「クリーム/フェアウェル・コンサート 1968」

クリームの解散ライヴを収録した1969年の作品。映画館で上映されたので見に行った。

ビデオではずっと前に出ていて見ているから、内容は知っていた。演出が古臭いこともあって、映像はいまいちだし、ライヴで演奏している場面にあまり意味なくナレーションがかぶったり、どうでもよさそうなメンバーへのインタビューが挿入されたり、正直イマイチと思っていて、それは今回見ても同じだった。ただ、ライヴの音そのものは、もちろんそんなにクリアではないけれど、クリームのライヴなので、臨場感が伝わってくればそれで十分。映画館で大音量で聴けて、とても気持ちが良くて、行ってよかったと思った。

これが上映されることは1月に知ったけれど、その後、すっかり忘れていて、2月半ばに思い出した時には、大きな映画館での上映はほぼ終了しかけていた。慌てたけれど、検索すると大宮のミニシアターOttOという所で、3月半ばにやるのを発見。全然知らない場所だったが、1年前くらいに出来た映画館で、音響の良さも売りにしていたので、こちらへ行くことにした。ミニシアターなので、画面の大きさの迫力にはさすがに欠けるが、音響は良かったし、新しいので中もきれい。カフェ併設でゆっくりできる感じもよかった。映像はやっぱりショボかったから、大きい画面の映画館で見てもしょうがなかったと思うので、ここにした判断は間違ってなかったと思う。

OttO
20260315otto

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「プリンス:サイン・オブ・ザ・タイムス」

プリンスの1987年の同名のアルバムをベースにした「ライヴ映画」。元々は1987年に製作されたものの復活上映で、IMAXでもやるというので、見に行った。
半分はお付き合いだったけれど、半分は、先日の「レッド・ツェッペリン:ビカミング」のように、IMAXのでかい画面とでかい音で、音楽(≒ロック)映画見るのが楽しそうと思えたから。プリンスにはリアルタイムではほとんど関心がなくて、よく知らなかったが、比較的近年、MTVで80年代のビデオクリップを見ていて、結構良かったんだなと思い始めていたこともあって。
そういう目的では、十分楽しめたので、行った甲斐はあった。ただ、「サイン・オブ・ザ・タイムス」のツアーが元になっていて、演奏されるのは、基本的にこのアルバムの収録曲で、そんなにプリンスを知らない自分にとっては、ほぼ知らない曲ばかりだった。
いくつか腑に落ちない点もあったので、帰宅してから調べて、英語版のWikipediaを見てみたら、このライヴ自体では過去のヒット曲もやっていたのだけど、制作時の諸事情で、そういう曲は全部外されたんだとか。他にも、後で音を入れ直したりとか、映像も追加されたりとか、そういう編集を大々的にやっているようで、宣伝では「伝説のライブが甦る」と謳っているが、単純なライヴ映画とは言い難いものらしい。途中に、「U got the look」のPVが挿入されていたりとかもする。
実は、個人的に一番印象が強かった曲が、半ば付近でプリンスが参加していない(多分、休憩中)、インストの「Now`s the Time」(チャーリー・パーカーの曲)だったというのも、なかなか微妙ではあるかなという気もする。凄く格好良かったんだけれど。
それはそれとして、プリンスの身体能力の高さには驚かされた。それから、観客が曲に合わせて、ライターの火を振ったり、付けたり消したりしているのが、いかにも時代を感じさせた。今ならペンライトやスマートホンを使うところだな。

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「レッド・ツェッペリン:ビカミング」

火曜(9/30)の夜に見に行った映画。週末に行こうかと思っていたら、ある程度行きやすい時間にIMAXで上映している近場の映画館では、木曜までの上映予定と知って、急遽行った。

レッド・ツェッペリンがどういう経緯で結成され、成功をおさめたかを描くドキュメンタリー映画。存命のメンバー3名が集まって、過去の映像や、唯一亡くなっているジョン・ボーナムの、今回初めて公開されるというインタビューの録音などを見聞きしながら、当時のことを語る体裁。画面上には、彼らが語る場面と、過去の映像がかわるがわる映し出される。
描かれるのは、2ndアルバムがアメリカで大ヒットして、それまでやれていなかった地元イギリスでの大掛かりなライヴがついに実現し、そこで大成功を収める所まで。

