感想「いつも、気づけば神宮に」

「いつも、気づけば神宮に」 長谷川晶一 集英社
1980年以来のファンという著者による、ヤクルトスワローズ本。
自身の観戦の記憶を元に、9つの「系譜」を設定して、昔の選手やスタッフにインタビューを行い、テーマ毎にまとめている。
さすがにファン歴が長い上に、かなり深いだけあって、インタビューの内容も相手も、ツボを心得ている。通りすがりのライターには期待出来ない、と思われる充実ぶり。
特に、日頃、あまりインタビューが行われないような、大物以外の人たちから聞いている話が興味深かった。渋井とか八重樫とか。それに苫篠弟(今は兄がヤクルトのコーチだが)。

スワローズの全てについて肯定的な、アバタもエクボみたいな強引なまとめが、気にならないわけではない。インタビューされた人たちは、軒並み、ヤクルトはいいチームと口を揃えるし、著者はそれをそのまま肯定する。そんなわけはないだろと思う理由はいくつもあるから、嘘つくなよとは思うが、球団の全面協力がなければ成り立たなそうな本てある以上、それを言ってもしょうがないわな。
外部からの視点として、広沢へのインタビューに基づいて、チームに対する必ずしも肯定的でない意見を、多少入れているあたりに、チームべったりではないという所を、一応見せようという意識を感じる。でも、結局、そうはいっても…、という所に落としていくんだが。
もう少し、客観的に見て納得出来る球団分析は出来ないものかな、とは思う。スワローズはいいチームと言いつつ、他のチームのことは知らないけれど、という但し書き付きで語っている人が何人かいる。そういうのは、全然、客観的な評価じゃないから。そういう意味でも、広沢のコメントが入っているのが、意味があるわけだけど。

ただ、本書に関しては、そうした欠点を補うだけの情報量はあると思った。
あとは、まあ、長年チームのファンだった人間にとって、そのチームが客観的にいいチームかどうかは、実はどうでもいいことなんだよな、とも思った。
自分も何だかんだ悪口言いつつ、鞍替えしようとは思わないし。でも、客観的な証拠が得られない限り、スワローズが一番いいチーム、というような言い方をする気はない。それとこれとは話が別。アバタはあくまでもアバタ。
(2017.6.7)

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感想「明治維新という幻想」

「明治維新という幻想」 森田健司 洋泉社歴史新書
先日、山形へ行った時、市内の本屋で買った本。幕末の山形のことを考えている時に、本屋で目に止まったんで、なんとなく買っちゃった。昨年末に出た本らしい。

サブタイトルは「暴虐の限りを尽くした新政府軍の実像」という、かなり煽情的なもの。明治維新の時の新政府軍が、どれだけ酷い連中だったかということと、その後の明治政府のイメージ戦略によって、その実像がどういう風に改変されて、現在に伝えられているか、というあたりの話。
筆致はかなり挑発的ではあるけれど、歴史資料をベースに書いているものなので、記述されている内容そのものは、信頼がおけるだろうと思う。
幕末期に描かれた、新政府軍を揶揄する浮世絵を紹介するくだりなど、興味深い話がいろいろあった。また、庄内藩については、親近感を感じていた土地の割には、あまり知らなかったので、そういう歴史があったのかと。

もっとも、全体的には、認識を大きく覆されるような内容ではなかった。俺は新潟県生まれで、長岡とは縁がなくもないし、会津も結構身近な土地だったから、子供の頃から、明治維新に関しては新政府軍に反感を持っていたので、こういう関係の本は割と読んでいた。それに、明治維新に肯定的な書き方をしている文献でも、当時の新政府軍のやり口については、必ずしも肯定的には書かれていなかったりするのを、結構読んだ記憶がある。そういう理由で、それほど目新しさは感じなかった。

