「フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)」

1965年の東宝の怪獣映画。先日、日本映画専門チャンネルでやっていたのを、録画して見た。けっこう有名な作品で、断片的な場面は見ているけれど、通しでちゃんと見たことはなかった。ようやく見れた、という感じ。フランケンシュタインが広島で誕生して、秋田に出現したバラゴンと戦う話。

フランケンシュタインがどんどん東へ移動していく時に、岡山駅前とか姫路城とか、いちいち各地の映像がインサートされる。そもそも広島でも、原爆ドームはともかく、あまり脈絡なく宮島が舞台になったりする。日米合作映画で、海外への輸出が前提だっただろうから、観光PRの意味合いもあったんだろうか、と思った。ニック・アダムスが浴衣を着て出て来たり、微妙にエキゾチックな場面があるところも、そういうことかな。水野久美の作りも、けっこうエキゾチックだけど、この人が東宝特撮に出る時は、割といつもこういう雰囲気だったな。

フランケンシュタインが、ある程度巨大化した時のサイズ感が、あまりうまく描かれていなくて、いまひとつ実感がないと思った。人間とフランケンシュタインを同じ画面に合成するのが、それほど容易ではなかったんだろうなと思う。そのせいもあってか、フランケンシュタインと水野久美の心の通い合いは、この映画の大きなポイントと思えるのだけど、ちょっとぴんと来ない印象。でも、異形のものとして生まれて、身を置く場所のないフランケンシュタインの悲しみは、怪獣物に割とある構図とはいえ、よく伝わってきた。フランケンシュタインが高島忠夫を救出した後、水野久美とニック・アダムズの前に現れる場面は格好良かった。

ニック・アダムズの声を吹き替えていたのは、納谷悟郎だったのには、今まで気づいていなかった。「怪獣大戦争」の時もそうだったんだな。

バラゴンが愛嬌があって、かわいかった。

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「ホペイロの憂鬱」

3/18にtvkで放送されてて観た2017年の映画。そんなにちゃんと観てたわけでもなかったけど、いくつか引きがあったもので、その辺の絡みの感想を少し書いておく。

J2昇格寸前のJ3のチームが舞台。そういう立ち位置のチームにしては、描かれるチーム運営の状況が、ずいぶん貧弱じゃないかなという気がした。地域リーグあたりならともかく、と思ったが、実情もこんなものなのかな。当時J3だったSC相模原が全面的に協力していたようなので、そんなにリアリティのない内容でもないんだろう、とは思いつつ。試合風景も、引きではJリーグぽいスタンドが映ってたが、アップになると、いかにもJFL然とした風景だったと思う。
原作は東京創元社から出た小説で、ミステリ風味の連作と聞いた覚えがあった(読んではいない)。その辺については、日常の風景にミステリぽい味付けを入れて行くみたいな雰囲気で、予想通りではあったけど、ミステリ色はだいぶ軽い感じ。原作も、ここまで軽いんだろうか。なお、原作は2009年刊行で、小説では舞台のチームはJFL所属だったようだから、チーム運営が貧弱に感じられるのも、その時期でJFLだったら確かにこんなものかもしれない、という気はした。
主演が「仮面ライダーウィザード」で主役の晴人/仮面ライダーウィザードを演じていた白石隼也。華やかさの薄い地味なキャラだった。「ウィザード」の後に出たテレビドラマで、たまたま見た時も、わりとどんくさい感じの役まわりだったから、こういうのの方が似合ってる俳優さんだったのかな、ウィザードではだいぶ無理をして、かっこいい役をやってたのかなと思った。

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「仮面ライダーオーズ 10th 復活のコアメダル」

「仮面ライダーオーズ」のTVシリーズ終了から約10年目のVシネ。先週土曜の、映画館での特別上映初日に観に行ってきた。

オリジナルキャストが総結集したこともあって、ファンの期待値もかなり高かった模様。初日の朝イチの回とはいえ、見た限り、劇場内は満杯だったし、映画館も混乱状態で、本編上映開始までに観客が入りきれたかどうかなくらいだった。
もちろん、メインの客層は大きなお友だちで、子供は一握り。