過去の映像には当然、当時のライヴの映像なども含まれるし、そこでツェッペリンの1stと2ndアルバムの曲が、がんがん流れる。必ずしもライヴの音源をそのまま使っているわけではなくて、スタジオ録音の音源を組み合わせて使ったりしていた。その辺の演出が、工夫されていてうまいと思った。
なにより、クリアな大音量でツェッペリンの曲を聴くことが出来たのが楽しかった。ライヴ会場でもないと、あれだけの音量では聞けないので。映像に関しては、昔の粒子の粗い映像がメインだから、IMAXである必要はなかったかなと思ったけれど、音に関しては割高ではあっても、IMAXにして正解だったんだろうと思う。
語られている内容自体も、多分、新たに明かされる真実的なものは、あんまりなかったんじゃないかという気がする。もっとも、自分はそんなにはバンドや楽曲制作の裏側みたいなものには知らなかったから、興味深い部分はそこここにあった。

うっかり見逃さなくて、よかったと思う。

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「スーパーマン」

久々に見に行った映画。前回、普通の映画を見に行ったのは、去年の7月の「フェラーリ」だったようなので、1年ぶり。

元々はそんなに行く気はなかった。アメコミヒーローものの映画は、随分前から、基本的にパスしているし、スーパーマンに関しても、過去に何度も映画化されているので、またかよ、という感じだった。クリストファー・リーヴのスーパーマンに、結構思い入れがあるので、なおさら。ただ、今回の映画は、今の国際情勢を反映して、ロシアのウクライナ侵略、イスラエルのガザ侵攻を下敷きにしているとか、世界中で起きている排外主義に対する批判が込められているという話を聞いたし、そういうことを描いた映画だという監督のコメントが、トランプの批判を呼んで、アメリカで騒ぎになっているということも聞いて、関心が出てきたので、行ってみる気になった。

実際、そういう映画だったけれど、一番印象的だったのは、スーパーマンの描き方。怪物の襲来や建物の倒壊で生命の危機にさらされる生命を、すべて救おうとする(怪物の生命すら救おうと考える)やさしい人物として描かれている。過去に見た、1978年に始まったクリストファー・リーヴがスーパーマンを演じた4作や、2006年の「スーパーマン・リターンズ」(実は見たことを忘れていたのだけど)でも、そういう描き方がされていたはずだけど、今回はそれがひときわ強調されている感じ。
そういう場面に自分はとても弱いので、観ていて、自分でも驚くくらい、感情を揺さぶられた。
その彼が、策略とテクノロジーを駆使したレックス・ルーサーによって陥れられる。背景には、ルーサーと結託した、容易にロシアを思い起こさせる国(大統領)による隣国への侵攻があり(侵攻の風景はガザ的かもしれない)、ルーサーの扇動によって起きる、異星からの「難民」であるスーパーマンに対する、一般人による攻撃が描かれる。現実に今の世界で起きていることを描き、それに対して明確に批判を行っている。争点になっている部分だけれど、自分の立ち位置は、この作品の監督の側のつもり。
とはいえ、こういう映画だから、ネタばらしにはならないと思うので書いてしまうけれど、最後は何とかなる。さすがに話の成行き上、救われない人はいるけれど、基本的には後味の悪さは薄いし、素直に楽しめる映画だったと思う。けれども、トランプやその支持者のような人たちは楽しめないのかもしれないな。

グリーン・ランターンとか、何人も出て来る他のヒーローたちも、きっちり役回りを振られていたり、飼っている犬の強烈な活躍?など、他にも見どころはいろいろ。自分には分からないけれど、DCコミックのヒーロー映画の愛好者なら分かるようなネタも、たくさん入っているらしい。
それと、1978年版に対するオマージュがそこら中にある。テーマ曲は1978年版がベースになっているし、ルーサーの愛人も1978年版と同じ名前の上に、キャラが微妙にかぶっている。そういうところも、好きだなと思った。


