「ゴッホ 最期の手紙」

上野TOHOシネマ。11/3に付き合いで見に行った。
新聞の広告では11/4から公開となっていたのに、ネットで予約出来ちゃったというので、11/3に行ってみたら、どうやらこの映画館のプレオープン日で、正式には11/4から開業だったらしい。
ちなみに、映画館が入っているビル自体が、そういう位置付けだったらしい。パルコ系の「パルコや」というデパートも入るが、ここもプレオープンだった。ここは、入り口で入館制限を掛けていた割には尻抜けで、映画館から回り込んで入れるようになっていたから、ぐるっと回ってきた。ちょっと狭くない?という感じではあった。まあ、そもそも、自分がわざわざ上野まで買い物に行くような店ではないから、どうでもいいんだが。

映画館は普通に営業していた感じ。若干、プレオープンぽい不手際感もないではなかったけど、映画を見ることそのものには、特に問題はなかった。ただ、正式に開業した後の休日の夕方だったら、あんなにのんびりした客の入りではなかったんじゃないかな。

映画自体は、ゴッホが謎めいた状況で死んだ謎を追うという内容。ただ、どちらかというと、内容よりも手法が重要で、ゴッホの有名な作品を映像として取り込んで使うアニメーション映画。それをやるために、100人以上の画家を参加させて、セル画の代わりに油絵を使って、アニメを作っている。だから、ゴッホの絵が動いているように見える、非常に独特な映像になっている。単発の企画で、こういう映像が作られていることは過去にもあると思うけれど、長篇アニメ全編が作られているってのは、あまり例がないんじゃないかな。
見てみると、必ずしもゴッホのタッチとは言い切れない、実写に近く見える映像も半分近くあったし、油絵を動かしている部分も、結構CGでつないでいるのかな、と思ったんだが、後で制作手法を解説した記事を読んだら、俳優が普通に演技した映画をまず制作した上で、それを絵でトレースしたのだそう。CGは使われているが、ベースの映画の方での使用ということで、実際の作品は、あくまでも絵を撮影したものらしい。

ストーリーについては、印象的な部分もあったとはいえ、まあ、こんなもんだろうな、という範囲の内容。ほぼ事実に基づいていると思われ、あまり無理な演出はしていない。だから、それほどドラマチックな造りにもなっていない。
とはいえ、基本的には、特異な手法の映像を見ることが出来たという点だけでも、納得できる映画だったと思う。
(2017.11.3)

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「ワンダーウーマン」

9/7に見に行った映画。
アメコミのスーパーヒーロー(ヒロイン?)もの。昔昔、テレビドラマや月刊スーパーマンでの掲載を見ていたから、ワンダーウーマンには、他のアメコミヒーローよりも親しみがある。日頃、あんまり見に行かないタイプの映画だけど(というか映画自体、近頃、大して行かないが(^^;))、見に行ったのは主にそういう理由。

面白かったと思う。
アクション映画としては、生身で戦ってる感が結構強くて(まあ、ああいうコスチュームだからね)、CGだなあ、というつまらなさが薄くて良かった。もちろん、実際はCGなんだけどさ。
主人公のワンダーウーマン(ダイアナ)が、あくまでも格好いいヒーローだったところも良かった。女性だからといって、男に弱味を見せない。第一次世界大戦時のヨーロッパが舞台だから、ばりばり男性優位な背景だけど、そういう中で、ダイアナは周囲が納得するしかない力を示すことで、ごく自然にヒーローになっていく。

ただ、「正義の味方」が一方的にイギリス・アメリカに味方しているように見えちゃう部分があって、そこにいくらか違和感はあった。
細かく見れば、少なくとも目の前の悲劇に関しては、ドイツの中にいる一部のとりつかれた人間に問題があるのであって、ドイツ人そのものが悪なのではない、という描き方になっている、とは思うんだけど、印象としてはあんまり強くない。
ヒーローものなので、どうしても絶対的な悪を相手にしないと話が進みにくい構造があり、アレスという背後にいる敵役は設定されている。ただ、かなりリアルな戦争ものとしても作っているし、そうした戦闘の場面で戦う相手は普通にドイツ軍だから、やっはりドイツ=悪という感じになってしまう。
ヒーローものにはよくあることではあるけれど、作品のテーマが、「人間」は本質的に悪なのか?、というあたりまで踏み込んでいる以上、簡単に、よくあること、で、済ませていいことでもない気がする。作品としても、かなり気を遣っている気はするんだが、やっぱり難しかったのか。