死んだはずのアンクがなぜか甦った世界は、復活した古代のオーズの侵略によって荒廃してしていて、姿を見せた映司も謎めいた言葉を残して消えてしまい、アンクは戸惑いながら比奈ちゃんたちの居るレジスタンスのアジトへ向かうという筋立て。
あらかじめ、ある程度は知ってはいたけれど、冒頭からオリジナルキャストが総登場で、おおっという感じ。もっとも、映司とアンクのコンビは、TVシリーズ終了後も映画で2回くらい復活したし、映司と比奈ちゃんのコンビはジオウに出てきたから、そこまでの久しぶり感はないのだけど、鴻上会長にバースのコンビに、里中くんやクスクシエの店主、4人のグリードまで出てくるとなると、さすがにイベント感は満載。
まあ、荒廃した世界とかレジスタンスとか言っても、現実のウクライナで現在進行形で起きていることがどうしても頭をよぎるし、それに比べてしまえば、仮面ライダーのVシネの規模で描けることはたかが知れている。そういう残念感はないわけではなかった。
でも、懐かしい登場人物たちが、昔のままに活躍するドラマは楽しく見られたし、それはそれでいいんだろうと思う。「オーズ」のメインテーマの映司とアンクの交流はじっくり描かれるし、泣かせの場面も十分。まあ、これだけのメンツをせっかく揃えたんだから、映司とアンクと比奈ちゃん以外の見せ場も、もう少し作ってやって欲しかったな、とは思ったけれど。特に(一応見せ場?があった)ウヴァ以外の3人のグリード(個人的にはカザリ)。そういう意味では、もっと尺が欲しかったが(58分しかなかった)。
最後に、TVシリーズの時からの重要な場面に対応した締めくくりがあり、これは完結編ということを意味しているのかな、と思った。もう次はないという意思表示? もっとも、必要とあれば、どんな理屈を付けてでも、完結したはずの作品にも続きが作られるのが、今の仮面ライダーの世界ではあるけれどね。
内容的に傑作とは思わないけれど、昔のTVシリーズからオーズを観てきたファンの期待には、十分応えている作品と思った。楽しめた。

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「ロールスロイスに銀の銃」

原作小説の感想を書いたので、映画化版の感想も残しておく。1970年の映画で、ザ・シネマで放送された2019年の4/30に見ていたが、当時、メモ的な簡単な感想以外は、書き残していなかった。

当時の残していた感想は、面白かったけれど、原作からの印象で、 もうちょっとドロっとした映画かと思ってた割に、けっこう爽やかでスッキリした、いかにも70年前後ぽいアクション映画だった、というもの。
そこをもう少し丁寧に書いてみる。

ちなみに、この放送では、映画の前後に町山智浩さんによる詳細な解説があって、この解説のおかげで、相当理解が深まった。
解説自体は、今もこちらで見れる → 町山智浩のVIDEO SHOP UFO『ロールスロイスに銀の銃』前解説(洋画専門チャンネル ザ・シネマより) - YouTube

解説を聞いて知ったのは、この映画はコンビの刑事が登場する、近頃の言い方だとバディものの映画で、今では珍しくもないタイプの映像作品だが、こうした映画はこれが最初だったということ。さらに、ハードなアクション映画とコメディ映画の要素を混ぜ合わせた、最初の映画でもあったのだそう。この映画が当たったことで、この後、似たようなタイプの作品が次々作られるようになったのだとか。
それを知ってみると、「いかにも70年前後ぽいアクション映画」という言い方は話が逆で、むしろこちらの方が原型だったんだろうか、と思えてくる。
また、原作のドロドロした要素をかなり刈り込んでいて、あまり攻めた内容にはなっていないということも感じていたのだけれど、その時点で、映画の作り自体が画期的なものだったんだとしたら、そこにさらに攻めた内容を盛り込むというのは、なかなか難しかったのではないかな、とも思った。当時の観客にとっては、これでも十分に、今では感じ取れないような画期的な新しさがあったのかもしれない、と思う。