あとは、ややネタばらし的なことを。

スーパーマンへの一般人の攻撃が本格化する発端になるのは、ルーサーが掘り出したスーパーマンの実の両親(クリプトン人)が遺していたメッセージ。地球を故郷として人々を守れという内容だったのだけど、途中からはデータが壊れていて、スーパーマン本人も知らなかったから、遺言に従って、スーパーマンは生きて来たつもりだった。しかし、データを復元してみると、後半部には、遅れた地球人を支配して、ハーレムを作ってクリプトン人の血を引く子供をたくさん作れという内容で、これがルーサーによって公開された結果、当然、地球人の憤激を買うことになる。スーパーマン自身も強い衝撃を受けて落ち込むのだけど、育ての親(地球人)の言葉に励まされて、彼は実の両親の言葉と訣別して、自分自身の道を行くことを選ぶ。
かなり衝撃的な展開で、こういうくだりは、今までの「スーパーマン」にはなかったはず。ストーリー的にも、序盤に伏線が敷かれて、最後にそれと響き合う場面がある。実はここが、この作品の一番重要なテーマなんじゃないかと思った。親や出自がどうであろうと、自分は自分で、あるべき姿を目指すべき、というような。それは、この映画のもう一つのテーマの、難民・移民のこととも、密接に絡んでいると思う。

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「バック・イン・アクション」

NETFLIX。
キャメロン・ディアスが10年ぶりに俳優に復帰したというので、見れる環境があることでもあり、見てみた。一番好きな女性の俳優は、たぶん、キャメロン・ディアスなので(^^;。


コメディ調のスパイものアクション映画。こういうのは、この人は得意だから、いかにもな復帰作だなと思った。「ナイト&デイ」とか、「チャーリーズ・エンジェル」とか。
世界中の重要施設の制御が可能になるマスターキーを、悪党から盗み出した男女ペアのスパイが(その片方がキャメロン)、脱出に使った飛行機の中で襲撃され、脱出して生き延びたものの、飛行機は墜落して爆発。その状況を利用して自分たちは死んだことにして、スパイから足を洗って、一般人として夫婦で生活していたけれど、15年後にうっかり生きてることがばれて襲撃される。
2人には思春期の2人の子供がいて、気持ちが通じ合わない苦労を抱えていて、みたいなことも重要な要素になっていて、そこに(やはり気持ちが通じ合っていない)キャメロンの母も絡んで、その辺のいきさつが話に深みを付けている。親子ものでもある、というあたりが。
もっとも、その辺も悪くないけれど、やはり一番の見どころは、キャメロン(と共演のジェイミー・フォックス)の演技。アクションはキレてるし、テンポの速い掛け合いも達者で、見ていて楽しく、引き込まれた。
全体的に豪華さを感じる絵作りだし、アクションの場面も豪快で華々しくて、家のテレビの小さい画面で見てるのがもったいないと思うくらい。映画館で観たいと思った。大きいテレビを持っていればいいんだろうけど。
それにしても、気楽に見れるこういう映画って、久々に見た。まあ、近年、映画自体をあんまり見ていないから。こういう映画の楽しさを、久々に味わった感じ。
なお、結末は、続編を暗示してるようにも取れるけど、どうなのかな。この作品の評判次第でありうるのかな。

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「フェラーリ」

避暑目的で見に行った映画。
そういう理由だったので、あまり神経に触るような映画は見たくなかった。ホラーやシリアスなサスペンスは論外だし、感動系、家族ものとか、ほのぼの物とかは、元々、かなり嫌いだし、消去して残ったのがこれだった。

でも、悪くない選択だった。フェラーリの社長だったエンツォ・フェラーリが、1950年代の後半に陥った苦境を描いたもので、出てくるのは因業なイタリア人とか、カーレースに取り憑かれてるイカれた人たちばかりだから、自分とほぼ接点がないので、共感とかの余地がなくて、気楽に見れた。
一方で、人物同士の駆引きとか、話の回し方とか、惹き付けられる要素はいろいろあったから、十分楽しむことも出来た。
どこまでが史実通りなのかは知らないが、一応、伝記映画的なものらしい。
あちこちにわざとらしいフラグ的な場面があって、やっぱりそうなるんだな、みたいに思いながら見ていたけれど、それも愛嬌ということで。

なお、当然スポーツカーが走る場面が多いし、迫力はあったけれど、車にはあんまり興味がないので、その辺の魅力はそんなにはわからない。あと、事故の場面を見るのが怖いので、日頃、レースの中継とかはほぼ見ない。そんな人間が、好きこのんで見に行く映画だったのか?、ということになるけど、上述の通り、消去法で残った映画だったのでねえ…。
そういうことなので、クライマックスのミッレミリアとか、無茶なレースだなあ、なんか起きそうだなと思って、少しドキドキしてたが、やっぱりそういうことになるんだなという感じだった。そんなにどぎつい見せ方にはなってなかったんで、そんなには堪えなかった。


