「レスリー・ニールセンの裸の石を持つ男」

死蔵していた録画ビデオを発掘した。タイトルにレスリー・ニールセンと入っていたので録画したけれど、見ないまま放置していた。
レスリー・ニールセンで「裸」なので、どうせ便乗タイトルの映画だろうと考えてはいたけれど、ここまでとは、と思った。レスリー・ニールセンは、そこそこ重要な役どころとはいえ、あくまでも脇役だし、内容もコメディではあるけれど、それほど破壊的なものではない。

カーリングを題材にした、2002年にカナダで制作されたスポーツコメディ映画。だから「石(ストーン)」なんだが、原題はMen with Broomsなので、「ホウキ(ブラシ)を持つ男」の方が原題には沿っているんじゃないかな、と思う。
話は、10年前に大会で優勝する寸前に、自チームが犯した反則を申告する勇気がなかった「スキップ」が逃亡して崩壊したチームが、コーチの死をきっかけに再結成して、再び大会に挑むというもの。舞台はカナダの地方都市。
ちなみにレスリー・ニールセンは「スキップ」の父親で、再結成したチームを鍛える、往年のカーリングの名選手という役どころ。変なジジイなのは間違いないが、まあ、変わり者、くらいのレベルじゃないかな。
ナンセンスなドタバタの要素はあちこちにあるが、あくまでもほのぼのしたヒューマンコメディの枠内という感じで、爆笑というほどではなかった。それでもたのしく笑って見れる映画ではあった。

この映画を見ると、カーリングというのは、カナダでは土地に根付いた、結構メジャーなスポーツらしい。日本でも、北海道あたりでは、そうなりつつあるんだろうか?
(2020.8.1)

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「21世紀の資本」

6/13に見に行った映画。  公式サイト 

ベストセラーになった、経済的な格差の問題を扱ったトマ・ピケティの同名の本をベースに作られたドキュメンタリー映画。18世紀頃からの歴史をたどって、時代ごとの経済的な格差の構造を解説した上で、現代の急速に拡大しつつある経済格差の問題を論じている。
映画館が休止になる前の3月に、ちょっと興味を惹かれていた。映画館の再開後、まだ上映が継続されていたので、見に行ってみる気になった。

原著はかなり分厚いものだし、そもそもがデータを丁寧に集めて検証したところに、ピケティの功績があるということなので、しっかり内容を理解するには、多分、本で読んだ方がいいのだろうけど、結構大変そう。一方、この映画は、どこまできっちりピケティの主張が伝えられているのかは知らないが、かなりわかりやすかった。各時代の映像作品やポピュラー音楽などをふんだんに使っていることもあり、直感的にも頭に入りやすい作りになっていたと思う。

全体的には(もしかすると原著のダイジェスト的な内容になっていて、その影響もあるのかもしれないが)、主に英仏米の状況が論じられている印象で、アジアなどの諸国や、ヨーロッパ内でもドイツやスペインについては、あまり細かく取り上げられていないと感じた。ただし、少なくとも現在の状況についての解説は、今の日本の状況も的確に言い表していたという印象。
20世紀半ばに一旦は縮小に向かった格差が、現代では急速に拡大していることに対し、この映画は、そのメカニズムを解析しつつ、それは世界を破綻に導く方向だとして、富裕層への課税の強化など、政府による介入の必要性を主張する。非常に納得できる理屈なのだけど、(日本やアメリカは言うまでもなく)世界の多くの国の政府が、富裕層の便宜を図ることばかり考えている現在、それが実現に向かう可能性はあまり高くはなさそう。もちろん、民主主義国家であれば、国民がそういう状況を是正する行動を起こせばよいはずだけれど、少なくとも日本では、なぜかそういう動きに力強さが感じられない。もしかしたら、今のCOVID19流行による社会の変化が、今までと違った流れを生み出すかもしれないが、とりあえず動きを作り出すには、そういう風に考えている人たちが、しつこく言い続けて広げていくしかないだろうなと思う。

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「白い暴動」

6/6に見に行った映画。映画館に行ったのは、3/15以来で、3ヶ月ぶり。もっとも、日頃から、それほど頻繁に映画館へ行ってるわけではないので、これくらいのインターバルは、それほど特別なことではない。
ただ、この映画に関しては、COVID19の影響で映画館が休館する可能性があるということで、4/8に見に行こうとしていたところ、ちょうどその日から休館になってしまって、見れなかったという経緯があった。先週、映画館が再開されてこれが続映になっていたのは有り難かったし、これは見に行かないと、と思った。