本書の筆者も、江戸時代が完全無欠だったとは思っていない、と書いている。個人的には、江戸時代の体制に疑問を感じている人間が、薩長以外にも少なからずいたから、明治維新が成立したんだろうとも思っているので、一面的に、どっちがいい悪いという話をするのは、あんまり意味がないと思う。
ただ、新政府軍がその後やってきたことの帰結が太平洋戦争だったのは間違いないし、さらにそれが、巡り巡って、今の政府のでたらめなやり口に、つながってもいる。
少なくとも、無条件で明治維新やあの時代の新政府側の人間を讃えるのは、間違っているし、危険だと思う。だから、そういうことをやりかねない(現にやってる)人間が、この国の権力の中心に居座っているのは、おっかなくてしょうがない。
(2017.5.16)

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感想「読んでいない本について堂々と語る方法」

「読んでいない本について堂々と語る方法」 ピエール・バイヤール ちくま学芸文庫
これは使えるかも(^^;、と思って、読んでみた。

実際は、ハウツーものの体裁を取った、一種のシャレだったけど、本を読むというのはどういうことかという考察が中心にある内容で、ユーモラスではあるが、そんなに軽い中身ではない。
本を読んでるといっても、いろんなレベルがあるし、隅々まで全て読んで頭に入っている、なんて状態は、まずありえない。所詮、中途半端にしか残っていない状態なのであれば、そういう状態と、実際には自分では読んでいないけれど、周囲から入ってきた情報をもとにして、本の内容を自分で再構築している状態と、どれだけの違いがあるんだろう、というあたりが基本的な所。
言わんとしていることは、本当に重要なのは、本を読むことそのものではなく、読んだ体験をベースとして、自分で考えること、創造すること、アウトプットすることなんだ、ということではないかと思う。そう考えれば、確かに、インプットは必ずしも、自分自身が本を読んだ体験でなくても、聞きかじりでもいいはず。
かなり納得できる部分のある論説だと思った。もちろん、全ての読書に適用できることでもないとは思うし、それは分かった上での、シャレだと思うけれどね。
(その本の内容について、丁寧で研究しようとしている場合には、当てはまらないだろう。もっとも、そんな読書は、滅多にないだろうな、という気もする)

それはそうと、ここに取り上げられている何冊かの本が読みたくなってきた。オスカー・ワイルドとか、ポール・ヴァレリーとか。「第三の男」(読んでない)やピエール・シニアックも。
(2017.5.16)

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感想「ヨーロッパ・コーリング」

「ヨーロッパ・コーリング」 ブレイディみかこ 岩波書店
同じ著者の「This Is Japan」に先行する本。2016年6月の刊行。2015~2016年の西欧(主に在住するイギリス)の政治状況を、「地べたから」の目線で語ったもの。大半はリアルタイムでブログに書かれた内容がベースだが、補筆はされているとのこと。
帯には、もはや「右対左」ではなく「下対上」の時代だ、と書かれていて、主にそういう内容の本だけど、この構図はアメリカ大統領選の時も言われていたのを思い出す。ちなみに本書はアメリカ大統領選については、時期的にも地理的にもサービスエリア外なので触れていないが、ヨーロッパもアメリカも、そういう構図になってるということだな。
じゃあ、なぜ日本では、こういう構図があまりあらわにならないんだろうと思うが、自分のことを考えると「上」じゃないけど、「下」とも言えないだろうなと思うし、回りを見渡しても、「格差社会」と言いつつ、そういう中間層が、日本にはまだそれなりに存在してるように感じる。それが理由なんだろう。そして、そういう中間層が、自分たちが「下」に滑り落ち始めている現実を受け止められずに、「中流幻想」にしがみついていることが原因で、いろんな酷い状況が起きている、というのが「This Is Japan」で書かれていたことだろうと思う。

