年齢を重ねたキャラクターが消えていくのは、そんなに応えないけれど、さすがに史進は居なくなったら、さびしくなるだろうなと思う。なんとなく死亡フラグが立っているような気がするので。
ちなみに、現時点では、梁山泊だけでなく、どの勢力にも悪役っぽさがないので、どう転んでも気の毒だな、残念だな、という感じになってしまいそうで、読んでいくのはちょっと辛いかもしれない。

前の巻を読んでいて、絶対的な指導者を失った組織はどういうふうにやっていくのか、みたいな所が「岳飛伝」のテーマかなと思ってたが、それはそれであるけれど、もう一つ、絶対的な敵を失った(倒した)後、組織はどうしたらいいのか、というテーマも含んでいるというのを理解した。というか、それは「楊令伝」の半ば以降で、既に現れていたテーマだったんだろうと思う。忘れてしまっていたのかな。
「楊令伝」での梁山泊は、楊令が一人でそれを背負って舵を取って、他の連中は付いていくだけだったのが、「岳飛伝」では、その楊令が居なくなって、自分たちで考えないといけなくなり、さあどうする?みたいな展開。目標を見失った時の混乱と読み替えれば、こちらの方が、テーマとしては、より普遍的なような気はする。

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感想「死者は語らずとも」

「死者は語らずとも」 フィリップ・カー PHP文芸文庫
ベルンハルト・グンターもの再開後の3作目。

正直、このシリーズは読んでてしんどいので、あんまり一気に読めなくて、ダラダラ読んでいた。7割くらいまでがナチス支配下のドイツが舞台で、非人間的な状況が、これでもかというくらいに描かれる。今読んでて辛いのは、記述そのものだけじゃなく、ここで描かれてるいろいろな抑圧や横暴が、必ずしも他人事ではなくなりつつある、という実感があるからで…。著者もそういう意図で書いてるんだと思うよ。程度の差はあっても、そういう動きは日本に限らず、世界共通した流れのようだから。

残り3割はカストロが台頭し始めた時期のキューバが舞台。まだ革命までは時間があるが、流れは始まっている。グンターはドイツのパートで出会った人間と、時を隔てて再会し、いろんなことが起きる。もちろん、殺人事件も起きる。ただ、再開第一作「変わらざるもの」のような大仕掛けはないので、ミステリとしての印象はそんなには強くない。テーマ的には悪はあまねく存在する(ナチスだけでなく)、というあたりじゃないかと思うし、そっちの方がずっと印象的。
ちなみに前作「静かなる炎」は後半部のアルゼンチンのパートも真っ暗で、読んでて本当にしんどかったんだが、それに比べれば本作のキューバのパートはまだ救いがあるなと思った。割と楽には読めた。

ドイツのパートは背景にベルリンオリンピックがあって、ナチスの所業を知らんぷりして参加を決めたアメリカってのが、大きなポイントになってる。所詮、オリンピックなんて、昔から腐ってたという気もした(その辺のことは、昔、「ヒトラーへの聖火」でも読んだはず)。
(2016.12.15)

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感想「猫に知られるなかれ」

「猫に知られるなかれ」 深町秋生 ハルキ文庫
最近、この作家の名前を見かけることが何度かあって、この本が「岳飛伝」を買った時にすぐ近くにあったので、読んでみることにした。

太平洋戦争直後の荒廃した混乱期の日本(主に東京)を舞台にした活劇小説。4篇から成る連作短編集のような体裁。私的な諜報機関が、戦後日本の体制を混乱させようとする勢力(左右問わず)と戦う話。
登場人物も背景も、戦争を強く引きずっていて、非常に重苦しいはずなんだけれど、書きっぷりはあくまでも娯楽小説なので、読んでいていまいち重みがなく、その辺のアンバランスさが、何となく居心地が悪かった。内容がそのまま反映したら、かなり凄惨な小説になるのは確かなので、それがいいかどうかは一考の余地有りかもしれないが。
ただ、登場人物の描き方は割と一面的であまり陰影が感じられないし、諜報機関が戦う話にしては、筋立ても単純過ぎるように思えるので、そもそもそんなに深い所は狙ってない小説のような気もする。
背景となる時代や地理を、かなり丁寧に調べて書いているようだし、活劇の場面は華々しいんだけど、面白さや深みという点では、今一つという印象だった。
(2016.12.5)

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