1970年代の後半、経済的に低迷していたイギリスで、NF(国民戦線)を中心にしたレイシズムが力を持ち、有名なロックスター(エリック・クラプトンとか、デヴィッド・ボウイとか、ロッド・スチュアートとか)までもが公然とレイシズム的な言動をするような状況になった。これに対抗して立ち上がったRock Against Racismの運動を、ドキュメンタリーとして描いた映画。
当時のRock Against Racismやパンクの事情に、自分が大して通じてるわけでもないので、内容に対する理解が追いつくのかという危惧もあったのだけれど、見に行ってよかった。当時のイギリスのレイシズムの状況がよくわかったし、アンチレイシズムの活動が結実した、結末のライヴのくだりは感動的だった。でも、映画の最後にテロップが出るように、レイシズムとの戦いは、まだ終わった話じゃない。そうであることは、まさに今起きている、Black Lives Matterの運動が物語っている。そういう意味では、見るのが2ヶ月遅れた結果、タイミングが、ぴったり合ってしまったわけだけど。
描かれている内容が、今の日本を思わせる場面があちこちにあって、暗い気分にもなったのだけれど、そこはやはり、この時、イギリスで行われたように、日本でも、レイシズムやいろんな差別的な動きと戦っていかないといけない、ということなんだろうと思う。

それにしても、自分自身が1970年代の後半にイギリスに抱いていたイメージでは、経済があまりうまくいっていないにしても、音楽に関しては、もっとポジティヴなものが発信されていると感じていた。パンクが社会の混迷と連動しているという話も、聞いていないわけではなかったけれど、なにぶん、実感がなさすぎた。
結局、同じ国の中でも、レイシズムのようなものに自覚的で、戦っている世界と、そういうものに気付かず、無縁に過ごしている世界が並存しているということなんだろうと思う。それは今の日本を見ていても、容易に分かる。というか、こうした分断は日本だけの現象ではない、というのがよくわかった気がする。この映画は、気付いていない問題意識のない層に、どうやって気付いてもらうかが第一段階だと言っているように感じた。

それはそうと、映画の中でインタビューを受けている人物(Redだったかな)の背後の棚に、アフロ犬のぬいぐるみらしいものが見えていて、ずっと気になっていた(^^;。あれは本当に、アフロ犬だったんだろうか。

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「新聞記者」

去年公開された映画。公開当時に観に行こうかと思っていたが、タイミングが合わず、行きそびれていた。そもそも、今の政府を批判する内容の映画ということで、宣伝がろくにされず、上映館数も少なかった。しかし、そういう悪条件をはねのけて、かなりのヒットを記録した上に、日本アカデミー賞の主要な賞をいくつも取って、当初の上映時よりも多いという館数での凱旋上映が始まった。そういうわけで観に行った。

とはいうものの、テーマが重くて、だいぶシンドイ映画なんじゃないんだろうか、という懸念を持っていたけれど、意外にも、エンターテインメントとしての完成度の高いサスペンス映画だった。もちろんテーマは明確で、重い内容ではある。今の政府がやってきた、ろくでもないこと(森友・加計事件、詩織さん事件など)をモデルにした事件を描いていくことで、明確な政府批判の映画になっている。とはいえ、のんびり見ていられる映画ではなかったのは、テーマ性によるものというよりは、サスペンス映画としての完成度が高く、緊張感の高い映画だったからじゃないか、という気がする。
もちろん、「社会派」のサスペンス映画だから、テーマ性は完全には切り離せない部分ではあるけれど。切り離すことは、映画の製作サイドも望んではいないだろうし。
ちなみに、ドキュメンタリーではなく、あくまでもフィクション。そういう意味で、逃げ道はあるわけだし、これくらいの権力批判・社会批判の映像作品は、以前はそれほど特別なものではなかったと思うんだが(ちゃんと確認したわけではないので、あくまでも印象だが)、にもかかわらず、公開時に宣伝されなかったとか、俳優の出演交渉が結構大変だったとか(一方の主役の新聞記者を演じたのが韓国の女優さんなのも、その影響だったらしい。もっとも、怪我の功名というか、この起用によって、この映画はむしろ良くなっているように思える)いう話を聞いたのを思い出すと、今、この国は本当にあぶなくなっているのでは、と思えてくる。