本書の内容について言えば、イギリスという国の社会制度には、本や映像から受けた印象で、かなりポジティブなイメージがあるけれど、実態はそうでもないのかな、という感じ。確かに昔は良かったんだろうと思うが、現状では、もはや、日本と同程度か、もっと悪いのかもしれない。個々の制度によって、いろいろなレベルがあるとは思うが。
それから、イギリスの「保守」政党や日本のネトウヨに相当する層がやっていることは、日本とまるっきり同じだなとも思った。今の日本で起きている現象は、世界で起きている現象の一部なんだな、と改めて思う。
それでもまだイギリスは、そういう動きに対抗するメディアなどの勢力が、しっかりしているように見えるから、日本よりはまだマシなような気はするけど、それも本や映像からの知識によるものだし、住んでいる人の実感とは違っているのかもしれない。

どうせ、世界中、どこへ行ってもおかしくなっているのであれば、この日本で、状況を少しでも好転させるために、いくらかでも戦うのが正しいあり方なんだろう、と思ったりする。
(2017.4.30)

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感想「最古の文字なのか?」

「最古の文字なのか?」 ジュヌビーブ・ボン・ペッツィンガー 文藝春秋
ヨーロッパ各地の洞窟に古代人が書き残した大量の抽象図形を調査した報告。データベース化してみると、32種類に大別出来ることが分かり、ある種の記号、もしくは文字なのでは?、という所へ進んでいく。2016年の刊行(原著・邦訳とも)。

言語や文字に関心が強いので、邦題に引かれて読んでみた。しかし、文字かどうかという点については、文字とはいえないと割と簡単に否定されてしまっていて、若干肩透かし。そもそも原題は「The First Signs」だからあくまでも調査の対象は「記号」であって「文字」じゃないし、文字ということにそんなにこだわっているわけでもない感じ。邦題にやられたかな、という気はする。
古代人の生活や文化についての考察は、十分興味深い話ではあったけれど、古代人が実はかなり高い水準の文化を持っていたと思われる、と言われても、そんなに驚けないのは、古代の超文明みたいなヨタを、読み過ぎているからかなあ(^^;)。
記号の解釈についても、あまり踏み込んでいないのが、やや物足りない。それと、容易には入り込めないような深い洞窟に、危険を冒して潜ってまで、絵や記号を書き残した理由についても、もう少しはっきりした考察を示して欲しかった気がする。
著者の意図としては、現地での調査過程や得られたものの記録、というあたりに主眼があるように思えた。これらの資料から結論を導くのは次の段階、というような感じ。実際問題として、まだ集めきれてない資料も大量にあって、考察して結論を導く所まで来ていないのだろうし、仕方ないだろう、とは思うが。

洞窟を調査するくだりなどは、いかにもドキュメンタリー的な書き方だし、ディスカバリーチャンネルあたりでやってる、興味深いけど、いまいち食い足りない感じのするドキュメンタリー番組を連想しないでもなかった。
事前に期待した内容とは、ちょっとずれていた。

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感想「アナキズム入門」

「アナキズム入門」 森元斎 ちくま新書
アナキズム(=無政府主義、でいいのかな)って、なんとなく自分が日頃考えてることに近い気がしていたけれど、全てを破壊する、みたいな暴力的なイメージに繋がっている面があるし、過激な匂いが漂っている所には違和感もあったから、あんまり真剣に考えたことはなかった。
本屋でこの本を見掛けて買ったのも、アナキズムそのものへの興味というより、帯に栗原康の推薦文が載っていたから。でも、栗原康はれっきとしたアナキストのような気がするし、栗原康に共感した時点で(雑誌や新聞への寄稿を2本くらい読んだだけなんだけど)、そっちの方に気持ちは振れているのかもしれない。

この本を読んでみて、アナキズムの思想そのものは、特に過激なものではないという点を理解した。過激なのは、そういう思想を敵視して、無茶な弾圧を加える政府の側だね。そりゃそうだ。
幸徳秋水や大杉栄だって、特に危険な人物ではなかったのに、政府の意思によって虐殺されたんだし。
そう考えると、やっぱり、自分が日頃理想と考えている社会の在り方は、アナキズムに近いんじゃないかと思う。というか、アナキズムって、要するに理想主義なのかもしれない。