そういえば、「トレインスポッティング」のスパッド(ユエン・ブレムナー)が出ていたな。まるっきり同じようなキャラという感じだった(^^;。

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「ゲット・ショーティ」

2005年製作の、エルモア・レナードの小説の映画化。
ずいぶん前(10年は経ってないと思うが)にDVDが安売りされてるのを見掛けて、そういや、劇場で見なかったなと思って、買ってあったもの。見ないまま放ってあったが、先日、原作を読み返したことでもあり、ついに見てみた。

内容は、かなり原作に忠実。
ジョン・トラヴォルタが主人公のチリ・パーマーをやっていて、これは見事にはまっている。原作そのものだと思う。それ以外のキャスティングに関しては、大物俳優マイケル・ウィアをジョン・デヴィートがやってるのは違和感があった。背が低いのは設定通りだが(タイトルの「ショーティ(チビ)」は、彼のことを指している)、これじゃあ最初からギャグにしかならない。格好いい大物俳優だけど意外に背が低いという落差が、この人物のキャラを作っているんじゃないのかな。小説を読んでた時のイメージは、トム・クルーズあたりだった。デヴィートじゃあ、全然意外性がない。ただ、プロット的には、そこはそんなに問題はない気はする。

でも、正直、いまいちな映画化だったと思う。癖のある登場人物たちが繰り広げる駆け引きが、原作小説の面白さだけれど、それをうまく表現出来ていない。そもそも映画では、個々の人物の思惑を細かく説明するのは難しいだろうし、そういう面白さを表現出来る形式なのかな?、とも思う。表面的には原作のストーリーをかなり忠実に追っている分、かえって、これではこの場面の意味が十分伝わらないんじゃないか、と感じる部分が、随分多かった。
チリがはまって見えるのは、この作品は彼の動きを受けて、周囲の人間があれこれ考え始めるという構造の話なので、彼だけは外側から行動を描くだけで足りるキャラだから、という理由かもしれない。他の登場人物については、なぜそういう行動をするのか、というあたりが、もう少し分かるように描かれないと厳しい。

もっとも、原作を読んでいなければ、それなりに納得して見れる映画だったのかも。ややこしい話が、かなり単純化されてるのは確かで、ここにはこういう背景が、ということを意識せずに見れれば、これはこれで軽いコメディとして楽しめるのかもしれない。そこはよく分からない。ただ、映画化作品としては、あまりいい評価は出来ないと思った。

そういえば、「プロント」に登場したジミー・キャップの名前が冒頭に出て来て、あれ?と思って原作を確認したら、原作でも出ていた。「ゲット・ショーティ」では名前だけがちょろっと出てくる程度のキャラなので、覚えていなくても不思議はなかったかな。少なくとも、この2作の背景は同じらしい、ということに気付けたのは、この映画を見たおかげだね。

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「T2 トレインスポッティング」

そういうわけで、「2」も見た。

前作の20年後という設定(映画自体の製作も20年後)で、主人公(レントン:ユアン・マグレガー)が、前作の最後で逃亡したオランダからエジンバラへ戻って来る所から始まる。前作で彼が裏切った仲間たちと再会して、いろんなことが起きていく。

前作ではレントンのナレーションも入っていて、彼の一人称の映画という感じだが、「2」はナレーションはなく、レントンと彼の仲間たちの4人が比較的均等に描かれていく。前作はレントン個人に主に焦点が当たっていたのに対して、今作は、あれから20年経って、中年になった男たちが、それぞれどう生きて来て、これからどう生きていくのかを考えていく映画。描かれる対象が複数になった分、人によっての生き方の違い、振幅の大きさが見えてくる。その中には、悲惨な人生を送っている人間が、なぜそういうことになっているのかという点について、社会の在り方と関連付けて、より説明的に描かれている場面もあって、前作との違いを感じた。もしかしたら、20年経った今では、昔だったら理屈抜きの常識だった背景が、今の観客には説明がないと見えなくなっている、みたいな事情があるんだろうか、と思った。