主演男優賞を取った、内閣調査室勤務の官僚を演じた松坂桃李が、非常によい演技を見せていて、「シンケンジャー」から随分遠くまで来たなあ、と思って、しみじみした。韓国の女優さん(シム・ウンギョン)も主演女優賞を取っているが、日本語がそれほど達者ではないところを逆手に取った話作りで、日本の中だけで閉じない、作品のスケール感を出していた。これは監督の力だろう。
上げるところは上げていたが、全体として必要以上に劇的になりすぎない演出も、良かったと思う。ちなみに、監督賞は逃したが、作品賞は取っている。過去の受賞作品を見ると、この賞にどれだけ重みがあるんだか、と思わないでもなかったりするけれど、選ばれたこと自体が、この映画にとって、よいことだったのは間違いない。
おかげで自分も、凱旋上映で観に行けたわけだし。
(2020.3.15)

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「わたしは分断を許さない」

ジャーナリストの堀潤が監督した映画。
ちょっと見てみたいと思って上映館を確認したら、前から一度行ってみたかったポレポレ東中野だったし、他の条件もたまたま揃ったもので、見に行った。

世界中に広がる「分断」をテーマにしたドキュメンタリー。香港、福島の原発事故、日本の難民申請に対する冷淡な状況、沖縄の米軍基地、安田純平さんへのバッシング、ガザ、シリアなど、いろんな題材を扱っている。正直、盛り込みすぎな感があり、整理不足なようにも思えた。けれども、結論を提示するのではなく、今、こういういろんなことが世界で起きているのを見せる所に主眼があると考えれば、これはこれでありなのか、とも思いながら見ていた。
取り上げられた題材自体はどれも、自分にとっては、日頃、twitterのTLなどで見ている、馴染みのあるものだったのだけど、堀潤自身が現場で取材した映像という臨場感があるし、切り口も独自な部分があって、考えさせられた。
もちろん、こういうことを全然知らない人もいるのだろうし、そういう人たちに知ってもらいたいという意図も、製作者側にはあるんだろう。そういう人たちが、どの程度、この映画を眼にするのかどうかはともかく。そこに既に「分断」があるようにも思えるが。
ちなみに、「分断」というテーマ自体は、少しぼやけていたかな、という気がする。

映画の後、監督の舞台挨拶があり、その時の話から、盛り込みすぎ、整理不足と感じた部分について、なぜそうなったのかをうかがわせる背景が感じ取れた。特に、最初の構想では、これは福島の原発事故についての映画だったというところ。そう聞いてみれば、実際の映画の内容のバランスからも、それは感じ取れたように思う。現在のもろもろの状況を鑑みて、それだけで映画を作るのは難しいという制作サイドの意見を受けて、より広いテーマの映画にしたそうだけれど、それによって、いまひとつまとまりがなくなってしまったんだろう、と思う。オリジナルは6時間の長尺になってしまったのを、120分未満まで切り詰めたのだそうだし。やはりこれだけ多くの題材を扱って、この長さでは厳しい。
そのあたりのことがわかって、すっきり出来たのは良かった。映画の内容を書籍化もしているそうで、多分、そちらの方が監督の思いがより明確に描かれているのだろうし、読んでみようかという気がしている。

また、どことなく歯切れの悪さを感じた映画の中での語りよりも、ずっとストレートにメッセージを語ってもいたから、この挨拶は聴けてよかったと思った。

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「仮面ライダージオウ NEXT TIME ゲイツ、マジェスティ」