本書の内容としては、世界史や政経の教科書で、名前を見た覚えはあるけど、脇役とか裏方的なイメージが付きまとっていたプルードン、バクーニン、クロポトキン、ルクリュ、マフノといった人たちの経歴や思想を紹介したもの。もっとも、後ろの2人については、全然、名前も知らなかったが。
みんな、格好いいやね。もっとも、著者がそういう風に書いているわけなので、単純に信じ込まないで、別の角度から彼らが描かれたものも読んでみるべきなんだろうが。
著者は割と軽い感じで書いている。入門書ということで、意図的にそうしてるのか、元々、そういう文体なのかは知らない。ちょっとスベってる感じはするけど、それは自分が年寄りのせいかもしれない。

それはそれとして、自分が理想と考えるような社会を体現するような生き方を、自分が実際にしてるかというと、そうでもない気はする(^^;)

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感想「重力からみる地球」

「重力からみる地球」 藤本博巳、友田好文 東京大学出版会
重力の観測から地球の構造を知る、というテーマで書かれた本。2000年の刊行。

前半は、重力とは何かということを、古代ギリシアからの研究で解明されてきた道筋をたどって、説明していく。半ば以降は、重力の測定によって、どうやって地球の構造を解析していくか、それによってどういうことが分かっているかという、本論へ進む。
前半部分には、そうだったのか、と思う部分がいろいろあった。公転というのは、前進する動きと自由落下が合成された運動なんだ、とか、相対性理論が生み出された背景とか、知ってそうで知らなかった(もしくは、知ってたはずだけど、どこかに置いてきた)、物理学のいろいろな事柄についての解説が、興味深かった。地球は意外に小さいという話も、なるほどと思った。空港の滑走路は、平らに作ってしまうと、中央部分が水たまりになってしまうので、使い物にならなくなるんだそうだ。2kmくらいの距離でも、地球の丸さが効いてくるので、中央部分は盛り上がるから、そこを平らに削ると、実用上は凹みになってしまう。
その勢いで中盤以降まで読み進んだが、本論の地球の構造の話は、あまり関心のない分野なので、それほどは面白くなかった。地殻がマントルに浮かんでいて、釣り合うポイントで安定することで、地表が形作られている、みたいな説明は、なるほどと思ったが、さらに細かくてややこしい所の解説まで入っていくと、ちょっと興味がついていかない感じがした。そんなに難しいことが書かれているとは思わなかったが。

なんとなく読んでしまった本だったが、前説の部分は面白かったけど、本論はいまいちということは、あまり自分に向いた本じゃなかったということになるかな。もしくは、雑学の域を出てしまうと、なかなか付いていけないということだったかもしれない。
(2017.2.25)

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感想「「日本人の神」入門」

「「日本人の神」入門」 島田裕巳 講談社現代新書
昨年刊行された本。「神道の歴史を読み解く」というのがサブタイトル。日本の「神道」が、どういう風に生まれて続いてきたか、という経緯を解説した本。

わかってるようでわかってない、天照大神とか、八幡神とか、大国主神とか、どういう存在なのかというあたりが、丁寧に説明されていて、なるほどと思ったし、ためになった。もっとも、大国主神に関しては、文献が存在する以前の時点で、既にいろんなものが混交していて、実際にもよくわからない存在、ということらしく、わからなくって当たり前、というところみたい。ただ、いずれにしても、神道というのは、元々非常に政治的なものだな、という印象。