レントンが舞い戻って来ざるを得なかったことなどから、結局、人は生まれた環境から完全に逃れることは出来ない、ということを言っているようで、ちょっと物悲しさを感じる。前作の結末でレントンは、仲間と共同で麻薬取引で稼いだ大金を、一人で持ち逃げして、新しい人生に踏み出していく。映画の冒頭ではバカにしていた堅気の生活へ踏み込んでいこうとするんだが、とにもかくにも、まだ見ない未来への希望みたいなものを感じさせる結末になってはいたと思う。それにくらべて、今作には諦めがにじんでいるような気がする。ブルガリア娘やベグビーの息子の描き方を見ると、若者には未来がある、と言っているようでもあるけれど、少なくとも中年のオッサンにはそんなものはもうなくて、ノスタルジックに過去を懐かしむのが関の山、という感じ。それでも、スパッドには未来があるんだろうか(それを匂わせるような結末ではある)。レントンとシックボーイとベグビーにはなさそうだけど。

映像と音楽の格好良さは前作同様。というか、前作では結構貧乏くさい雰囲気もあった映像が、今回は大幅にスケールアップしてる感じだった。スコットランドの観光映画的な要素も意識されていた気がする。

前作から引用されたシーンが非常に多いので、復習しておいて良かったと思った。前作を知らなければ知らないなりに、面白く見れる映画ではあると思うけれど、知っていた方が、圧倒的に楽しめる箇所は増えると思う。

久々にロバート・カーライルを見て、すっかりジジイになったなあ、と思ったけど、それは自分も同様(^^;。

オフィシャルサイト

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「トレインスポッティング」

4/5にCATVで見た。「2」が公開されるということで、見に行ってもいいかなと思っていたが、昔、間違いなく一度見ている(ただし映画館じゃなくて、ビデオかCATV)前作の中身を、ろくに覚えてないことが発覚。折しも、そういう人向けに、CATVで放送があったので、見てみることにした。

エジンバラを舞台に、平凡な日常を拒否して刺激を求め、子供の頃から仲間だった連中と、ヘロインと犯罪漬けの日々を送る主人公の話。話の中身も、スピード感とユーモアと哀愁が漂っていて面白いけれど、映像や背後に流れるロックの格好良さが魅力。
見直して、十分面白かったし、「2」へ行こうというモチベーションは高まった。

主演はユアン・マグレガーだけど、切れやすくて暴力的な主人公の友人(ベグビー)の役でロバート・カーライルが出ている。この俳優は大好きなので、出ている映画をいろいろ見てるが、何か勘違いしていて、この人物がこの映画だったことを忘れていた(^^;。見直そうと思うきっかけになった最大の理由はそれ。
ロバート・カーライルは、これと似たような役を結構よくやってるけれど、多分、一番強烈なのがこれだな。というか、このベグビーが強烈過ぎて、こういう役がやたらと回ってくるようになったんだろうな。気の毒なような気もする。

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「キングコング 髑髏島の巨神」

抽選で当たった試写会に行ってきた。3D吹替版という、自腹なら絶対行かない版だけど、タダだから(^^;)。

人工衛星が発見した謎の島に探検隊が乗り込むと、そこには巨大な類人猿=コングが居たという話。
とにかくコングが格好いい。序盤に米軍のヘリを次々叩き落とす場面があるが、ここの暴れっぷりが素晴らしい。そのあと、次第に彼の性格が見えてきて、いよいよ格好良さが浮かび上がってくる。
謎の島にはコング以外の怪獣もいろいろいて、まさに怪獣島という感じ。最後は巨大なトカゲみたいな怪獣とコングの決戦になり、まさに怪獣プロレスみたいな闘いが繰り広げられる。バットやチェーンも出てくるからな(^^;)。
やっぱり、怪獣映画ってこうでなくちゃと思った。アメリカ版ゴジラと同じ製作者だけど、彼らには怪獣に対する愛があるなあと思う。それに比べて、「シン・ゴジラ」はクソだったなあ、とも改めて思った。

ちなみに吹替は最初は違和感があったけど、だんだん気にならなくなった。ただ、比較的後ろの席で見ていたので、画面が小さくて、それもあって、テレビで吹替の映画を見てるような気分になってたような気もしないではない。もうちょっと前の席で、大画面で見た方が良かった気がする。
3Dは、いかにも3D効果を狙った演出が目についたものの、やたらと手前に飛び出してくるようなあざとい場面は案外少なくて、自然な使い方がされていた気はする。それにしても、敢えて3Dで見る必要はないなあ。画面さえでかければ、2Dで十分と思った。
もう一度見に行くかもしれないけど、その時は、2D字幕版だな。