もうひとつ、解説の中での特に大きなポイントは、これは黒人監督(オシー・デイヴィス)が作って、主に黒人の俳優が出演した、黒人街を舞台にした、黒人がメインになった映画の先駆けだということ。音楽もソウルを多用している。この映画のヒットによって、同様な黒人映画(ブラックスプロイテーションと言うらしい)が次々作られるようになったけれど、ステロタイプで大量に作られた影響で、やがて下火になってしまったのだとか。しかし、先日見た「ドゥ・ザ・ライト・シング」を撮ったスパイク・リーが、オシー・デイヴィスを師として仰いでいるなど、この時代の黒人映画が残した影響は非常に大きいそうで、実際、先日「ドゥ・ザ・ライト・シング」を見ていて、「ロールスロイスに銀の銃」を思わせる場面があちこちにあった。ちなみに、オシー・デイヴィス は、「ドゥ・ザ・ライト・シング」に「メイヤー」として出演している。
思えば、そもそも、「ドゥ・ザ・ライト・シング」は、一度見ておいた方がいいんだろうと思っていたのは、この映画の解説を聞いた影響が大きかった。双方を観たことで、それぞれの映画が理解しやすくなった気がしているから、両方見ることが出来たのは良かったと思っている。

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「勝手にしやがれ」

ジャン=リュック・ゴダールが監督した1960年の映画。ゴダールの初めての長編映画だそう。漠然と、監督デビュー作と思ってたが、厳密にはそういうことらしい。
だいぶ昔に一度、テレビかレンタルビデオで見ているはず。当時、頻繁に言及されている映画なので、見といたほうがいいだろうなと思って見たけれど、それほど感銘は受けなかった覚えがある。しかし先日見た「フレンチ・ディスパッチ」の一部に、ゴダールっぽい雰囲気があり、直後のタイミングでザ・シネマで放送されたので、見返してみる気になった。

今回も、あまり感銘は受けなかった。小悪党がうっかり警官を殺してしまって、追われる身になるが、やばい状況をあまり真剣に受け取らず、好きな女と一緒にいることばかり考えているというストーリーの犯罪映画。1960年にこれが作られた時は、演出や映像がすごく新鮮だったというのは、容易に想像が付くのだけど、直接影響を受けているかどうかはともかく、この映画に似た雰囲気の映像作品は、その後、大量に作られるようになったし、先にそっちの方を見て育った人間にとって、この映画にあまり衝撃がないのは当たり前な話。ここから始まったんだな、という気持ちはあるけれど、この映画自体を特別なものと感じるかどうかは別。
格好良く作っているなあ(特にラスト)、とは思うけれど、やはり時代が古いし、後継的な作品の方が、自分が過ごしてきた時代背景の中で、その時代の格好良さを反映して作られているから、そういう作品に比べると、やはりどうしても見劣りしてしまう。それも仕方ない。
「フレンチ・ディスパッチ」で感じたらしさというのは、主に男女の会話の掛け合いの部分だったのだけれど、そこも参照するのであれば、同じゴダールの作品にしても、これよりもう少し後の映画の方が良かったのかな、という気がした。「勝手にしやがれ」は、スタイルが、まだそこまで確立していないように思える。
それなりに楽しめたとはいえ、少し残念ではあったけれど、こんなものかもな、と思ってはいたし、予想の範囲内だった気がする。