それをさらに明治政府が、国を統治するのに都合のいい道具として、国家神道に改変した。その流れを汲んでいる神道なんて、全然、日本の古来のものじゃないし、伝統でもなんでもないと思う。拝礼の仕方だって、明治以降に制定されたものと聞くと、ありがたみなんて全く感じない。もっとも、神社へ行って拝むということは、元々、基本的にしてないが。まあ、今ある全ての神社が、そういう存在というわけでもないはずだけれど。
流入してくる西洋の思想に対抗するためのバックボーンとして、こうした思想的なものが必要とされた時期があったのは分からないでもないけれど、ある時期以降は、明らかに暴走したし、それは今も続いているように思える。
自然発生的な神への信仰を否定しようとは思わないが(それこそが、日本の伝統的な宗教意識だろうと思うし)、国家神道の延長にある神道に関しては、なんでこんなものをありがたがれるんだろう、としか思わない。

もっとも、本書は明治より前の神についての考察が主体で、こういう話は最後の部分だけなんだけど、読んでいると、どうしてもこの辺りに強く反応してしまう。
(2017.2.9)

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感想「エラリー・クイーン 推理の芸術」

「エラリー・クイーン 推理の芸術」 フランシス・M・ネヴィンズ 国書刊行会
エラリー・クイーンの業績の全貌をまとめたもの。昨年末に刊行された分厚いハードカバー。
30年以上前に出た同じ著者による「エラリー・クイーンの世界」を大幅に増補改訂した内容で、これ以上の本はもう作れないだろうと思う。データ的な部分は、新たに資料が発掘されれば補強する余地があるだろうが、著者が2人のクイーンや関係者から直接得ている情報の量が非常に多い点については、話を聞いた相手が既に亡くなっていて、これ以上の情報を、もはや得られない場合が多い。それだけでもこの著者を凌ぐのは無理だし、ネヴィンズ自身も結構な高齢になりつつある。

個人的には、「エラリー・クイーンの世界」の時は書くのを控えられていたり、それ以降に資料が出て来て明らかになった事情が、いろいろと記述されているのが、最大の読みどころだった。ラジオドラマなどへのアントニー・バウチャーの大きな貢献や、ペーパーバックオリジナルや「盤面の敵」以降の正典のゴーストライトの話など、非常に興味深い。ある意味、エラリー・クイーンというのは、2人の従兄弟が合作していたペンネームというだけでなく、もっと多くの人間が関わって作り上げていた「ブランド」だったのかな、という気もしてきた。

そう考えると、今度は、ダネイとリーの2人は、どうして、そこまでしなくちゃいけなかったんだろう、という気がしてきた。小説だけでなく、それにかかわる、ありとあらゆるものに、積極的に手を出していった、という感が強い。お金が必要だった、という理由付けは、何箇所かに記述されているし、実際、そうだったんだろうとは思うんだが、一方で、本書に書かれている内容を読む限りでは、そんなに生活が追い詰められていた雰囲気もないように思える。それだけでは説明しきれないように感じられ、お金以外にも彼らを突き動かす要因があったんじゃないのかな、という気がする。

それから、晩年の小説は、むしろ正典以外の活動があったからこそあり得た作品群だったのかな、とも思えてきた。だとすると、クイーンを論じるためには、正典だけ見ていたのではダメで、全ての活動を視野に置かないといけないんじゃないんだろうか。クイーンを論じることの難しさの一端は、もしかしたら、実はその辺に原因があるのかもしれないと思った。

それにしても、後期のリーが、古典的な本格ミステリをここまで嫌っていたというのは、驚きに近いものがある。人の好みなんて、年が経てば変わるもの、というのは、自分自身を振り返ってもよくわかるんだが、これほどの状態で、よく合作を維持できていたなあ、と思う。その辺も、経済的な事情ということで、全て説明しきれるものなんだろうか。
(2017.2.8)

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感想「THIS IS JAPAN」

「THIS IS JAPAN」 ブレイディみかこ 太田出版
著者は若い頃にイギリスに渡り、そのまま在住している人で、イギリスの社会や、イギリスから見える日本の状況について、主にイギリスの労働者階級の視点で、ブログや著者で発信している。その人が日本の社会運動などの周辺を生で取材して書いた本。昨年8月の刊行。