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「ナイスガイズ!」

70年代末のロスアンジェルスを舞台にしたコメディタッチの私立探偵物映画。酒浸りでシングルファーザーの私立探偵(ライアン・ゴズリング)と、13歳のその娘、そして依頼を受けて人をぶん殴るのを商売にしている男(ラッセル・クロウ)の3人が、連続怪死事件に巻き込まれる話。このタイトルで、ナイスガイじゃなさそうな人間が主人公というところが、面白そうに思えたので、見に行ってみた。

70年代末の音楽とか風俗とかがテンコ盛りで、とても懐かしい雰囲気。音楽以外は、直接体験してるわけではないけど、あの頃見ていたアメリカのテレビドラマや映画を思い出すから。
多分、そういう気持ちを誘発するマニアックな仕掛も、映画の中に色々組み込まれているんだろうけど、自分はそこまでディープじゃないから、あんまり反応出来なかった。それでも、十分楽しめたが。(たとえば、EW&Fがパーティーで演奏してる場面があったが、本物のわけはないよなあ。そっくりさんか?)

とても笑えて、面白かった。ただ、今の時代にこれを作る意味はどの辺にあるんだろうとは思った。今のアメリカには、70年代を懐かしむ空気があるんだろうか。背景には自動車による大気汚染の問題が置かれていて、それはいかにもあの時代なんだけれども。

それぞれ問題を抱えた大人2人を、頭が良くて気が利いてる娘がサポートする構図を見ていて、漠然と「がんばれベアーズ」を思い出した。映画を見た後に読んだ映画評の中に、この子役(女優?)について、テイタム・オニールの再来、みたいなことを書いているのがあって、似たようなことを考えたのかな、と思った。
キム・ベイシンガーが、チョイ役だが重要な役どころで登場していた。久々に見たけど、老けても相変わらずキレイだなと(^^;

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「デヴィッド・ボウイ・イズ」

天王洲アイルでやってる同じタイトルのデヴィッド・ボウイ回顧展に連動して、公開されている映画。ロンドンの美術館でこの展覧会が開催された時の記録映画。

ぶっちゃけ、デヴィット・ボウイは元々守備範囲外なので、お付き合いで見に行った以上ではなかったんだけど、かなり楽しめたし、興味深かった。

日本でのファンは、だいぶ限られた一部のマニアックな人というイメージがあるけど、この映画を見てると、(少なくとも)英米ではもっと広い層に受け入れられているポップスターという感じがする。そういう乖離は、多分、欧米で人気のあるミュージシャンやアーティストの大半には、多かれ少なかれ言えることなんだろうと、日頃から思っているけど、ボウイのようなタイプは特に大きいんじゃないかな。多分、日本の中に居るだけでは、彼の存在の本当の大きさは分からない。それはどうしようもないだろうと思う。

ただ、こういう既成の価値観に縛られずに、自分のオリジナリティを追求する、尖ったタイプの人間が広く受け入れられる土壌は、そもそも日本にはないような気がする、とは思った。
もちろん、俺はイギリスの現実を知っているわけでもないし、社会の成り立ちとかにも関わることなので、そんなに単純に言い切れることでもないだろうと思うんだが。
たとえば、イギリスは日本よりもずっと階級の概念が厳しい社会で、それがいろんな物の考え方に影響してる、というイメージを持っている。「ボウイは下層階級のヒーロー」的なニュアンスのコメントが、映画の中で流れていたが、その辺はイギリスの階級意識と切り離せないことだと思う。
(でも、もしかしたら、日本の社会で似たような立ち位置にいる人物として、ビートたけしが案外近いんじゃないか、という気が、だんだんしてきた(^^;。もちろん、やってることも、思想も違うとは思うけど)