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「ロング・グッドバイ」

2/24にザ・シネマでやっていた1973年の映画。久々に見た。多分、前世紀にテレビ(レンタルビデオかも?)で見て以来。

レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」(というか、今では、早川書房から出ている村上春樹訳のタイトルも「ロング・グッドバイ」だから、こんな注釈は要らないかもしれないけれど)をロバート・アルトマンが映画化したもの。脚本はリー・ブラケット。原作からはかなり離れた内容なので、原作のファンには一般的にかなり評判が悪いらしい。というか、むしろ、マーロウ(チャンドラー)の鼻持ちならない所をバカにしているようにも思える映画なので、そりゃ、ファンは好きでないだろう。逆に自分のような、原作のそういう所があまり好きではない人間には楽しめるよな、とも思う。漠然とそういうイメージはあったけれど、今回改めて痛感した。
原作は、「ハードボイルド」のイメージとは裏腹に、マーロウのウェットな心情で湿っぽいのだけど、この映画はマーロウを演じるエリオット・グールドが、飄々とした演技なので、それを感じさせない。むしろ、マーロウのレノックスへの思い入れがあまり感じられないので、彼の死にこだわる理由も大してない気がしてしまうくらいなのだけど、そこはうまく話を作っていて、マーロウにこだわりが薄くても、事件の方から彼を巻き込みに来る。
グールドの持ち味と、それを軸にしたコミカルな部分の多い演出が楽しめる映画だった。画面や音楽に感じられる洒落たセンスもいい。

なお、以前見た時に気付いていたかどうか覚えていないけれど、松田優作の「探偵物語」(テレビドラマの方)は、基本設定でこの映画の影響を相当受けているんだな。どっちも好きな作品のつもりでいたけれど、双方を見た時期がだいぶ違うので、いまいち結びついていなかった。
それから、原作とは全く関係なく、猫が重要な役割を占める映画なので(ちなみに、犬もけっこういっぱい出て来る)、2/22に放送すればよかったのにと思った(これはどうでもいい話)。ただ、字幕がかなりはしょった文面になっていて、猫に関わる、重要でちょっと気の利いた台詞が、適当な言葉で置き換えられてしまっていたのは残念だった。
(2022.2.25)

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「ドゥ・ザ・ライト・シング」

1989年の映画。2/22にザ・シネマで放送されたのを見た。以前から興味はあったけど、見たことがなかった。公開当時、結構情報には触れていて、関心も持ったけど、娯楽で見にいく映画じゃなさそうだなと思い、その時点の気分に合わなくて、行かなかった気がする。

監督はスパイク・リー。黒人と白人の人種間の問題を扱った映画というイメージだったけれど、実際には黒人街に出店した韓国人の店が話に絡んでいたり、もう少し重層的に人種間の軋轢が描かれている。また、その当時は今ほどポピュラーではなかった、ヒップホップ系の音楽やファッションが全面的に取り入れられていて、そういうおしゃれな要素のアピール度も高い(公開当時は、それもあって露出情報が多かった)。そこまで単純な映画ではなかった。
内容も社会派的に何かを訴えるというよりは、現実を切り出して突きつけてくるという感じ。黒人街の日常を描きつつ、そこに出店しているイタリア人のピザ屋での、微妙なバランスで成り立っている黒人と白人の共生に、じわじわと緊張が高まっていくという展開。
昨年のアメリカのBlack Lives Matterの運動の時も、この映画が言及されていた。確かに30年前の映画なのに、まるで古びていないように思える。結末に起きる、警官の過剰な暴力で黒人が死ぬ場面は、すぐにBLMのきっかけになった事件を思い出した。30年経っても、何も変わっていないのか、という印象を持つ。そういえば、スパイク・リーが監督した、昨年見た「アメリカン・ユートピア」で、ヘイトによる黒人の犠牲者が列挙される場面があったけれど、この映画のエンドクレジットにも、規模はずっと小さいけれど、同じような箇所がある。
ただ、この映画は白人側の差別意識だけを描いているわけではなくて、それを引き出す(この映画に登場する)黒人側のどうしようもなさも描いているし、最後に起きる暴発も、黒人側からの無茶な難癖が引き金になっている。多分、黒人であるスパイク・リーだから描けるんだろうけれど、そういう所に、こうあるべき的ではなく、現実をありのまま描こうという意図が見える気がする。結果として、すっきりしないもやもやとした後味になっているが、それも計算の上だと思う。そんな単純に割り切れる状況ではないということなんだろう。
そうした部分も認めた上で、だからといって、簡単に黒人の命を奪うような暴力は許せないという意味での、エンドクレジットなのかなと思った。
非暴力を主張するマーティン・ルーサー・キングと、自衛のための暴力は正しいと語るマルコムXの言葉を、最後に併記している所も、割り切れなさ、揺らぎを表していると感じた。この辺になると、黒人と白人の人種差別にとどまらない、さらに広い話にもなってくるが。