ペネロペ・クルスが演じてたラウラが、いいキャラだった。

2時間を超える長めの上映時間も含め、自分にとっては、避暑という目的には合った映画だったと思う。

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「ボブ・マーリー ONE LOVE」

ボブ・マーリーが主人公の映画。

ジャマイカで既に有名なミュージシャンだったボブ・マーリーが、暗殺されかかったことをきっかけにジャマイカを離れ、ヨーロッパでも名声を獲得した後、若くして亡くなるまでを描いている。もちろん記録映画ではないので、必ずしも正確な史実が描かれているわけではないと思うが、そのへんのいきさつを、ざっくり知るには悪くない映画だったと思う。
有名なマーリーの曲が、おおむねさわりだけとはいえ、次々流れて来るので、そういう楽しみもあった。そんなによく知らなかった歌詞を、翻訳された字幕で読むことが出来たので、そこからの発見もあった。
いかにも「ボヘミアン・ラプソディー」以降の映画だな、とは思ったけれど、それはそれとして、断片的にしか知らなかったボブ・マーリーという人物を、少し詳しく知ることが出来たのは良かったと思う。
愛と平和を歌った人というイメージではあるけれど、その背景でもあるラスタファリというものの宗教臭さは、自分には受け入れにくい(それ以前に、よくわからない)ものだった。その部分も、あらためて確認出来た気がする。ただそれでも、背景はどうあれ、歌詞そのものが持つ意味や、それを歌ったマーリーの感情に、普遍性はあるのではと思ったし、彼の歌が、純粋な「愛と平和」のイメージの中で歌われるのも、間違いではないんだろうとも思う。

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「ストップ・メイキング・センス 4Kレストア」

トーキング・ヘッズの1983年のライヴを映画化した1984年の作品が、今回4Kレストアされて公開されたもの。
トーキング・ヘッズはリアルタイムだった当時、興味の対象外だったし、1984年版の映画も、存在は知ってたが見てないのだけど、近年、1980年代のMTVとかを見ていたりするうちに、いまさらトーキング・ヘッズやデイヴィッド・バーンに関心が出て来た。2021年に公開された、デイヴィッド・バーンのステージを映画化した「アメリカン・ユートピア」も見に行ったことだし、と思って、これも見に行った。

格好いいライヴ映画だった、と思う。最初はほとんど何もない所に、デイヴィッド・バーンが一人で出て来て、「サイコ・キラー」を歌うとこから始まって、そこから次第にセットが増えて、メンバーも増えていくという構成とか、そういう舞台の趣向も面白かったけれど、格好のいい音楽が、とにかく楽しかった。IMAXで観たこともあって、実際のライヴを見るのに近い音を聞くことも出来たんだろうと思う。とりあえず音量はでかいし。
こういう形で聴いてみると、家でテレビなどで聴いてるのとは、だいぶイメージが違った気がする。でかい音と強いリズムで、ずっとアグレッシヴな印象を受けた。もう少し飄々としてるイメージだった。全然分かってなかったんだなと思った。こういう方向性の音楽なら、むしろなおさら好きかもしれない。

「アメリカン・ユートピア」は、かなり思想性の強い、考えさせる映画だったけれど、こちらは単純に音楽を体感する映画と考えていいんだろう。なにせ「ストップ・メイキング・センス」なんだから。意味を考えるのをやめろ、みたいなニュアンスのはずだし。
(ちなみに映画の中での字幕では、この言葉は「意味はない」みたいな訳し方をされていて、それはちょっと意味合いが違うのでは、と思ったが…。映画の字幕なので、短い文章にしないといけないし、仕方ないんだろうけど)
とはいえ、そもそもがだいぶ抽象的な歌詞の上に、字幕は内容に省略が多いこともあって、より分かりにくくなっているから、見ていて、どうしても意味などをいろいろ考えてしまったけれど、初心者でもあることだし、それはそれでいいんだろう。

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「恐竜・怪鳥の伝説」

去年の6月にMXTVで放送してたのを録画してあった。やっと見た。
見ている最中に能登の大地震が起きて、一旦中断したが、ある程度状況が見えた所で続きを見始めて、最後まで見た。まあ、その程度の見方でも、そんなに問題ない映画ではあった。