「仮面ライダージオウ」のスピンオフ、というかテレビシリーズの後日譚のVシネマ。映画館での先行特別上映を見てきた。

リセットされて再構築された2018年の世界で、普通の高校生をやっているゲイツの所に白ウォズが現れ、彼を仮面ライダーに変身させようとしたのを始まりに、ゲイツやソウゴたちの周囲が仮面ライダーの世界に引き込まれていく。
話の主筋は、ゲイツの熱血青春物語という感じで、ゲイツはまあ、本篇でそういうキャラだったしね、と思ったくらいだが、ソウゴが、ずっと出ている割には、何も分かってない脇役にすっきり徹しているのは、潔いと思った。あれで彼がもろにジオウになってしまうと、本篇のただのリピートになってしまって、つまらなかったと思う。
海東(ディエンド)が、士がいない所で主役みたいな顔をしてたのが、楽しかった。彼もディケイドがいると、なかなかここまでは出来ないだろう。
ゲストの元2号ライダー、伊達(バース)や照井(アクセル)たちが、元々の仮面ライダーに出演した時の役回りのままに、話に絡んでくるのも、なかなかよい感じだった。やってる本人たちも、楽しんでいるように見えたし。
エンディングは、いまいち出番が物足りなかったタイムジャッカー3人の扱いも考えると、次もあるんじゃない?的な雰囲気になっていたが、これくらい余韻を持たせて終わるくらいで、ちょうどいいような気もする。続篇があるなら見てみたい、とは思うけど。
それにしても、ジオウは楽しかったなと、改めて確認した。

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「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」

久々に見に行った、テリー・ギリアムの映画。
テリー・ギリアムは、個人的にモンティ・パイソンブームだった一時期、割とフォローしてたけど、もう20年くらい、映画を見には行ってなかった。今回、行く気になったのはたまたまで、もしかしたら、ギリアムがドン・キホーテの映画を作ろうとしてるという話を、フォローしてた頃に聞いた覚えがあったからかな。

学生時代にスペインの田舎の村で、地元の住民を俳優に使ってドン・キホーテの映画を撮った男が、映像作家として成功した10年後、たまたま村に戻ってきて、悪夢のような経験をする話。ただ、ストーリーそのものに、そんなに重要性はない気がする。
というか、ある程度、内容を思い出せるギリアムの映画というと、「未来世紀ブラジル」と「バロン」くらいだけど、あの辺もストーリーを追って見てはいたけれど、そこにポイントはないような気がしていたと思う。でも、じゃあ何がポイントかというと、よくわからない。具体的なテーマや主張を描いているわけでもなく、現実と虚構が入り交じる曖昧模糊とした、わかりにくい映画という印象だった。
この映画も同様だったので、そういう意味では、まさに自分がイメージしてるギリアムの映画そのものだったのかもしれない。そういえば、考えようでは、主人公のたどる道筋は、「ブラジル」の主人公にかなり似ているようにも思える。
しかし「ブラジル」では、これはどういう映画なんだろうと考える以前に、ビジュアルの華々しさで幻惑されたのだけど、この映画にはそういう要素は薄いと感じる。その分、これはどういう意味なのか、というようなことを、見ながらいろいろ考える余裕があったともいえるか。
ただ、ストーリーが全てではないと感じる、こういう映画を見るのは久しぶりだったし、映画そのものを、大した本数を見ていない昨今、この映画をきっちり受け止めて、あれこれ語るほどの知識を自分は持っていないな、という気はした。

それはそれとして、この映画には、モンティ・パイソンぽい場面が所々に出てきた。そもそもオープニングが、「And now」だったし。つまりはこれがギリアムの一貫した作風ということなのか、それともこれがモンティ・パイソンからの流れを意識した映画ということなのか、どっちなんだろう。そういうあたりも、ギリアムのこの20年くらいの映画を見ていれば、察しがつくのかなと思うのだけど、残念ながらそういう知識もないわけで。

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「仮面ライダー 令和 ザ・ファースト・ジェネレーション」

「仮面ライダーゼロワン」と「仮面ライダージオウ」が合体した映画版。「ジオウ」で平成ライダーが終わって、「ゼロワン」から令和ライダーになったけど、2作合体映画は今回もやるんだね、という感じ。
歴史が改変されて、周囲がヒューマギアの支配する世界になってしまった「ゼロワン」の或人と、「ジオウ」のソウゴ・ゲイツ・ツクヨミが、協力して元の世界を取り戻すために戦う、という話。
この1年間に作られた「ジオウ」の映画版2本は結構良かったと思ってるが、今回の映画は、説明不足というか、辻褄を合わせてない所が目立ち、いまいちな中身と思った。そもそも、辻褄を合わせようという気持ち自体がないようにも感じた。