それから、この映画はCOVID19の流行をきっかけに、アメリカでより深刻化し始めているらしいアジア系に対するヘイトも射程に入っていて、むしろ今の方が、より同時代性を感じる映画になっているような感じもしたけれど、それはアメリカの現実を体感的に知らない人間の発想なんだろうね。現実には、この当時から、アジア系も含めた複雑なヘイトの構造自体は存在していたはず。
そういう部分も含めて、アメリカの現実がよくわかっていない人間が、こういう映画を見ることに、どの程度意味があるんだろうという気も、いくらかしないではない。知らなくていいことではないのは確かだけれど。また、普遍的な意味に拡張した上で、たとえば日本の現実に引き合わせるみたいなことも、出来ないわけではないし、そうあるべきかもしれないけれど。非暴力についての考え方などは、まさにそういうテーマでもある。
個人的には、この映画は1989年に見るよりは、その後にいろいろなことを知った今になってから見た方が、むしろ良かったのかもしれない、という気がした。それにしても、いろいろとよく分からない所もあるので、分かってる人の解説を探してみようかもと思う。

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「フレンチ・ディスパッチ」

2/12に観に行った映画。映画館の前を通りかかった時にポスターに目が留まって、全然知らないけど、観てもいい気がすると思ったのと、その後、監督(ウェス・アンダーソン)は割と面白い映画を撮る人ということを聞いて、内容をほとんど知らないまま観に行ってみることにした。けっこうギャンブルだったと思うけど、かなり好きなタイプの映画だったから、大当りを引いた気分。

完全な邦題は「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」。これが示すように、「フレンチ・ディスパッチ」というのは、アメリカのカンザスで発行されている新聞の日曜版として、フランスで編集されている雑誌という、かなりわけがわからない設定。映画は、その最終号に載った記事が映像化された体裁の4本の短篇と、全体をまとめる枠組みとしての最終号の編集風景から成っている。
基本的にはコメディ映画。ただ、ドタバタしたものではなく、アメリカ人が持っているフランスの素敵なイメージと思われるものが全篇を覆っている、洒落ていて洗練されたコメディ。というよりは、ここは、「フランス映画を愛好する」アメリカ人が持っているフランス「映画」の素敵なイメージ、と言った方がいいのかもしれない。
それと、ここは「アメリカ人」を「日本人」に入れ替えても、そんなに変わらないんじゃないかとも思うんだけど、どうかな。
映像はやたらとディテールに凝っているし、筋立ては理屈っぽくて、バカバカしくて、というあたりも、実に好みで、いいなあと思った。
映画好きな人は、過去のフランス映画からの引用などで、いろいろ楽しめたりもするらしいのだけど、そういう方面の教養はあんまりないので、そこは個人的には残念でしたな感じ。
それから、その辺のことも含めてということになるけれど、画面作りもストーリーも、やたらと情報量が多いので、付いていくのが精一杯だった。内容をきっちり理解するには、もう2-3回、繰り返して観ないとだめかな、という気がするのだけど、そこまでするほどの映画愛好家でもないので…。でも、いつかビデオを手に入れて、観直してみたいかもしれない。
また、こういう趣向の映画を作った背景とか、「The New Yorker」の昔のスタッフやライターに、この映画は捧げられているらしいのだけど、その辺の理由とか、興味を覚えたことがいろいろあって、この辺は映画を見ただけでは分からないから、いろいろ解説を読んでみたりしないと分からないだろうと思う。そういう意味でも、じっくり付き合ってみたい気がした映画だった。 