そういうボウイのキャラクター的な部分と、社会での受け入れられ方が、興味深かった。

ちなみに、音楽映画的な要素は薄かった。何曲かのサワリを流して、あとはほぼBGM的な扱い。元々、守備範囲外で、あんまり作品を知らないから、そこはちょっとハンデだったと思う。特定のアルバムや曲にまつわる話になっても、元を知らないからねえ。ただ、その分、それ知ってる、みたいな感じにならなかったから、映画の中での解説が素直に頭に入った面はあるかもしれない。

それにしても、回顧展とはいっても、ロンドンでこの展覧会が開催されて、映画が製作された時点ではボウイはまだ生きていて、映画の最後の方には、美術館のキュレーターが、今後作られていく作品群にも期待しています的なことを喋るくだりがある。まさか、こんなにすぐいなくなってしまうとは、思いもしなかっただろうなあ。

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「この世界の片隅に」

太平洋戦争下の広島と呉での日常生活を描いたアニメ映画。
凄く当たっているというのと、複数の思いがけない筋で評判が良かったので、どういう映画なんだろうと思って、見に行ってみた。内容の紹介を見る限り、そんなにヒットしそうな映画には思えなかったので。

見てみて、日常が戦争で不条理に破壊されていく過程を、うまく描いていて、よく出来ていると思った。抑え気味で、必要以上に刺激的な描写をしない所も好感が持てたし、その分だけ、ひとつの破滅的な出来事をきっかけに、主人公が暗転していく所も、印象が強かった。

ただ、この映画がヒットしている理由は、やっぱりよくわからなかった。広い範囲で人気が出そうな要素は、これといって見当たらないような気がするんだけれども。良い出来の作品というだけでヒットしているんだとしたら、結構凄いことのように思える。
3.11の関連でヒットしているという分析は見かけたし、監督のインタビュー(http://www.inside-games.jp/article/2016/12/31/104470.html)を読むと、そこにも3.11を意識した話があるから、そういう流れで、こういう映画が求められている面があるのかな、とは思った。

そういえば、国産のアニメ映画を見に行ったのは、20年ぶりくらいだった。
(前回は多分、一応、いしいひさいちが原作なので見に行った、「となりの山田くん」)

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「グレート・ミュージアム ハプスブルグ家からの招待状」

ヒューマントラストシネマ有楽町で見た。初めて行った映画館。ビルの4階だけど、エスカレーターで上がって行く途中、1階のパチンコ屋のタバコの臭いがずっと付いて来て、あんまり快適じゃなかった。映画館の中は、さすがにそんなことはなかったが。

オーストリアのウイーン美術史美術館のリニューアルオープンまでを描いたドキュメンタリー映画、だったらしい(^^;)。実は内容をあんまり理解せずに見に行ったので。

見たくせに、なんで「らしい」なのかと言えば、リニューアルまでの作業のあれこれを淡々と、ほとんど脈絡なくつなぎ合わせただけ、みたいな感じの構成だったから。ナレーションはないし、わざとらしい説明的なセリフもほとんどないから、何が映されているのかは、ほぼ自分で汲み取るしかないように思えた。
説明過剰気味で押し付けがましいテレビのドキュメンタリーぽいのを見飽きてる身からすると、新鮮ではあったけど、さすがにもうちょっと説明があった方が親切なんでは、とは思った。でもヨーロッパのドキュメンタリーって、こういうもんなのかな?

美術館のリニューアルを描いてる割には、美術品そのものには、あまりスポットが当たらない。教科書にも載るような、有名な絵画が何点も、ちらちら画面には写り込むんだけど、おおむね背景として映るだけ。主に描かれているのはスタッフがどうやって美術館を運営しているかという部分なんだけど、これがいかにもつましい話の連続。予算はないし、とにかく客が呼べる仕掛けや企画を考えないと、という涙ぐましい努力を重ねている(そこまで悲愴感はないが)。オーストリアの有名な国立(話の流れからすると、そうだと思う)美術館でも、そんなもんなんだなあと思った。

美術館の美術品の取り扱いが結構ぞんざいに見えたのは案外だった。日本が神経質過ぎるのかもしれない、という気は少しした。日本の美術品は西洋の油絵よりはるかに壊れやすいという意見は聞いたし、それはあるのだろうけど、日本人が過剰に丁寧な作業をするってのも、よく見聞きすることだし。それが評価につながる場合もあるにはしても。
ただ、工芸品を支えもなしに置いとくだけで展示出来るのは、やっぱり地震がない地域だからだろうな。

公式サイト

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