取材といってもジャーナリストではないので、報道ではなく、あくまでも日本探訪記みたいな感じ。いろんな現場を訪れて、直に見た上で考えたことを書いている。賃金不払いのキャバクラへ交渉に行くユニオンとか、安倍政権反対のデモとか、近頃何かと話題の多い保育所とか、ホームレス救援の組織とか。
報道ではないけれど、描かれている内容は、確かにそうだろうなと思いあたるようなもの。「これが日本だ」と言われて、うん、そうだね、と思う。正直、暗くなるような気分の話ばっかりだが、今の日本が本当にそうなんだから、しょうがない。
なんでそうなのか、という点についての、著者のとりあえずの結論は、「一億総中流」意識の呪縛というやつなんだと思う。ちなみに、帯には「日本人は「中流の呪い」がかかっているのか?」という文言が書かれている。
確かにそう考えると、いろいろ腑に落ちるというか。自分が底辺じゃないと思いたいから、実質的には全然そういう状態なのに社会に助けを求めない、「中流」以上に見える人間にへつらって、社会に助けを求める「中流」未満に見える人間を見下す。その分、自分が脱落したと認めざるを得なくなると、ダメージが大きいから、すぐに精神を病んでしまう。そうはありたくないと、日頃から思ってるが、自分自身にも思い当たる部分は確実にあるし。

ただ、日本はそういう状態のはずなのに、いろんな社会運動が、欧米みたいに盛り上らない。結局、とりあえず食えてはいる人間が多いからなんだろうなと、前から思ってて、そういう話は本書の中にも出てくる。それはもちろん悪いことじゃないだろうけど、人間の尊厳とか人権意識とかを考えない低いレベルで食えてるのであれば(生かさぬように殺さぬように、みたいな)、積極的に肯定出来ることでもないと思う。そういう形で、本来主張されなきゃいけない権利がないがしろにされてる日本の現実というのが、本書で著者が見てきたことだと思う。

イギリスでは階級意識がはっきりしている分、下層階級の権利意識が明確で、社会に対する要求も強い、ということを著者は書いていて、やはりそれがあるべき姿じゃないかな。ただ、前提の強固な階級意識ってのは、全然あるべき姿ではないと思うけれど。(その辺は「デヴィッド・ボウイ・イズ」を見た時に考えたことのひとつに近い)
そういう意味では、別にイギリスも、全面的に憧れる対象ではないとは思う。どんな国にもいい所と悪い所があって、それはある程度は裏表のような気がする。ただ、今の日本はいい所の方だけを、どんどん捨て去ろうとしているように思えるが。

ちなみに、著者は自分とだいたい同世代で、考え方が理解しやすかったのは、そのせいもあるのかなと思った。
「この世界の片隅に」の受け取られ方を見ていて、世代による物の感じかたの違いというのを痛感している所なので、そういうことをつい考えてしまう。
著者がそんなことをちょっと書いてるくだりもあるが、まあ、うちらは幸運な世代だったんだと思うよ。ただし、この先もそうかどうかについては、自分はかなり悲観的だが。

それと、「世代」ということで言うと、実際の所、今の若い世代になると、「総中流」って何?というくらいでもおかしくない、経済情勢の中で育ってきているはず。だから、そういう世代については、こういう分析は当てはまらないのかもしれないし、そういう人たちには、この本で書かれていることも、あまりうまく伝わらないんじゃないだろうかと思ったりした。もちろん、子供は親の世代の影響を受けないわけにはいかないだろうし、家の中の雰囲気(家風みたいなもの)は簡単には変わらないし、そんな単純なものではないかもしれないが。
ただ、そういう層が主流になった時点で、世の中は大きく変わるのかもしれない。どういう形に変わるのかは分からないが。
(2017.1.21)

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