もっとも、今、放送されている「ゼロワン」のテレビシリーズ自体が、重要な部分の説明が抜けていたり、ストーリーに説得力がない、という印象が強く、あんまり熱心に見る気にはなれてない。特に、デイブレイクみたいな事件があった後も、普通に街中でヒューマギアが活用されているって、変じゃないかと、ずっと思っている。この映画の印象は、そういう中途半端なテレビシリーズそのものだった、という気もする。
それとも「ゼロワン」も、回を重ねるうちには、説明不足に思える点にしっかり理由づけがされて、説得力のある話になっていくんだろうか

(2019.12.21)

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「この素晴らしい世界に祝福を!紅伝説」

ラノベを原作にしたテレビアニメ「この素晴らしい世界に祝福を!」の映画版。テレビ版はバカバカしくて面白くて、結構見ていたから、映画版も、おつきあいだが見に行ってみることにした。
映像や構成に関しては、映画版だからといって、気負うこともなく?(^^;、テレビ版のクオリティでやりきってた印象。まあ、このアニメはそれでいいんだろうと思う。そういう部分ではなくて、登場人物のキャラクターの異常さや、登場人物同士の罵り合い(と、その割に、ほのぼのしている所)に、この作品の面白さがあると思っているので。もっとも、めぐみんの爆裂魔法による大爆発は、さすがにでかいスクリーンだと迫力が違った。そこも考えて、原作の中から、このエピソードを選んだんだろう。
登場人物たちの相変わらずな暴走ぶりが楽しくて、笑えてよかった。
ただ、めぐみんが中心になる話なので、アクアが活躍する場面が少なかったのは、仕方ないとはいえ、ちょっと残念。人間のクズ・カズマと、バカな女神のアクアさんの、不毛だけど達者な掛け合いが、この作品の一番の売りと思っているから。
テレビアニメの第3シリーズってのは、あるんだろうか。
(2019.8.31)

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「仮面ライダージオウ Over Quartzer」

8/10に見に行った映画。ジオウ最終章とかいう触れ込みで、いやいや、また本当の最終回は映画館でとかいう、ディケイドみたいなことを?とか、いろいろ疑念にかられつつ見に行った。

結果的に言えば、確かに最終回だったと思う。かなりはしょってるにしても、ある時点までのテレビシリーズでの謎を、うまく説明して、きれいにオチを付けていた。タイムジャッカーの話はすっぽり抜けてるな、とは思ったけど、おおむね納得できた。
一方で、現時点でテレビシリーズはさらに先に進んでるわけで、そっちとの整合はもう取れてないと思う。つまりテレビシリーズは、それこそ、タイムジャッカーが前面に出た、独自の最終回に向かっている。要は、マルチエンディングってことか。そう考えると理解しやすい。

やたらとウォズがメタ的なトークを繰り広げるのは笑ってしまったし、戦国時代へ舞台を移してみたり、テレビや映画以外のいろんな媒体に登場した平成仮面ライダーを次々出してみたり、徹底して遊んでいる。そういう意味ではシリアスでない方の最終回ってとこか?(^^; まあ、テレビの方の最終回がどういうものになるかもわからんけれど。
マッハが、せっかく登場した割には、いまいち目立たなかったなと思う。あと、ああいう流れにするんなら、マッハとチェイスと再会する場面を作ってやって欲しいけれど。そういえば、テレビシリーズの方では、ゲイツがマッハと会ったことを匂わせるセリフがあったけど、それはこの映画の場面を指しているとしか思えない。でも、この映画とあの場面は別のタイムラインなのでは。整合しないんじゃないかしら。そこまで考えて作ってないんだろうなあ、とは思うが。

全体としては、割と無難にまとまってる感じで、あまり強烈な印象は残らなかったけど(目下、テレビシリーズの進行の方が強烈過ぎるので(^^;))、面白くは見れた。

併映のリュウソウジャー(「タイムスリップ!恐竜パニック!!」)は、まあ、シリーズの1エピソードという感じで、おまけ程度の中身。戦闘の場面の風景が、秘境ぽくて格好良かったが、北アルプスあたりかな。

それはそうと、ジオウの次作の仮面ライダーとして、ゼロワンがお披露目されていたが、今度はどういう方向性を目指すんだろうか。

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