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「ニューヨーク1997」

1981年のジョン・カーペンターの映画。昨日、先週に引き続き、アップリンク吉祥寺でのジョン・カーペンター・レトロスペクティブ2022へ観に行った。

この映画は、今まで見た中で好きな映画を10本あげるとしたら、確実に入ると思っている。ただし、テレビやビデオは別として、映画館で見るのは、記憶がいまいちはっきりしないけど、これが2回目か3回目に過ぎないし、そんなに細かい所まで、中身をよくおぼえているわけでもないから、どうかなとは、少し思っていた。
今回見て、やっぱり10本に入ると思った。これは本当に自分が好きな映画。人物も、話の作りも、映像も、音楽も、スタイリッシュで全部好き。

今回感じたのは、作り込み過ぎていないのがいいんだな、というところ。先週、「ザ・フォッグ」を見て、同じような感想を持ったばかりなので、特にそう思った気がする。セットはそんなに凝っていないし、時期的に、まだCGとか高度なSFXとかが濫用されていないこともあって、画面がシンプル(でも、安っぽくは見えない)。登場人物などは、あまり細かい背景が描かれない。主人公のスネークも、軍人から転じた、裏の世界なら誰でも知ってる有名な犯罪者という以上のことは、はっきりわからない。多分、その辺の原因は、尺の関係とか、必ずしもポジティヴな理由ばかりではないんだろうけど、結果的には、それで話が締まっている。もちろん、説明が少なくても不足を感じさせない作り方がされているからこそ、ではある。

終盤、登場人物がバタバタと死んで行って、それが鮮やかな結末につながっていく。ここの流れは後で考えれば、なぜ彼らの死でスネークが気持ちを動かされるのか、筋が通らないようにも思えるのだけど、映画を見ている間は不自然に感じないし、むしろ逆に引き込まれていく不思議さがある。このくだりは見ていて、本当に心に響いてくる。スネークが自分の内面を語るわけではないから、そういう風には見えても、実際は気持ちを動かされたからああいう行動を取ったのではなくて、ただの面当てかもしれないんだけど(その方が筋は通る)、そこは説明されない。好きなように考えて、勝手にシンパシーを覚えるのは見る側の自由。いかにも力技だなと思う。娯楽映画なんだから、それでいいんだよ。

ちなみに、この映画は俳優がみんな格好いいけれど、そういう中でアーネスト・ボーグナインが絶妙。とても印象に残るキャラクターだし、彼がいることで、話の説得力が増していると思う。

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「ザ・フォッグ」

ジョン・カーペンターの1980年の映画。今、都内の映画館でやっている、ジョン・カーペンター・レトロスペクティブ2022での上映。初めて見た。ちなみに今日行ったのは、アップリンク吉祥寺。初めて行ったと思う。

よかった。観客の不意を突いてビックリさせるシーンがやたらと多い割に、この時代の映画らしく、どぎつさもほどほどで、抑制が効いてる。怖がらせ方とかは、定石通りとは思えるけど、娯楽映画の王道という感じで、むしろそこがいい。素直に面白く見られる映画だった。
ギミックや合成があんまりなくて、日常そのものの風景の中で話が進んでいく所も好き。背景にたびたび出て来る、広々とした海岸の風景がきれいで、映画館の画面で見てよかったと思った。
この映画、ジェイミー・リー・カーティスが出ているというのを、けっこうあちこちで目にしていたから、主役なのかと思ってたが、どっちかというと主役は「ニューヨーク1997」にも出てたエイドリアン・バーボーの方だったのね。
ただ、抑制が効いてるとはいえ、これくらいのホラーでも、おっかないものが本当に苦手だった公開当時の頃の自分には厳しかっただろうな、と思う。今なら余裕だけれど(そうでなかったら、そもそもジョン・カーペンターの映画なんか見れない)、当時、見る気を起こさなかったのは正解だったな。もっとも、自分がジョン・カーペンターの映画に関心を持ったのは、「ニューヨーク1997」からなので、それより前のこの映画は、そもそもホラーというだけで、関心の対象から外していたはずだなとは思う。

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