1977年の東映の特撮映画。富士の樹海で怪生物が目撃され、恐竜の生き残りが居るという説を唱えながら、認められることなく亡くなった古生物学者を父に持つ主人公が、調査に乗り出すという話。
公開当時から存在は知ってたけれど、あまり知名度の高い映画でもないし、見る機会がここまでなかった。今回見て、理由は分かった。珍作の部類に入る映画だと思う。
怪獣映画かと思っていたが、どちらかというとパニック映画。映画の作り的に、「ジョーズ」やその系統の映画によく似ている(それこそ「ピラニア」とか)。ショッキングな場面の入れ方とかが特にそんな感じ。
登場人物や話の作りが、いかにも東映らしく、出演者も主演の渡瀬恒彦を始め、東映のヤクザ映画で見るような感じの人物だらけ(知識がないのでよく知らなかったが、実際にそうらしい)。ただ、見慣れた東宝の怪獣映画にない新鮮さがあって、お高く止まっていない日常感があったと思う。その辺が東映らしさかな。そういうわけで、それなりに楽しんでは見たけれど、ストーリーや特撮部分が、チャチで雑な所は、さすがに目をつぶれないレベルだった。この先、どうなるんだろうと思わせる所で、あっさり話が終ってしまうのも、尻切れトンボ感。
まあ、正月にだらだら見るのに、ちょうどいいくらいかもしれない。
テーマ曲が結構格好いいと思ったけど、歌っているのは「紫」のメンバーだった人のようで、なるほどという感じ。もっとも、紫って、バンド名は知ってるけど、聴いたことはないんだが(^^;。聴いてみようか。
ちなみに、この音楽が内容に合ってないという感想を見掛けたけれど、こういう内容でこういうテイストの音楽を付けるのが70年代だったと思うし、そういうところも含めて、自分は70年代特撮の子なのでね。

しかし、これは自然災害を題材にした映画でもある(実際には、その部分は、ほとんど描かれないが)。能登で大地震が起きた時、これを見ていたということは、忘れることはないんじゃないか、という気がする。

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「アステロイド・シティ」

ウェス・アンダーソン監督の映画。この監督の「フレンチ・ディスパッチ」を、昨年の初めに、たまたま見に行ったら、ずいぶん面白かったので、その流れでこれを見に行くことになった。

複雑な構造の映画で、基本的には、1950年代を舞台にした、砂漠の中の小さな町(アステロイド・シティ)に、イベントであちこちから人々(みんな変な人たち)がやってきて、謎の宇宙人も一瞬立ち寄って、ドタバタ騒ぎが起きる、みたいな話。ただ、これはテレビ向け?の舞台劇だと、最初に宣言されていて、映像自体、極端に作り物的な背景だし(CGが多用されている)、合間に度々、制作風景みたいな場面も挿入される。メインのストーリーも、飛び飛びで進んでいく。
この辺の多重構造が、なかなかうまく頭に入って来ないので、どういう風に話がつながっているんだろうと考えさせられて、かなり混乱させられたし、全体の構図を十分理解した上で見れていたとは思えない。また、そうなった理由の一部は、この映画の構造について、冒頭にナレーションで説明が入っていたのだけど、文字数に限界のある字幕では、その説明を十分に訳しきれていなかったからでは、という気がする。こういうタイプの外国語映画の難しさだと思う。
なので、十分に楽しめたとは言い難い。ただ、比較的短いシーンの積み重ねで作られていて、一つ一つの場面は、独特なセンスの短いコメディとして作られているので(モンティ・パイソンぽさは感じた)、個々の部分はそれなりに楽しめた。面白く見れたとは思う。
ただ、「フレンチ・ディスパッチ」も構造は複雑だったけれど、もう少し、理解しやすかったから、あちらほどは楽しめなかった。

アメリカの50年代に対する視点とか、題材として取り上げているいろいろなものに対する批評、というか、おちょくりとか、気になるポイントはいくつもあるのだけど、それを掘り下げて考えるには、やはり映画全体の理解がもう少しないと無理じゃないかな、という気はする。そういう意味では、まずまず面白かった、以上の感想は、ちょっと書きにくい。何度も見返さないと、ダメな映画かなと思った。だからといって、見返すかというと、そういう機会はなさそうだけれど。

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